カラクリピエロ

縁日にいきましょう(5)


名前が少しずつ力を抜いていくのを感じながら、待ち切れずこめかみに口づける。
ぴくりと反応した名前は困惑した雰囲気を漂わせながらも、ゆっくりと俺の背に腕を回してくれた。

「久々知くん?どうしたの?」
「――――…、」

“キスしたい”

目尻と頬に口づけを移しながら囁くように伝えたら「え!?」と身体を震わせながらの声があがった。
見れば名前は真っ赤になって口をぱくぱくさせている。聞き取れなかったわけじゃなさそうだ。

返事を待たずに名前を上向かせ、丸くなった瞳に自分が映っているのを確認してから目を閉じる。
そのまま唇を塞ぐとびくりと身体を震わせて、俺の浴衣を掴んできた。
何度か唇を食み、息を詰まらせる名前の頬を撫でる。
はぁ、と色っぽい吐息を漏らすのを聞きながら瞼を上げれば潤んで揺れる瞳、小刻みに震えるまつ毛、艶やかな唇が順に視界に入ってきて心音が速くなった。
大してあいていなかった距離をもう一度縮めて微かに音を立てる。

「ん、」

耳朶をくすぐるそれをもっと聞きたくて、啄むように口づける。
合間に名前が途切れがちに俺を呼ぶけれど、音が出るたびに俺がそれを飲み込むから実際はほとんど聞こえない。ちゅ、ちゅ、と触れ合う音の方が大きいくらいだ。

「…くく…ち、く…んっ、ぅ」
「――むぐ」
「……も……だめ、おわり!」

震える両手で口を覆われて動きを止められる。
実力行使に出た彼女ははぁはぁと肩で息をしていて苦しそうだった。

「…そんなに激しくしたつもりないんだけど」
「わあぁぁ!なななななに、なに言ってるの久々知くん!!」

名前の慌てようが可愛くて、くっく、と笑いがこぼれてしまう。
真っ赤なまま、文句を言いたげに唇を引き結ぶ名前の手をすくい取り、指先にキスをした。

「これくらい軽くしかしてないだろ?」
「~~~~!! で、でも、多かったもん!」
「…………まあ、それは…仕方ないというか」
「それに…私、ゆっくりじゃないと、息、できないし………………ッ、」

自分の発言内容を自覚したのか、名前が顔を逸らし、だんだんと俯いていく。

――ぷるぷる震えているのは恥ずかしさからか。

俺はひたすら名前が愛しくなっていて、離れたがる気配を無視して彼女を強く抱きしめた。

「わかった。今度じっくり練習しような」
「いい、いい!」
「うん。帰ったらするか?」
「ちが…練習、いらないって意味で……わかってるくせに!」

腕の中でじたばたする名前に笑いを返して、力を緩める。
そうすると不思議と名前もおとなしくなって、俺の胸に顔を押し付ける形で落ち着いた。

「……久々知くんは、上手いほうがいいの?」
「ん?」

僅かに顔をあげて俺を見つめると、名前は視線をずらして言いにくそうに「キス」と呟いた。
ドクと跳ねる心臓の音を聞きながら、前髪を避けて額に唇を落とす。
髪飾りに当たらないように後頭部に触れて、自分の顔を彼女の頭にくっつけた。

名前はそのままがいい」
「…………」
「……納得いかないって顔してるな」

表情をのぞき見ながら指摘すれば、名前はそうだと言いたげに頷く。

「れ、練習とか、言いだすから」
「く…くく……」
「ひどい!」
「だ…だって…かわいすぎるだろ…」

からかわれていると取ったのか、堪えきれない笑いに不満そうな顔をして名前が腕を突っぱねる。
俺は彼女の背に手を回し、それ以上離れないよう邪魔をするとそっと唇を塞いだ。

「――名前とのキスが気持ちいいから…長くしていたいってだけで、あとはどうでもいいんだ」
「っ、」

かあっと一気に色づいた顔を見て自分の表情が緩むのがわかる。
名前は困ったように眉尻を下げて視線をあちこちにウロウロさせてから、俺に抱きついてきた。

「だ……だいたい、俺は、上手いとか下手とかよくわからないしな」

彼女の不意打ちにはいつもドキドキさせられている気がすると思いながら、やんわり腕に力を入れる。
直後、名前が身じろいで疑わしそうな目で俺を見上げてきた。

「…いつも余裕なのはなんで?」
「…………余裕か?」

真剣な顔で頷く名前に苦笑して、耳を胸に当てるよう促す。
より頬を赤くする名前がぎゅっと力を込めて俺の腰を締めにかかった。
俺だって、平時よりはだいぶ速くなってる心音と、じわじわ上がっていく体温を落ちつけようと必死だったりするんだけど。

「……名前のことしか考えてないからかもな。あとは…いつも自分の好きなようにしてるから…だと、思う……必死な名前は可愛いしさ」

自分なりの答えを考え込んでいるうちに、いつの間にか名前が顔を伏せている。
触れあっている胸は温かく、彼女の体温がだいぶ上がっているような――

名前?大丈夫か?」
「……………………わたしだって」
「?」

ぐっと顔を上げた名前は体温が示していた通り真っ赤で、瞳を潤ませていた。
その表情で俺を見つめてくるから、落ちつきかけていた心臓の音が乱れる。

呼びかけようとした刹那、名前はわずかに背伸びをして―― 一瞬だけのキスをした。

「私だって、必死な久々知くん見るからね!そのうち!」

真っ赤なまま宣言してくる名前に若干圧倒されながら、何度か瞬きをして頷く。
満足そうに笑って気合いを入れたらしい名前は一息ついて、俺の腰に絡めていた腕を解いた。

――やばい。顔が。

片手で口元を覆って俯く。
既に熱いのがわかるし心臓はうるさいし、今声を出したら震えそうな気がする。

「久々知くん、そろそろからくり屋敷――わ!?」

振り返りかけた名前を引っ張って抱きしめる。
もう少し、と告げた言葉がちゃんと音になっていることを願いながら、おとなしく腕の中に納まる名前の髪に顔を埋めた。

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