カラクリピエロ

縁日にいきましょう(3)


飛び出してきた妖怪が一年生だと知って落ち着いたのか、名前は確認するように一つ目小僧をちら見する。
依然として俺の浴衣を握ったまま、繋いだ手には力が込められていることから、まだ緊張は解かれていないらしい。

「兵助、庄左ヱ門を置いていくから私のところまで送り届けてくれ」
「――は?」

名前に集中していたのを抜いても、三郎の言っていることが理解できない。
戻るところが一緒なら連れていけと思うし、一つ目小僧――庄左ヱ門だって一人でここまで来たんだから一人で戻ることだってできるだろう。

そもそも、俺が名前とデート中なのを知っててそんなことを言いだすのがおかしい。

俺が口を開く前に、三郎は身をかがめて庄左ヱ門に何かを吹き込むと、呆れた顔をしている雷蔵を伴ってあっという間に姿を消した。
一人残された庄左ヱ門はどこか困ったような雰囲気を漂わせ(格好のせいで表情がいまいちよくわからない)、こっちを向いた。

途端、名前がびくりと肩を震わせる。
その場を動かない庄左ヱ門は…きっと名前に怖がられていることに気づいてる――名前も、そんな庄左ヱ門の気遣いがわかったんだろう。
自己嫌悪するように一瞬だけ泣きそうな顔をして、素早く首を振ると繋いだ手を強く握ってくる。
握り返したら安心したのか、少し力を抜いて庄左ヱ門に向き直った。

「…………しょうざえもん」
「――は、はい!」
「ごめんね。もう大丈夫だから」

一、二年生を(時には腹が立つくらい)可愛がっている名前だ。
見た目が妖怪変化になっている程度で彼らを遠ざけるなんて自分が許せないんだろう。

表情を緩める名前からは微かに強がりを感じる。だけど今、こうして俺を頼ってくれているのがわかるから……少し複雑な感情が湧いたものの、ここは黙っていることにした。

ほっとしたように寄ってくる庄左ヱ門に、三郎から何を言われたのか問いかける。
庄左ヱ門は口元に手を添えて「ええとですね…」と言いよどむ様子を見せてから名前を見上げた。

「?」
「……お二人を招待したいそうです。特に、苗字先輩を」

僅かに首を傾げる名前がゆっくり瞬きをするのを横目に溜息をつく。
三郎のことだ、どうせ名前の反応を見て楽しむつもりなんだろう。
それを指摘するつもりで庄左ヱ門を見下ろすと、彼は先手を打つように声を出した。

「もちろん、苗字先輩に来ていただけたら嬉しいです。けど、無理は言えませんから……」
「ッ、」

名前を名指すのはもちろん、残念そうに項垂れる庄左ヱ門を見て名前が断るのを躊躇ったのがわかる。
これは三郎の仕込みだ、騙されるなと言うつもりだった。
なのに――まるで助けを求めるように手を握られ、動揺を浮かべた揺れる瞳で見上げられて…………俺は、負けた。

「………………入口まで、なら名前でも大丈夫なんじゃないか?」
「あの、久々知くんも一緒に」
「行くよ、もちろん」

答えながら、したり顔で笑う三郎が脳裏に浮かぶ。
だけどそれは表情を崩して笑う名前にあっさり追いやられ、苛立ちは一瞬で済んでしまった。

「ありがとう久々知くん」
「…お礼はあとでしてもらうからいいよ」
「うん、なにか食べたいものある?」

にこにこして繋いだ手を揺らす名前に笑い返し、耳元に口を寄せる。
囁くように名を呼べば肩が大きく跳ね、戸惑った顔で俺を見た。

「……じょ、冗談、だよね?」
「うん」
「っ、もう、久々知くん!」

かあっと赤くなって手を離そうとする名前を逆に引き寄せる。
よろける身体を支えて「半分は本気だけど」と付け加えたら絶句して固まった。

ほんのり色づいたままの顔を見ていると、衝動に任せて思いきり抱きしめたくなる。
箍が外れてしまう前に、そっと視線を外して名前に歩くことを促しながら庄左ヱ門に近づいた。

「庄左ヱ門、どっちに行けばいい」
「あ、はい。こちらです。みんなも喜ぶと思います!」

庄左ヱ門の口が笑みの形を作る。
ぴょんと跳ねるように歩きだした彼は嬉しそうで、三郎に仕込まれたんだとしても本心には違いないだろう。

仕方ない、とどこか諦めのような気持ちが浮かぶのはきっと――俺が、後輩を可愛がる名前のことも好きだからだ。

「わ、私、なにか変?」
「――いや、好きだなと思ってただけだよ」

じっと見つめていたらぎこちなく返されて、つい笑いながら思っていたことをそのまま伝える。
名前はまた顔を赤くして、悔しそうに俺の手を握った。たぶん彼女なりの全力で。

名前は可愛いな」
「久々知くんはずるい!!」
「こういう俺は嫌い?」
「……………………好き」

くすくす勝手に漏れてしまう笑いを押さえ気味に聞けば、顔を俯けながらもはっきりそう返ってくる。

――失敗した、と。咄嗟にそう思った。
名前の反応が可愛すぎるのが悪い。

さっきはせっかく堪えたのに、抱きしめてしまいたい。

足をとめ、繋いだ手を強く引く。
小さく聞こえた名前の声を胸に受け止めたところで、後ろから声をかけられた。

無視しようとも思ったが、久々知先輩とはっきり呼ばれた上に名前が慌てて離れるから仕方なく振り返る。
気づけばだいぶ先を歩いていた庄左ヱ門が、小走りに戻ってくるところだった。

「……増えてるね」

ぽつりと呟く名前の言葉通り、庄左ヱ門の隣には笠を被った少年がいた。
手にはなぜか豆腐の乗った皿を持っていて、それを落とさないようになのか庄左ヱ門よりスピードは遅い。

「――……伊助か?」
「鉢屋先輩が、伊助ならこれしかないだろうと」

一目でわかった相手の名を口にしたら答えてくれたのは庄左ヱ門で、名前が「なんの仮装?」と重ねて聞いている。
追いついてきた伊助は豆腐を掲げ、それが答えだとでも言いたげだ。

「三郎のやつ…」
「久々知くんわかったの?」
「豆腐小僧だろ」
「正解です!」

笑顔の伊助につられるように名前が微笑む。
妙な含みを感じて顔を引きつらせる俺をよそに、伊助は名前に豆腐をすすめていた。

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