カラクリピエロ

可愛いわがまま(9)


※久々知視点





布団を敷いて彼女を寝かせ、簡単に着物を整えて浮いた汗を拭いてやる。なんだか整えきれてない装束が目に毒だったから、軽く自分の上着もかけた。

そうしている間も、名前は時折ぴくりと反応を示すだけで起きる様子をみせなかった。

放置されていた酒ビンにきつく蓋をして部屋の隅へ移動させる。
名前がもらったものらしいから勝手に処分するわけにはいかないが、彼女が酒を飲むといつも据え膳を取り上げられているようで気に入らない。

――単純にタイミングが悪いのかもしれないけど。

(……それと、名前の反応が可愛すぎるから……)

口づけにしたって愛撫にしたって、いつもやり過ぎてしまうところがあるけれど、あの表情と声と身体の柔らかさには抗いがたい魅力が――…これ以上思い出すのはやめておこう。

また熱がぶり返しそうで、勢いよく頭を振って名前の艶姿を追い出す。
あぐらをかきながら起きそうにない名前を見て、今夜はこの部屋に泊めるべきだろうかと思案した。

――とりあえず勘右衛門には八左ヱ門の部屋に泊まってもらうとして…

「へーすけー、おれ帰ったよ~。開けても大丈夫ー?」
「………酔ってるな」
「飲んでくるって言ったじゃん!ほんとはさ、帰ってくるのも遠慮したげようかなーと思ったんだ。だってそうだろ?なにが悲しくて性交し終わったばっかのイカ臭い部屋に戻んなきゃいけないんだっつう話だよ」
「勘右衛門…」
「けどくのたまの子が押しかけて来てー、明日は朝から実習だから名前返せってうるさいんで、めんどくさいけど教えに来たってわけ」

あまりに明け透けな物言いに気を取られ、口を挟めないまま「言ったからな」と締めの言葉を耳に入れる。
はっとしたときには勘右衛門は踵を返し、後ろ手に手を振って去っていくところだった。

愚痴を言うくらい酔ってるくせに、そういう気遣いは変わらない。
感心しながら一つ息を吐き出すと、部屋に戻って名前の肩を揺すった。
用事がなければこのまま寝かせておけたけど、くの一教室関係なら仕方ない。

名前、起きられるか?」
「ん……ぅ、う……くくちくん?」
「…水あるから」

名前が起きあがるのを助けながら、汲み直しておいたそれを渡す。
もしかして酔っている間の記憶が飛んでるんじゃないかと様子を見守っていると、水を飲んでいた名前は急に装束の胸元を引っ張って中を覗いた。

「…………名前?」

無言の彼女にどう反応したらいいのか困る。

「……あ!あ、あ…あ、うわ……私、」
名前?大丈夫か?」

ぼんやりしていた瞳がパチッと見開く。
じわじわ顔を赤くしていく名前が両手で顔を覆い、俯いてしまう。
呼びかけると弾かれたように顔を上げ、困ったように俺を見た。

「久々知く…………兵助くん」
「――…ちゃんと覚えてるんだな……よかった」
「うん…あの、私、ごめんね」
「? 気絶して先に落ちたことか?」

ボン、と音が出そうだ、と――一気に顔を赤くする名前を見て妙に冷静な感想を持ってしまった。

「ち、ちがうよ…!!」
「それ以外は別に気にしてないけど」
「~~~~ッ!!」

ぐっと言葉を詰まらせる名前に思わず笑う。
酔って積極的になってる彼女も可愛いけど、こうして俺に翻弄されてころころ表情を変える名前はもっと可愛い。

欲を言えば素面の状態であの積極性を見てみたいが、そうなったら翻弄されるのは俺のような気がする。

「…今日は、無理です」
「ん…?なんの話だ?」
「え?だから……その……房中術、的な…」

無意味に指先を絡ませながら、俯きがちに呟かれた(若干遠回しの)内容に目を見開く。
さっきのはちょっとした冗談だったのに……真に受けて真剣に返してくれる。そういうところも、可愛い。

くっく、と勝手にこぼれてしまう笑い声をそのままに彼女を抱き寄せる。
びくりと跳ねる名前を腕の中に閉じ込めて、つい意地悪く「いつならいい?」と聞いてしまうのも…名前が可愛いからだ。

予想通り、答えに困る彼女の赤い顔にはわかりやすく“どうしよう”って書いてある。
普段なら冗談、と言って解放してあげるのに――

「考えておいて」

俺は名前の唇に軽く口づけてそんな風に言っていた。
自分で思っている以上に、おあずけ状態はキツかったのかもしれない。

自身の指で口に触れ、目を白黒させていた名前は、じわじわと耳まで赤くして……無言のまま、頷いた。

「…本当に?」
「へ、兵助くんが言ったのに…!」
「うん…そうだな。いや、でも名前が誘ってくれることなんて早々ないし……」

ポロッと本音をこぼしたら名前が顔色を変えていく。赤くなったり蒼くなったり、やっぱり赤くなったりと忙しい。
大方誘い文句のことなんて考えてなかったんだろう。

「――楽しみにしてるよ」

笑って言う俺に唸り声のようなものを返してくる名前だけど、やっぱりやめる、とは言わないところが嬉しくてたまらない。

先の楽しみができたことで上機嫌になった俺は、勘右衛門から伝え聞いたくのたまの言葉を伝え、彼女をくの一教室の敷地まで送っていった。

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