※久々知視点
角度を変えて、唇を触れ合わせる。やわく食めば、名前からはくぐもった声が漏れ聞こえた。
それさえも飲み込むように、まるで食べるような動きで唇を挟む。
舌を伸ばしてそっと撫でると、きゅっと閉じられた唇が震えた。
「ん……、ふっ、……兵、助、くん」
耳朶を掠める甘い声。熱い吐息。いつもとは違う呼び名に、ますます欲が煽られる。
なのに――名前は俺の動きを封じるように、指先で俺の唇に触れた。
「…………兵助くん」
間近で見つめてくる名前が俺を呼ぶ。今にも泣きそうな顔で、震える声で…切なげに。
「…名前?」
さすがに様子がおかしくて、口元にあった彼女の手を掴む。
「――いやなの」
唐突に告げられた内容は、今の行為に対してなのかと思わず身体が強張った。
確かに途中から自分の好きなように動いてしまったけど、名前だって気持ち良さそうに――と先走る思考は、彼女が俺の頬に口づけたことで止められた。
「久々知くんが……兵助くんが、あの子に呼ばれるのが、いやなの。勘右衛門も竹谷も平気だったのに、あの子が呼ぶと、嫌だ、って…」
堰を切ったように流れ出す名前の言葉は繋がりが薄く、意味を汲み取るのが難しい。
頭の隅で、飲酒に至った原因――名前は悩みがありそうだと言っていた勘右衛門の話を思い出す。同時に…現在の彼女は酔っているんだということも。
ポロポロ涙をこぼす名前の頬に触れる。
目尻に口づけて涙を吸いとると、名前は俺の肩に顔を埋めるようにして俯いた。
小刻みに震える身体を抱きしめて、ゆるく頭を撫でる。
言葉の断片から、彼女が俺に関係することで泣いているのがわかるのに――それを喜んでしまう俺は酷い男だなと思いながら、名前の頭に口づけた。
「…名前、“あの子”って?」
「……わたし、の、友だち……今日、久々知くんと、忍務、」
聞いたのは俺なのに、“あの子”のことよりも名前からの呼び名が戻ってしまったことに気をとられた。
呼び方なんて関係ないと割り切っていたはずなのに…名前から呼ばれると、やけに胸が高鳴る。他の誰に呼ばれるよりも嬉しいと感じるのが不思議だ。
名前は俺の装束をきつく握り、ますます顔を強く押し付けてくる。
「私も、呼びたくて……呼んでみたら変わるかと思ったのに…全然、変わらない……私、こんなに…、」
名前は声を震わせながら“心が狭い”、“嫌な女だ”と自嘲する。
彼女の今までの言動を振り返っても、そんな要素があったなんて思わない。
「……名前、」
「――私だけにして…」
呼びかけを遮るように、名前が身体を浮かせて俺を覗きこんでくる。
泣き濡れた瞳が歪む。切羽詰まった表情で告げられる言葉を聞き逃さないよう、咄嗟に息をとめた。
「……わがままだって、わかってる。でも……いやなの。久々知くんを、名前で呼ぶ女の子は…私だけがいい」
潤んだ瞳と声で発せられる名前の“わがまま”に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
胸中がざわざわと落ち着かない。心臓がうるさくて身体が熱い。
名前の嫉妬と独占欲。同時に見せられたそれに、何も返せない。
代わりに沸いた衝動そのままに彼女と体勢を入れ替え、組み敷く形で唇を吸った。
「ん、んぅ!?」
びく、と震えて腕を突っぱねようとする名前を強引に押さえつける。さっきまでの戯れるようなものではなく、奪うような口づけ。
性急に唇を食み、舌をねじ込んで歯列を舐める。
僅かにあいた隙間から舌先を滑り込ませ、口内を蹂躙した。
「ん、ぁ……んんっ」
名前が身体を震わせて漏らす声は、俺を更に追い立てる。
奥で縮こまっていた舌を絡めとると、名前はびくんと跳ねて指に力を入れた。
俺を咎めるように肩を掴む指先に意味はなく、小さく震えるだけだ。
名前が頭を振って逃げようとするのをさりげなく阻み、より深く口づける。
「ふぁ、あっ……んくっ、ん、ん……ちゅ…んん……」
くちゅりと響く水音と名前の漏らす甘い声と、口の端からこぼれる涎がたまらなくいやらしい。
「っ、は……ぁ、も……や、久々知く、ン、んー!」
顎を伝う唾液を舐めあげて、舌で唇の端をくすぐる。不満を訴えるように名前の言葉を飲み込んだ。
過敏に反応する名前の舌を舐めて、軽く歯を立てる。
甘噛みしながら吸いつけば、名前は喘ぎ声を漏らし、一際大きく身体を震わせて、蕩けた瞳ですがるように俺の装束を握りしめた。
可愛いわがまま(6)
1860文字 / 2012.05.13up
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