カラクリピエロ

可愛いわがまま(5)


※久々知視点





名前を庵の前で待たせ、学園長先生に忍務の報告を終える。
労いの言葉をもらって退室すれば、名前は柱に身体を預けた状態で小さく寝息を立てていた。

来たときと同じように、そっと彼女を抱き上げる。
名前は微かに身じろいで、俺に頭を預ける形でゆっくり息を吐き出した。
目をさますかと思ったら、まるで逆の行動を起こされて戸惑う。その安心しきった顔を見て俺は喜びと不満と心配を覚えて複雑だ。

無意識に自分の部屋への道を辿っているのに気づいて足を止める。
名前を届けるにしても、くのたま長屋からはだいぶ遠ざかってしまった。
とりあえず自室に寄って着替えてから考えようとそのまま進む。

両手が塞がっていたから開けてもらおうと思ったのに、部屋から勘右衛門の気配がしない。

(……そういえば、八左ヱ門と飲むって言ってたな)

仕方ない、と少し無理をして隙間をつくり、残りは足で無理やり開ける。
微かに酒の匂いが残っているのに気づきながら、小さく息をついて名前をそっと床に降ろした。

灯りをともし、制服に着替える。
着物の懐に入れっぱなしだった名前の頭巾は、俺の体温を移してほんのり温かくなっていた。

「ん…」

名前が漏らす声に驚いて心臓が跳ねる。
のそりと身体を起こした名前は、きょろきょろしながら立ち上がろうとして失敗していた。

「……久々知くん」

あれ、と思う。
さっきは確かに名前の方を呼んでくれたと思ったのに、気のせいだったんだろうか。
名前は喉の調子を整えるように空咳を繰り返す。のどが渇いたと訴える彼女に頷いてみたものの、水は丁度切らしていた。

「汲んでくるから待ってて」

ちゃぶ台の上に放置されていた湯のみを手に部屋を出る。
水場でこれは勘右衛門のだな、と湯のみを濯ぎながら認識したところで――胸騒ぎがした。

話を聞いた限りでは、名前はこれで酒を飲んであの状態になっていたはずだけど、俺は部屋にある(と思われる)酒をどうこうした覚えはない。

水を汲んで慌てて部屋に戻ると、名前がトロンとした目で俺を迎えてくれた。
それに思わずドキッとしながらも状況を確認する。
名前は両手で湯のみ茶碗(たぶん俺の)を持って、見覚えのないビンを抱きかかえていた。

「ここにあったの、もらっちゃった」

――間違いなく酔っ払っている。
ほんのり赤い顔で微笑む名前は酔っているためか、気だるげな仕草が加わって色気も増しているように見えた。

頭を振って思考を切り替えながら彼女の持っている湯のみを掴む。
だけど名前はそれをぎゅっと握ったまま放そうとしない。

名前、飲むならこっちに」
「いや」
「……さっき水飲みたいって言ってたろ?」

なるべく優しく言いながら引っ張ると、名前の両手も一緒にくっついてきた。
手を放さないように頑張る姿が必死で可愛い。
そんなに意地にならなくてもいいのにと思いながら、この様子をもう少し見ていたくて名前の腕が届くぎりぎりまで遠ざけた。

水の入った湯のみを置いて、さりげなく名前が抱えていたビンを取り上げる。

――あとはこれの中身だけだ。

ということで、遠慮なく名前の手から強引に奪い取って頭上へ逃がす。

「ぁ…」
「!?」
「やだ、」

妙に色っぽい声に、考えないようにしていた欲が頭をもたげた。
焦る俺の心中なんてお構いなしで、名前は湯のみを取り返そうと懸命に腕を伸ばしてくる。

「ちょ…、ちょっと待て、名前

彼女に捕まらないように遠ざければ遠ざけるほど、俺の姿勢は不安定になり、名前は俺の上にのしかかる。

――身体に押し付けられている胸が柔らかい。
――目の前にさらされている首筋や耳に吸いつきたい。

ドクンドクンと強くなっていく心臓の音を聞きながら、その衝動を逃がそうと試みる。
自分の手に名前の指先が触れた途端、思いきり身体が震えて倒れこんでしまった。
その拍子に湯のみの中身がこぼれて手にかかり、酒の匂いが強くなる。

冷たさのおかげで少し頭が冷えたものの、状況は変わっていない。
名前は俺の上でじっとしたまま動かず、何かを考えているようだった。

名前にはかかってないか?」

支え起こそうとしたせいで酒に濡れた手のまま名前の肩に触れてしまう。
咄嗟に手を引いたが意味はなく、指の形に染みができてしまった。

「っと、ごめん制服――っ!?」
「…ん、」

名前が顔を上げたと思ったら、唇を塞ぐ柔らかい感触。
突然の…しかも名前からの口づけに動揺しながら、懸命についばむようなそれにすぐ身体が熱くなる。

名前の好きなようにさせてやりたいと思いながらも、触れるだけですぐに離れてしまう口づけは、何度か繰り返すうちに物足りなさの方が大きくなっていった。

名前が触れてくるのに合わせて軽く吸う。
ちゅ、と小さく鳴る音に反応して、彼女が身体を震わせる。
微かに漏れ聞こえた声は俺の心臓を勢いよく跳ねさせた。

「…………名前

囁くように呼べば潤んだ瞳を返してくる。
煽ったのはそっちだ、と思いながら、ゆっくり名前の頭を引き寄せた。

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