カラクリピエロ

可愛いわがまま(4)


※久々知視点





思っていたよりも早く忍務が完遂できた。
今回組んだくのたま(名前の友人らしい)に、学園長先生への報告は自分がするからと言って先に戻ってきてしまったが、相手もどこかへ寄り道するみたいだったから丁度いいだろう。

でがけの名前とのやりとりを思い出して自然と足取りが軽くなる。
門をくぐり、小松田さんへ戻ってきたことを伝え終わったタイミングで俺を呼ぶ名前の声を聞いた。
直後に触れた…というよりは、ぶつかられた衝撃に驚きながら人影を支える。

「おかえり久々知くん」

嬉しそうに言いながら俺の腰に腕を回して、胸に顔を押し付けてるのは間違いなく名前だ。
彼女にしては珍しい行動に戸惑いながらも俺の腕は正直で、自然と名前の背に回る。自室にいると思っていたのに、こうして出迎えてくれたのも嬉しい。

「久々知くん」
「ん?」
「……」

顔を上げた名前は何かを待つように間を空ける。
屈んで頬に口づけるとビクッと跳ねて「違う」と言いながら恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

たまらずに抱きしめながら、ただいま、と彼女が待っていた言葉を口にする。
名前は頷いて、そのまま俺に頭を押し付けてきた。
その動きがくすぐったくて、つい笑いがこぼれてしまう。

仕返しのつもりで肩口に顔を埋めると――微かに酒の匂い。

「……名前、酒飲んだな?」
「大丈夫、酔ってない!」

胸を張って堂々と信用ならない言葉を主張してくる名前を見て確定する。
今までの珍しい行動も酒の力かと思うと、ほんの少し残念だ。

俺の心中を察したかのように、名前が微笑んで擦り寄ってくる。
……酒の力なのは残念だけど、彼女が積極的に甘えてくれるのはやっぱり嬉しい。
眼下にある背中をポンポンと叩くと名前の腕の力が増す。比例して密着する身体の柔らかさを感じて、じわりと焦りが湧いた。

「斉藤さんがくれたんだよ。おいしかった。勘右衛門がね、私からとっちゃうくらい」

まだあるから俺とも飲みたい、と続ける名前の声を聞きながら、暗がりから微かに届いた嘆きに目を向ける。

「――勘右衛門、いるんだろ」
「…はいはい、います。八もね」
「おい巻き込むんじゃねぇよ…」

二人揃ってうんざりした雰囲気を漂わせつつ距離を詰めてくる。
どういう経緯で名前が酔っているのかを聞いているうちに、勝手に眉間に皺が寄った。

名前は酒癖悪いけどさ、“それ”は兵助にしか出ないみたいだよ」

それ、と言いながら指さす先は俺に抱きついたまま離れない名前

「おれなんか髪ひっぱられて蹴られて首掴まれて……散々だったんだから」
「ぐでんぐでんなのに兵助迎えに行くって聞かなかったしなー」

苦笑して補足され、名前を見下ろせば嬉しそうに目を細めて俺の着物を引く。
あ、と聞こえた二人分の声と、自分の頬に柔らかい温もりが触れたのは同時だった。

「…………」
「びっくりした?」
「…………うん…かなり」

「八左ヱ門、おれ今日厄日かもしんない」
「つーかお前ら、ちょっとくらい周りに気ぃ遣えよ!目の前でいちゃいちゃいちゃいちゃ……荒むっつーの!」

呆然と、頬に触れる俺の反応を見て喜んでいる名前が可愛い。
じわじわ熱くなっていく顔を見られないように彼女を抱き寄せて、片手で緩む口元を押さえた。

「兵助のやつ聞いてねーな……」
「報告行くとき名前も連れてけよ兵助。一応待ってたけど、さすがに限界だからさ」
「独り身同士飲むぞ勘右衛門!昨日三郎が隠してるやつ見つけたからそれ貰おうぜ」
「よし乗った!八左ヱ門ってそういう嗅覚は無駄にすごいよな」
「任せろって!!」

もう既に酔ってるんじゃないかと聞きたくなるやりとりが遠ざかっていく。
二人が居残ってたのは、俺が学園長先生に報告する間、名前を見ていてくれるつもりだったからのようだ。

気遣いをふいにしてしまったかなと思いながら、足もとがおぼつかない名前を抱き上げる。
小さく驚いた声をあげ、びくつく彼女は身を縮めるが降ろす気は毛頭ない。

控えめに着物を握っていた手が少しずつ上ってくるのがもどかしかったけれど、指摘したらすぐに引っ込んでしまいそうで、何も言えなかった。
気づかれないように移動速度を緩め、首に腕が回る時間を稼ぐ俺は、傍から見たら可笑しいのかもしれない。

「…………兵助くん」
「え!?」

ぎゅっと抱きつかれた拍子に呼ばれたのもあって、大袈裟なくらい心臓が跳ねる。
あいにく近すぎるせいで名前の顔が見えない。覗き込もうとする俺から逃げるみたいに、名前はますますくっついてきた。

――動悸は激しいのに、脳に酸素が行き渡ってないのか、頭がくらくらする。

もう一度呼んでほしい。
そう考える俺を焦らすように、名前は「なんでもない」と呟いたっきり黙ってしまった。

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