カラクリピエロ

可愛いわがまま(3)


※尾浜視点





――夕飯時に、酒を抱えて忍たま長屋の廊下をふらつくくのたまの図は異様だと思う。

「どこに持ってくの?」
「…………勘右衛門のところかな」

よたよたしている名前からビンを取り上げて聞けば、行き当たりばったりと思える答え。
彼女からのお礼を聞きながら、疑問交じりに名前を見たら「最初に会ったから」とおれの予想を肯定するように付け足した。

「どうしたのこれ」
「斉藤さんがね、みんなで飲んでってくれた」
「……ほんとに?」

名前の様子に違和感を覚えて念を押してみたら、ほんと、と笑顔で返事をする。
違和感はますます大きくなって、これ見よがしに溜息をついた。もちろん名前に聞かせるために。

改めて理由を聞いてみると、名前は笑顔を引っ込めて眉根を寄せ、おれから目を逸らした。
そんな気なかったのに、なんだかおれが名前を叱ってるみたいだ。

「…どうせだから兵助帰ってきたら飲もっか」

軽く彼女の肩を叩いて、とりあえず言うとおり運んでおこうと歩みを再開させる。
名前はおとなしく後ろを付いてきながら小さく何かを呟いた。

名前?」
「…勘右衛門」
「ん?」

部屋の戸を引いて、適当に酒ビンを置いてもまだ続きが聞こえてこない。
振り返ると名前は難しい顔で胸元を握り、必死に言葉を探しているように見えた。

「…まあ、ほら座って。言いにくいことなら酒の力を借りるって手もあるし」

ちょうどいいとばかりに名前の返事を待たずに栓を開け、酒を注ぐ器を用意してないことに気づく。
棚を漁って適当に見繕うと、少し待っててと言い置いて水場へ向かった。

「……うーん……なんだろうなぁ」

名前の様子を思い出しながら独りごちてみたものの、特に思い浮かばない。

兵助とは変わらずイチャイチャしてるし、今日は忍務でいないけど禁断症状にしては早すぎる。
直接聞けばいいかとあっさり考えるのを放棄して部屋に戻ると、名前は部屋の外――縁側に座って外を眺めていた。

「中で待ってればいいのに」
「なんか落ち着かなくて」
「もうこっちでの名前の部屋みたいなもんじゃん」
「何言ってんの、全然違うよ」
「…………っていうか、ほんとに飲んでいいんだよね?」
「それ、飲んでから聞くの?」

くすくす笑う彼女の声を聞きながら唇を舐める。
名前の分とおれの分とを注いで、軽く口をつけたら――高い酒だよこれ。そりゃ聞きたくなるよ。

名前の言い分どおりだとして、タカ丸さんがおれたちにお裾分けしてくれた品にしてはちょっと…いや、だいぶ分不相応だ。
名前は酒に興味なさそうだから、どうせ気づかないんだろうけど。

「あっ!!しまった、忘れてた……」

思わず立ち上がって名前を見下ろす。
名前はちょうど器に口をつけ、おいしい、と一口飲んだところだった。
サッとそれを取り上げて中身を飲み干す。呆気に取られておれを見上げる名前は、空の手を半端に浮かせたまま固まっていた。

「ちょっと勘右衛門…」
名前に飲ませるなって言われてるし、名前だって飲むなって言われてるだろ」

誰に、なんて言わなくてもわかるはずだ。
名前はぐっと言葉を詰まらせて不満そうにすると、おれが最初に持っていた方(中身あり)を掠め取り、一気にそれを仰ってしまった。

「うわあああ馬鹿!」
「酔わなければ大丈夫だもん!!だいたい、勘右衛門がお酒の力借りればいいって言ったんでしょ」
「確かにおれも馬鹿だよ。それは認めるからもう飲むな!」

一杯だけならまだセーフ…だと、思いたい。
例えその一杯が湯のみ茶碗で、よりによって空腹時で、中身がおれ用だったせいでちょっと多めに入っていたんだとしても…

「――って考えれば考えるほど駄目っぽい…!!」

頭を抱えて唸るおれの気も知らず、名前は空っぽになった湯のみを膝の上で転がしながら頭をちゃぶ台に乗せて唸りだした。
どうしよう。なんかもう既に酔ってるようにしか見えないんだけど。

「…勘右衛門は、誰かに、呼んでほしくないって思ったことある?」
「は?」

唐突な問いかけについていけなくて名前を見返す。だけど彼女はおれの疑問には答えてくれず一人で話を進めていた。

「斉藤さんが呼ぶのも、勘右衛門が呼ぶのも平気なのに、なんで…」
「ちょちょちょ、ちょっと、名前!?」

ぐす、と鼻を鳴らす名前に焦りばかりが大きくなって、距離を取っていたのも忘れて近づく。
名前が泣き上戸だなんて聞いてない。

前に酔った彼女を見たときは兵助にべったりで、甘え癖みたいなものがあるんだと思っていたのに(名前に対するおれたちの共通認識でもある)、どうも違うみたいだ。

ふらりと立ち上がる名前は危なっかしくて、腕を掴んで支えると「うん」と大きく頷かれた。意味が分からない。

酔っ払いの相手ってすっごく疲れるというのを身をもって体験して、改めて雷蔵に感謝したい気持ちでいっぱいだ。
いつも酔ったおれたちの面倒をまとめてみてくれてる雷蔵はすごい。ほんとに。今度お礼する、たぶん。

逃避しかける思考をふらつく名前が引き戻す。
外に行きたいのはわかったけど、どこへ行く気なんだろう。

「…………迎えに行きたい」
「兵助の?」
「うん。私、一人で大丈夫だよ」

さっきよりもまともになった言動に騙されかけたけど、足取りは相変わらずフラフラだし、気づけば目元も赤くなってる。
部屋で待ってたほうがいいよ、と言っても「いや」の一点張りで、少しも譲らない。
きっと名前の酔い方は、普段抑えてる色々が出ちゃうんだろうなと一人で納得して溜息をついた。

「…おれも一緒に行くよ」
「平気だってば」
「こんな名前一人で放りだしたらおれが兵助に怒られんの」
「……兵助くんに?」
「そう、兵助くんに…………ん?」

無意識に、名前の腕を掴んだまま移動していた足を止める。
途端に座り込んでしまう彼女に慌てて、肩を組むように支え方を変えた。

「――食堂に来ないと思ったら、なにやってんだお前ら」
「八!いいとこに来た、名前乗っけて」
「乗っけてどこ行く気だよ……ほら」
「兵助の迎え」
「戻りの時間わかんねぇだろ?」
「それはこっちのお姫様に言ってやって」

八左ヱ門に手伝ってもらって名前を背負いながら、門へと向かう。
道すがら八左ヱ門に事の顛末を話している間、名前はおれの髪をいじったり(地味に痛い)、「降りる」と言って暴れたり、犬を呼ぼうとしたり(八左ヱ門に止めてもらった)――ものすごく疲れた。

今後、もし名前が酔うことがあったら真っ先に避難しようと思う。

「はー……やっとついた……」
「お疲れさん」

ほんとにね。
溜息交じりに名前を降ろすと、ふらつきながらもちゃんと立ってくれた。少しは酒が抜けたんだろうか。

「――あ!」
「ちょ、こら!名前、危ないって!」

いきなり走り出す名前を慌てて支える。
間一髪で転ばせずに済んでほっとした。それでも懸命に前進しようとする彼女に呆れつつ、門の方を見て――納得。

仕方ないなぁとこぼして途中までついていき、そっと手を離した。

「久々知くん!!」

「え!?名前?なんで…?」

飛び跳ねるようにして抱きつく名前に目を白黒させながら、それでもしっかり支えてあげてる兵助に思わず笑ってしまった。

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