可愛いわがまま(2)
※斉藤視点
ほんの、ついさっき。
歩いているところをくのたまの子に捕まって、くの一教室の敷地まで引っ張られ、髪結いの仕事をお願いされた。
断る隙ももらえずに押しきられ、終わる頃には周りにくのたまが沢山。
ぼくをここに連れてきた本人は、ぼくを置いてあっさり行ってしまったから(仕事だって言ってたから仕方ないとは思うけど)どうにかしてこの輪から自力で脱出しないといけないらしい。
髪結いの順番でもめているらしい彼女たちを宥めながら、どうしようかなと考える。
女の子の髪を妙技で結っちゃうわけにはいかないし、かといって全員の髪を結ってあげる時間はない。
どうしたらいいのか動けないでいたら、ふと視界の端を通り過ぎた人影に目をひかれ、咄嗟に彼女を呼び止めた。
「名前ちゃん!」
「…………人違いです」
ぼくを見て、周りにいるくのたまも見て、一瞬“うわぁ…”って顔をした名前ちゃんは、次の瞬間にはにっこり笑って背中を向けた。
結いあげられた髪が揺れるのを見送りかけて、慌てて引き留める。
「ま、待って、ぼく名前ちゃんを捜してたんだよ!」
この機を逃したら後はない気がして必死に言うと、彼女は探るような目をしながらも足を止めてくれた。
嘘ついてごめん、と思いながら足早に近づく。そのまま小さくお礼を言ったら、名前ちゃんは僅かに目を見開いて“仕方ないなぁ”って言いたげに苦笑した。
それから微かに頷いてくれたことにいくらかほっとしながら振り返る。
「…ぼく彼女に相談したいことがあるから、ごめんね。みんなの髪結いはまた今度ということで」
両手を合わせて謝ると、くのたまのみんなはがっかりしながらも納得してくれたらしい。
今度こそお願いしますね、と念を押していく子もいたけど、思いのほかあっさり引き下がってくれた。
「…それで、相談って何でしょうか斉藤さん」
「あ、あはは…やだなぁ名前ちゃん、こんなところで言えるわけないでしょう」
どこか楽しんでいるような、からかうような雰囲気で笑う名前ちゃんに笑い返して(しっかり嘘だってバレてるみたいだ)、さりげなく敷地の出入口へ誘導する。
その途中で、彼女は部屋に戻るつもりだったのかもしれないということに気づいて慌てて確認した。
「私も飼育小屋へ行くところでしたから気にしないでください」
「…ありがとう。そういえば今日は兵助くんと一緒じゃないの?」
ぴくりと反応した名前ちゃんの雰囲気が変わった気がして、なにかまずいことを聞いたかなと様子を窺う。
(喧嘩かな?でも昨日は普通に仲良くしてるの見かけたし…)
「…斉藤さん」
「は、はい!」
「もう一回言ってみてくれませんか」
「え?何を?」
「……その…………兵助くんって」
不自然に止まったと思ったら段々うつむいて、兵助くん、と小さい声で呼ぶ彼女は耳まで真っ赤になっている。
(兵助くんが可愛い可愛いってのろ気たくなるのわかるなぁ)
初々しい可愛らしさにほのぼのしていたら、その真っ赤な顔でちらりと見上げられて妙にドキッとしてしまった。
それを咎めるように、兵助くんに睨まれたような錯覚がしてついキョロキョロしてしまう。
「? 斉藤さん?」
「兵助くんがいるんじゃないかと思って…」
「……いませんよ。久々知くんは、さっき忍務で出かけましたから」
名前ちゃんがしょんぼりしてるのは、それでなのかな?
「――そうだ!名前ちゃんにいいものあげるよ!」
「え…どうしたんですか、いきなり」
いいから、と彼女をやや強引に押しきって忍たま長屋へ連れていく。
部屋の前で待っててくれるようにお願いして、自室の物入れに頭を突っ込んだ。
しばらく放っておいたから探すのに手間取ってしまった。
見つけられたことにほっとして名前ちゃんの元へ戻ってみたら、彼女の隣には伊助くんが座っていた。なんだか和む光景に頬が緩む。
「あ、タカ丸さん!」
「どうしたの伊助くん」
「どうしたじゃありませんよ、は組で補習ありますって昨日言っておいたじゃないですか!」
――そうだ。
一年は組に行かなきゃって歩いてたところを捕まったんだった。
謝りながら頭を掻くと、伊助くんは溜息をついてやや同情混じりにぼくを見上げた。
「苗字先輩に聞きましたから、大変だったのはわかりましたけど…もう行けますか?」
「うん、迎えに来てくれてありがとう。名前ちゃんも」
「? 私、何もしてませんよ?」
「ううん。してくれたよ、いろいろ」
きょとんとして何度も瞬きを繰り返す名前ちゃんに笑って、持ってきたものを手渡す。
嘘をついたお詫びと、逃げ出すのに協力してくれたお礼と、それから偶然だけどぼくの事情を説明してくれたお礼。
あとは、名前ちゃんに元気出してほしいなっていうぼくの気持ち。
「だいぶ前にお客さんがくれたんだけどね、飲む機会なくてもったいないから名前ちゃんにあげる」
「あ、あげるって……これ、お酒ですよね!?」
「うん。気分転換にも使えるよ」
おろおろしていた名前ちゃんはぐっと言葉を詰まらせて、ビンを抱きしめるように抱える。
「兵助くんと二人でも、みんなで飲んでくれてもいいからね」
飲めないわけじゃなさそうと勝手に判断して、気にしないようにつけ加える。彼女は少し躊躇いがちに、困ったように笑った。
「…ありがとうございます」
「こちらこそだよ!伊助くんお待たせ、行こうか」
はい、と頷く伊助くんが、ちらりと名前ちゃんを気にする様子を見せる。
心配そうな顔をしているから、彼女の元気がないことに気づいたのかもしれない。
「伊助も、またね」
すぐに気づいて笑顔で手を振る彼女は、いつもと変わらない明るい名前ちゃんそのもの。それが本心かどうかは読み切れなかったけれど、これ以上踏み込めるのはぼくじゃない。
伊助くんは驚き混じりの返事をして、照れくさそうに手を振り返し、小走りでぼくを追い越していく。
置いて行かれないように早足で追いかけながら、教材持ってきてたかなぁと懐に手を入れた。
2517文字 / 2012.05.10up
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