カラクリピエロ

可愛いわがまま(1)



※夢主視点





「久々知くん!」

呼びかけながら走り寄り、呼吸を整える。
久々知くんは小松田さんに外出届を渡し終えたところで、少し驚いた顔で私を見た。

「何かあったのか?」
「ううん、ただの見送り」

よかった間に合って。
今日は久々知くんが忍務で出かける日だ。内容は聞いちゃいけないお約束だから、どんな仕事かはわからないけど、小松田さんと一緒に『いってらっしゃい』が言いたかった。

「日帰りなのに…」

私服も見られたし、こうして照れくさそうに笑ってくれるのも嬉しい。
つられて笑いながら帰りはどれくらい?と戻り時間の目安を聞いてみたら、夕飯に間に合うかどうかと曖昧な答えが返ってきた。

「だから今日は先に食べて……」
「? 久々知くん?」
「――…部屋で、待ってて。あ、名前の部屋だからな」

距離を詰め、耳元で声をひそめて言われて一気に顔が熱くなる。
ぎこちなく何度も頷きながら、部屋の片づけをしておこうと思った。

「土産は何がいい?」

微笑んで私の頬をなでる久々知くんの手がくすぐったくて肩が跳ねる。
その悪戯な手をやんわり押しのけたところで、後ろから着物姿の女の子が到着した。
まさに全力疾走してきました、という感じで息を切らせて小松田さんに外出届を渡す。

――彼女は、今日の久々知くんの忍務パートナーだ。

「ごめ、ん、兵助、遅れた!!」
「いや、ちょうどいいよ」
「あ、そう?ったく見せつけてくれちゃって!ね、名前、これどう?変じゃない?」

呼びかけられて、ビクッと身体が震えた。
着物は普通の町娘の装いだけど、凛としている彼女はとても綺麗だ。雰囲気が若い山本シナ先生に似ていてかっこよくもある――自慢の友達。

名前?」
「え、あ!うん、全然変じゃない。髪結ってもらったの?」
「わかる?仕事なんです、ってちょこっと無理言ってね、タカ丸さんにお願いしちゃった」
「…綺麗」
「当然!」

そう言って胸を張る彼女は本当に綺麗だ。全力で走ったせいか、少しだけ乱れていた髪を直すと笑ってお礼を言われた。

「…そろそろ行くぞ」
「はいはい。兵助の態度って露骨よね……じゃあね名前、小松田さん、いってきます」
「いってらっしゃ~い」

ドクドクうるさい心臓を無意識に押さえ、小松田さんに合わせて「いってらっしゃい」と返す。
彼女は大好きで大切な友達なのに、彼女が久々知くんを“兵助”と呼ぶたびに嫌な感情が渦を巻く。
呼び名なんてその人の自由。私だって相手を自分の好きなように呼んでる。なのに――

名前
「っ!?さ、さっき、行ったんじゃ…」
「あいつだけな。後で追い付くからいいよ」
「わっぷ!?」

ぎゅっといきなり抱きしめられて驚いていると、しゅるりと頭巾を持っていかれた。

「え!?」
「お守り」

反射的に頭に手をやる私を見て、久々知くんは楽しそうに笑いながら、あっという間にそれを懐にしまいこんでしまった。
さっきまでの嫌な気分まで一緒に持って行ってくれたような、そんな感覚もあって胸の中がくすぐったい。

名前、土産はどうする?特になければ俺が勝手に」
「いい」
「…名前?」
「お土産は、いらない……だから、」

――早く帰ってきて。
言いたいのに、なぜか言えなくて消えてしまった言葉の代わりに、久々知くんの胸に頭をつける。
トクトク聞こえる音にほっとしてゆっくり息を吐いたら、耳に息を吹き込まれてゾワッと鳥肌が立った。

「なななな、なに、もう!!」
名前が可愛いことするからだろ」
「してないよ!?」

飛びのいて耳を押さえ、笑う久々知くんを軽く睨む。
今度久々知くんの弱点を探そうと心に決めて、門の外に目をやる彼を送り出すべく並んで歩いた。

「いってくる」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん…また夜に。なるべく早く帰るよ」

ぎょっとして久々知くんを凝視したら柔らかい微笑みを返される。
勝手に熱くなる顔で頷けば、改めていってきます、の挨拶が聞こえた。

「はーい、いってらっしゃ~い!」

小松田さんが大きく手を振る隣で小さくなっていく背中を見つめる。
いつ言いたいことがバレたんだろう、と頬を擦りながら学園の中に戻った。

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