カラクリピエロ

実現可能な夢物語(後編)



突然のことに心臓が跳ねる。
それは名前も同じだったようで、小さく驚いた声を上げた。
固まるだけの俺と違っていたのは、すぐに泣いている竜之介を抱き上げあやし始めたところだろう。

「竜之介、つついたの嫌だった?ごめんね」

何か手伝いたいとは思うものの、どうしたらいいかわからない。
代わりにあやそうにも余計に泣かせそうで、結局動けなかった。
傍でそわそわしている俺に気づいたのか、名前が小さく笑う。

「大丈夫」

俺に向かって短く言うと、竜之介の名を呼びながら彼の背をリズムよく叩き、軽く揺らした。
少しずつ治まってくる泣き声に感心する。抱き方だろうか、それとも呼びかけか。

理由を考え出してはみたものの、名前が竜之介を呼ぶ優しげな声にそれを中断せざるを得なかった。
嫉妬とは違う、このままずっと見ていたいような……この感情はなんなんだろう。

竜之介と一緒にうろついていた名前が静かに戻ってくる。
隣に腰を下ろした名前が抱いている竜之介を見ると、今や泣き声はすっかり治まっているばかりか、うとうとと眠りかけていた。

「…………俺が原因かも」
「ん?」

不思議そうに首をかしげる名前に、歩かせようとして膝から降ろしたくだりを話す。
彼女は僅かに目を見開いて数回瞬いた後くすくす笑い出した。

「まだ歩くの無理だったでしょう」
「…うん」

声量を抑えた台詞は竜之介への配慮だとわかったけれど、囁きは内緒話を彷彿とさせて内心ドキリとする。
――トントン。
相変わらず一定のリズムで降ろされる手をぼうっと見ていたら、不意に「気にしてる?」と声がした。

「え?」
「だから、原因」
「…タイミング的にさ…」
「でも、それだったら私がつついたせいかもしれないし、単に眠くなったからなのかもしれないし……もしかしたら、竜之介がきり丸に会いたかったのかもしれないよ」

言いながら俺の方を向いた名前は、さっき見せたような、からかうような色を浮かべる。
それに戸惑って瞬くと、名前はふわりと微笑んだ。

「…………気にするなってことか」
「うん。そういうこと」

竜之介に視線を戻して「このくらいの子は泣くのが仕事って言うし」と続く言葉を耳に入れながら距離を詰める。
そのまま彼女に寄りかかると、小さく肩が跳ねた。

「久々知くん?」
名前はいい母親になるだろうな」
「そ、そうかな……なれたらいいなぁ」
「なれるよ」

くすぐったそうに笑う名前の腕の中では、いつの間にか竜之介が彼女の着物を握り締めて眠っている。

――数年先にも同じような光景を見られるだろうか。

名前の腕の中には彼女に似た赤ん坊がいて、隣には俺がいるような――そんな未来。

さりげなく名前の腰に腕を回しながら考えて彼女を覗き込む。

「あの、久々知くん」

名前は戸惑ったように俺を呼ぶけれど、この呼び方も、変わっているといい。

「……静かにしないと起きるぞ」
「だ、だって…んっ、」

彼女の両手が塞がっているのをいいことに、そっと顔を近づけて、そのまま唇をふさいだ。
軽く触れるだけにするつもりだったのに、一度じゃ足りなくて何度かついばむように口付ける。
触れ合うたびにピクリと身体を震わせる名前も自分を煽る原因だ。そう勝手なことを思っていたら、彼女自身の手に遮られた。

「っ、もう!」
「しーっ」
「…………竜之介が起きたら、久々知くんのせいだからね」

ちらと竜之介を見下ろして、声をひそめる名前が恨みがましく口にするが、そんなに赤い顔では全然怖くない。
だけど――ここは素直に引いたほうが良さそうだ。
そう判断した俺はおとなしく身を引いて、行儀よく名前の隣に納まる。

ぎゅっと唇を引き結んでいる名前から視線を外すと、きり丸が持ってきた時のまま放置されていた団子が目に入った。

名前、団子食べるか?」
「……うん」

やはり、彼女は甘味に目がない。
切替の早さに笑って皿を差し出せば、いささか不満そうにしながらも手を伸ばしてきた。

「あ」
「? どうした?」
「…………やっぱり、包んでもらおうかな」

串を取る直前で動きを止めた名前は腕の中を見て、小さく笑う。
竜之介は本格的に寝入ってしまったのか起きそうにない。
交代を提案してみたけれど、握られた着物を理由に断られた。

「……気持ち良さそうだな」
「うん。いい夢見てるのかもしれないね」
「いい夢か……俺も試したい」

不思議そうな顔で首をかしげる名前に笑う。
後で協力して。
そう返したところで、再びきり丸がドタバタ戻ってきた。
静かにするように合図すると、きょとんとした顔をして速度を緩める。

「寝てるから静かにしろ」
「あれ、寝ちゃったんすか…でもそろそろ約束の時間だし、オレ見ますよ」

てきぱきと竜之介の手を名前の着物から離し、どこからか出した紐で自分の背中にくくりつけるきり丸の手際のよさに驚く。
その動きで竜之介は僅かに起きかけていたのに、すぐにまた寝入ってしまった。

「いやー、ほんっとうに助かりました!ありがとうございました」
「きり丸、これ包んでもらっていい?」
「あ、はい」
「俺も土産にいくつか買って帰りたいんだけど」
「まいど!乱太郎ー、しんべヱー」

二人を呼びながらパタパタ走っていくきり丸の後を、名前と二人でのんびり追いかける。
竜之介との別れを惜しんでいるはずなのに、それを口にしない名前を横目で見れば彼女はやはり寂しそうだ。
少しでもそれを紛らわせてやりたいと、掬い取るように手を握った。

「…………竜之介、可愛かったね」
「そうだな」
「久々知くんも、面白かった」
「……それは、あんまり嬉しくないんだけど」

俺の手を握り返してくる名前が、ひょいと俺を覗き込む。
かすかに見えた不安を取り除くように笑い返し、繋いだ手の指を絡めれば名前の頬が色づいた。

「――でも、いい勉強になったよ」
「……真面目なんだから……」
「けど俺、一人目は女の子がいいな」
「ん?」
名前に似た子」

身を寄せて耳元で囁くと、名前は何度も瞬いて徐々に顔の赤みを濃くしていく。
開いては閉じる唇が僅かに震え、意味のない音が漏れていた。
俺を見上げたまま固まってしまった名前に愛しさが募る。何度も押さえ込んでいたはずの衝動そのままに、彼女を思い切り抱き締めた。





「雷蔵、土産」
「あ、ほんとに買ってきてくれたんだ。ありがとう兵助!」
「どういたしまして」
「バイト手伝わされたりしなかった?」
「思いっきり……っていうかそういうの気づいてたなら先に言っておいてくれ」
「いやー、あはは。でも機嫌いいじゃない」
名前と一緒だったからな」
「そっかー。お土産ありがとう、それじゃ」
「何があったか聞いてくれ雷蔵」
「聞きたくないなぁ」
「それ食べながらでいいから」
「兵助、僕の話聞いてる?」
「いきなり子守りのバイトに巻き込まれたんだけどさ――」

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