カラクリピエロ

あなたは今日から、


※立花視点





ドン、ガン、バタン。
絶え間なく続く騒音に盛大な溜息を吐き出す。実に騒々しい。
騒音の元は小平太と長次の部屋に違いない、そうあたりをつけ手を止める。

「おい、文次郎」
「てめぇで行ってこい」
「私は今忙しい」
「俺は別に気になってねェ」

バチバチとソロバンに似つかわしくない音を弾き出しながら文次郎は言う。
そうか、と相槌を打って黙り込むと一際大きくバチッと音を鳴らし、次いで舌打ちを漏らした。

「くそっ」
「打ち間違えたか?」
「うるせぇよ!」

どうやら図星だったらしい。
文次郎はおもむろに立ち上がると乱暴に戸を開け、そこから小平太を怒鳴りつけていた。横着者め。

案の定止まなかった騒音に部屋を出て行く文次郎を見送る。
予想通り激しさを増す騒々しさと怒鳴り声とを耳に入れ、そろそろ納まるかと戸口を見れば静かに長次が姿を見せた。

「どうした?」
「……小平太が……苗字を、連れて来ていたんだが」

収拾がつかなくなった。どうにかしてくれ。
そう訴えてくる長次に、私は情報を整理しながら立ち上がった。

「…………それで?」
「そもそも、私の承認もなく立花先輩が許可なんか出すからです!」
「わたしは皆に紹介したいって言っただけだ!」
「陽の高いうちからけしからん!!」

――うるさい。
懐からスッと特性の煙玉を取り出し、火をつけて放る。
すぐさま察知したらしい長次が部屋から避難するのを視界の端に入れ、私も外へ出た。
戸を閉め、しばし待つ。
バンバンと激しく叩かれた戸を開けてやると、燻された名前が涙目で倒れこんできた。

「落ち着いたか?」
「せん、ぱ…ひど…です!」

鍛錬馬鹿の二人もこれくらい素直ならいいんだが。
文次郎と小平太は息の止め合いでもしているのか、微動だにしない。
まぁ静かになったことだし、勝手にやらせておけばいいか。

そう判断した私は名前を伴い、煙が篭った部屋から自室へ移動した。

だいぶ落ち着いたらしい名前は先ほどの騒音の経緯を思い出しているらしく、一人で百面相をしている。一度私を見上げ、すぐさま首を振り、頭を抱えて唸る。

知れず漏れてしまった笑い声に、名前は苦々しい表情で私を呼んだ。

「…なんとかしてください」
「小平太を?」
「あの人、なんなんですか!わ、わたしのものになれって言ったかと思えば、飼い主になれって言い出すし、あれで、じゃれてるだけ、とか、ないです…!」

言いながら思い出しているのか、段々顔を赤く染める名前は小刻みに震え、言葉も細切れになっている。
押さえた首元に紅いしるしが見て取れて、つい「あの馬鹿」と呟いてしまった。

「中在家先輩は逃げようとするし、潮江先輩は怒鳴りつけてくるし!」
「…それはもうお前が躾けるしかなかろう」
「何言ってるんですか!!」

目尻を釣り上げて噛み付いてくる名前は興奮しているのか(無理もないが)肩で息をして「絶対イヤです!」と叫ぶ。
その肩に手を置いて、宥めるように軽く叩いた。

「まぁ聞け。そう全力でぶつかっていたらすぐに疲れるだろう。あれと上手く付き合うコツは適度にあしらうことだ。余裕を持って流せ。いいじゃないか飼い主になってやれば。“お前は私の犬だ”と調教しろ」
「調きょ…そ、そんなのできません!!」
「思い通りに動かせると楽しいぞ」
「…………立花先輩みたいになりたくないんですけど」

ジト目で呟かれた可愛くない内容に笑ってみせると、すぐさま謝罪が返ってくる。
そのまま頭を撫でてやると恐々とこちらを見上げ、落ち着かな気に視線を泳がせた。

「まあ私としては、早々に覚悟を決めることを勧める。お前も目立つのは嫌だろう?」
「…?」

トン、と首筋に軽く触れ、鏡を差し出してやれば、名前は面白いほどわかりやすく表情を変えていった。

「な、こ、これ、」
「見られたくなければ伊作に包帯でも巻いてもらえ」

余計に目立つこと請け合いだが。
赤い顔で口をパクパクさせて、じわりと涙目になった名前は勢いよく立ち上がり肩を怒らせて出て行く。

数歩遅れて後についていった私が小平太の部屋に到着すると、名前が小平太に向かって虚勢を張っているところだった。

「七松先輩!!」
「お。名前、覚悟したか?」
「わ、私が飼い主なら、先輩は、私の言うこと聞いてくれますか!?」
名前のお願いなら聞くぞ!」
「ほんとですね?絶対ですね!?」
「ああ!」

満面の笑みを見せる小平太に、ぎこちなく「それなら…」と切り出す名前

――さて。
小平太の中で“お願い”と“命令”は果たしてイコールなのか。
怪しいものだが、指摘するよりも様子をみたほうが面白そうだ。

「な…なります、飼い主」
「本当か!?取り消しはなしだぞ?」
「なしです」
「よし、これでお前はわたしのものだな!」
「………………は?それは違、ちょっと、七松先輩!!」

話を聞いてください、と叫ぶ名前を無視した小平太は両手で名前を担ぎ上げてくるくる回る。
飼い主の立場は今のところ皆無だな。

(まあ、どう見ても行き過ぎているときは止めてやらないでもない)

名前には告げることなくそう決めて、私は一つ息を吐き出した。






「ところで長次、文次郎はなぜ無様に転がってるんだ?」
「…………息を、止めすぎた、らしい」
「馬鹿だな」
「…………(こくり)」
「仙蔵、てめぇ…!」
「おお元気じゃないか、その調子でお前が見た様子を話せ」
「バッ、バカタレ!」
「お前が照れても気持ち悪いだけだぞ文次郎」
「うるせェ!!」
「なんだ、なにを揉めてるんだ」
「七松先輩、降ろしてください!」
「文次郎がここに来たとき、お前なにをしていた?」
「わたしか?名前にじゃれてたぞ。な?」
「決めました……まず『待て』を教えることにします!早く降ろしてください!」
「伊作と留三郎に見せてからな!」

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