カラクリピエロ

実現可能な夢物語(中編)


混乱する思考を押さえ込んで名前の隣に座る。
乱太郎としんべヱは逃がしてしまったけれど、名前が安心したように息をついたから残ってよかったと思った。

「……おとなしいな」

先ほどから静かにしている子供――竜之介といっただろうか――を覗き込みながら言うと、ふいに目が合った。
途端にぷいと顔を逸らされて面食らう。
何か嫌われるようなことでもしたのかと考えだす俺の隣で、名前がくすくす笑い出した。

「――竜之介」

名前がぽんぽんとあやすように背中を叩きながら、俺と同じように竜之介を覗き込む。
その呼びかけにも顔を逸らすから、また俺と目が合った。中々言葉を出せないでいると、今度は竜之介の顔がくしゃりと歪み、明らかに泣き出す前兆を見せた。

「な、なんだ!?なんで!?」
「んー…人見知りなのかな」

うろたえる俺とは逆に、のんびりと竜之介を抱えなおす名前

「竜之介、だいじょうぶ。怖くないよ、このお兄ちゃんはすっごく優しいんだから」

その穏やかな語り口と表情にドキリとする。またもや湧いた抱きしめたい衝動を押さえ込んでいる俺をよそに、竜之介は微笑みを浮かべる名前につられるように涙を引っこめた。
次いで彼女の着物をぎゅっと握りしめたかと思えば、顔を隠すように彼女の胸元へ頭を押し付ける。

ぴく、とこめかみが引きつるのを自覚して、大きく頭を振った。
――大人げないにも程があるだろう。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない。重くないか?」
「…抱いてみる?」

言うなり名前は竜之介をひょいと抱き上げて、いきなり俺の膝に乗せた。
自分よりも高い体温と、ふらふら揺れる小さな身体に焦りながらも咄嗟に手を出す。
腕にかかる頼りない重さに不安になって固まると、見計らったように名前が身を寄せてきて別の意味でもドキッとした。

ぴたりとくっついて抱き方指導を始める名前の声に適度に相槌を打つ。
名前は笑って「真剣だね」と言うが、集中していないと理性が揺らぎそうだからだ。もちろんそんなことは口にしないけど。

合間に名前が竜之介をあやしてくれてるおかげで彼を泣かせずに済んでいるけれど、ひょっとしたら人見知りではなく女好きなんじゃないかと疑いを持ったのは内緒にしておこうと思う。

「どう久々知くん、軽いでしょ?」
「うん。名前よりずっと小さいし、なんか怖いな。姿勢も不安定だしさ」

しきりに名前に向かって腕を伸ばす竜之介の向きを変えてやりながら答えたら、息を呑む気配がした。
見れば真っ赤になっている名前が口をぱくぱくさせている。
何かまずいことを言っただろうか。

「な……なんで、私と比較したの……」
「膝に乗せたことあるのは名前だけだから」

俺の答えに名前は赤い顔を益々赤くして唇を引き結び、額を俺の肩に押し付けて細く長く息を吐き出していた。

両手が空いていたらちゃんと抱きとめられるのに。

竜之介が名前の着物に手を伸ばすのを見ながら、代わりとばかりに彼を抱えなおした。

「お疲れさまでーっす!団子お待たせしましたー!」
「っ、きり丸!!」
「うわっ、苗字先輩、そ、そんな真っ赤になって怒らなくても…久々知先輩、助けてくださいよ~」

ね?ね?と顔色を窺いながら、素早く名前とは逆側に回ってくるきり丸に溜息をつく。
名前が先に声を出したから黙っていたけど、本当なら俺の方が小言を言いたいくらいだ。
それを察知したのか、きり丸は笑顔でささっと団子の乗った皿を置いて「ごゆっくり」と裏声の挨拶と笑顔を振りまいた。

「まだ話は終わってません」
「お、お客さん、堪忍してください」
「忙しそうだもんね……それなら、続きは学園でじっくり話そうか。ね、きりちゃん?」

女の子を演じるきり丸に合わせるように、名前がにっこり笑顔を向ける。
――名前に任せておけば俺の分までしっかり説教してくれそうだ。
ひく、と顔を引きつらせたきり丸を見て、竜之介が「あー」と形になってない言葉を発した。

「……竜之介」
「うー」
「お前しゃべれるんじゃないか」

おとなしいばかりか無口だと思っていたのに。忙しなく動きだした手足は歩きたいの主張だろうか。

それならばとゆっくり膝から降ろしたら、その場にぺちゃりとつぶれた。
四肢を懸命に動かして地道に前進する様子をじっと見て、ようやく歩けないんだと思い至る。

もう一度竜之介を抱き上げたところで名前が傍に戻ってきた。

どうやら説教の場を設ける約束を取り付けられたらしい。
満足げな表情をした彼女は俺を見て「様になってるね」と嬉しそうに笑った。

「そうか…?」
「うん。慣れた?」
「さっきよりはな」
「慌てる久々知くんも可愛かったけど。竜もそう思わない?」

からかうように首をかしげる名前に言葉を詰まらせると、更に楽しそうにしながら竜之介の頬をつつく。

――さっさと話題を変えよう。

そう思ってついさっきの出来事を話そうとした刹那、堰を切ったように竜之介が泣き出した。

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