カラクリピエロ

実現可能な夢物語(前編)


※久々知視点/両想い後





「じゃあちょっと行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」

一緒に部屋を出てふわりと微笑む名前に見送られ、長屋の廊下を歩く。
雷蔵から借りた資料の返却に行くだけのやりとりだけど、妙にくすぐったい雰囲気なのは名前の言葉のせいだろうか。

「…………兵助、顔緩んでるよ」

出迎えた雷蔵が、目が合うなりそう言って苦笑するから、思わず自分の顔に触ってしまった。

「これからデート?」
「うん。散歩にでも誘おうかと思ってるんだ」
「天気いいもんね。そうだ、ちょっと待ってて」

部屋に引っ込んだかと思えばすぐに戻ってきた雷蔵の手には紙切れが。
反射的に受け取って流し読みすると、茶屋の宣伝チラシのようだった。団子のまとめ買いがお得らしい。

「これがどうかしたのか?」
「きり丸がここでバイトしてるから売り上げに貢献してってさ」
「……ふーん」

つまり店に寄れってことか。
学園内の散歩程度にしか考えてなかったけど、外へ行くのもいいなと想いを馳せる。

「兵助、お土産よろしく」

笑顔で俺を送り出す雷蔵は後輩思いなのか、それとも単に甘いものが食べたい気分なのか判断に迷うところだ。
とりあえず頷いて踵を返す。彼女は甘いものが好きだから、誘ったらきっと喜んでくれるだろう。

+++

予想通りだったとはいえ、名前はとても嬉しそうに承諾してくれたから俺も気分よく出かけられる。
教えてくれた雷蔵には土産をおまけしようと決めて、件の茶屋を目指した。

たどり着いた店はこじんまりとしているわりに人が多く(きっとチラシの効果だろう)、がやがやと騒がしい。
混雑からはやや離れた場所に名前を座らせる。とりあえず店内の様子を聞こうと店員を呼ぼうとしたら、ちょうど忙しく動き回っていた女の子と目が合った。

「あー!久々知先輩、いいところに!!」
「……きり丸か?」

一瞬前までの笑顔はどこへやら。
俺を指差して大声を出すきり丸が素早く近寄ってきた。食事処だからか、走らない辺りさすがだなと妙に感心してしまう。

「忙しそうだな」
「おかげさまで」
「だいぶ混んでるし、土産だけ買って帰ろうかと思うんだけど」
「そう言わずゆっくりしてってくださいよー!席ならありますから!」

揉み手をしながらの笑顔になんだか嫌な予感がする。
押し切られそうな勢いに気圧されながら後ろを振り返ると、気づいた名前がにこっと微笑んで手を振った。

「あ、苗字先輩もいるじゃないっすか」
「ちょっと待てきり丸」

彼女の方へ向かおうとするきり丸の肩を掴む。
何を企んでいるのか聞こうとしたのに、それを問い詰める前に名前の方から近寄ってきてしまった。

「あ…れ…?きり丸?」
苗字先輩こんにちは」
「こ、こんにちは」
「? どうした?」

やけにうろたえている気がして様子を伺うと、勢いよく首を振られる。
なんでもない、の合図だけど顔が赤い。

「き、きり丸可愛いね!女の子にしか見えなかった!」
「へへっ、ありがとうございます」
「…えっと、お団子ください」
「先輩、ここで食べていってくれますよね?」
「うん、それじゃあ。久々知くん、いい?」

さっきまでの警戒心はどこへ行ったのか。
彼女の問いに条件反射のように頷く俺に、きり丸が「まいど~!」と朗らかに返事をした。その合間にも名前をじっくりと見ていると、あからさまに彼女の視線がうろつく。
沈黙に耐えられないのか、ちらりと俺を見上げて、恥ずかしそうに目を逸らした。

名前
「な、なに?」
「妬いた?」
「………………少し」

言いながら俺の袖口を掴む名前を抱き締めたい衝動に駆られる。けど、ここでは駄目だ。

何か別のことを考えて気を紛らわせようと、先ほど雷蔵に返したばかりの資料内容を引っ張り出す。

「――ね、久々知くん」
「ん?」
「きり丸が席に案内してくれるって」

いつの間にか袖ではなく腕を引かれていて内心驚く。
どれだけ呼びかけに気づかなかったのか申し訳なく思いながら、名前の引く力に任せていたら店内の奥の方へ入り込んでいるようだ。

「…………名前、きり丸は?」
「……また来るって言ってたけど…やっぱり変だよね」

店の裏側にあたる縁側は表よりも静かで、まったりとした空気は好ましいものだが、どう見ても客用ではない。

「久々知先輩、苗字せんぱーい!」
「助かります~!!」
「なんだ…?」

どたどた足音を鳴らして姿を見せたのは乱太郎としんべヱ(きり丸と同じように女装している)、それから幼い子どもが一人。

「えっと、この子は竜之介くんって言って、近所の子です」
「きり丸が子守りのバイトまで引き受けてたの忘れてて~」
「わたしたちが交代で見てたんですけど、お店が思ったより混んできちゃって…」

捲くし立てるようにしゃべる二人に口を挟めないまま、「先輩方が子守りを引き受けてくれるんですよね」と笑顔で差し出された子どもを名前が反射的に受け取った。

「え…、えっ!?」
「お店ももうすぐ終わりますので」
「ちょっと待て、お前ら!」
「苦情はきり丸宛でおねがいしまーす!」

追いかけようと腰を浮かせた俺は、上衣を握られていることに気づいて振り返る。
不安そうな顔をした名前が幼い子供を膝に乗せ、無言で行くなと訴えかけていた。

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