カラクリピエロ

まるで、ひめごと(3)



座り込んだ私に驚いたのか、久々知くんが僅かに目を見開く。
さすがに一言くらい文句を言いたいのに、呼吸が整わなくて声が出ない。
絶対真っ赤になってるだろう顔で久々知くんを見上げながら、右手の甲で自分の口を擦った。

「……ごめん、やりすぎたな」
「わ、悪いと、思って、ないでしょ」
「うん」

あっさり頷く久々知くんは私にあわせて片膝をついて、そのまま私を抱き締めた。
文句の代わりとばかりに、生理的に浮かんでしまった涙を久々知くんの肩に押し付ける。
笑ってる気配に今度は腕に爪でも立ててやろうかと思った瞬間、首をなでるくすぐったさに奇声を上げてしまった。

ぱっと頭を起こすと、首に軽い圧迫感。
木札と笛が喉元まで上がってきているから――さっきのくすぐったさは紐が擦れたせいらしい――だと認識した途端、ぷつ、と紐の切れる音を聞いた。

「…………え」
「ごめんな」
「!」

今度は軽く触れるだけの口づけをして、久々知くんは立ち上がりながら私の木札をするりと引き抜いてしまった。

「久々知、く――」
「……怒っていいよ。文句も…終わったら、ちゃんと全部聞く」

早速私の札を首にさげた久々知くんは、私に困ったような笑いを向けてもう一度謝ると、あっという間に木の上からどこかへ消えてしまった。
今すぐ追いかけて聞ければよかったのに(追いつけるかは別として)、腰が抜けて立てないのは致命的だ。
動けない原因を思い出し、恥ずかしさを誤魔化すために唇を噛みながら、私は膝を抱えてしばらく唸っていた。

気を取り直して堂々と裏山を歩き回る。
今の私は札を持っていないから、誰かの標的になることも、他の忍たまにとって脅威になることもない。
その間に犬笛(こっちはちゃんと残してくれたらしい)を使って愛犬を呼び、ついでに竹谷――正確には彼のつれていた犬も呼び出した。

「……名前、どういうつもりだ。俺は今一人で必死なんだぞ!?」

竹谷が来てくれるかどうかは賭けだったけど、ちゃんと来てくれた。さっき見たときよりボロボロになってるけど。

「久々知くんに取られた札を取り返したいので、協力してください」
「無理」
「なんで!」
「俺に利がねーだろ」
「久々知くんの札あげるから!!」
「は!?」

本当なら、そっちも作法委員のものとして回収したい。が、いくらなんでも無条件で協力してもらえるなんて思ってない。
せめて立花先輩からのお仕置きだけでも免れられるように、自分の札だけでも取り返しておきたい。

竹谷は片手で口を覆って考え込む様子を見せる。
時々こっちをみるから、竹谷の中で脳内会議でも行っているのかもしれない。

「実はついさっき勘右衛門に一枚持ってかれたばっかで、点は欲しいんだけどさ」
「じゃあ、」
「ん~~~~~っ、でもなぁ……つーか、お前なんで兵助に取られたんだ」
「うえ!?」

難しい顔で腕を組み、唸っていた竹谷はケロッと表情を入れ替えて質問してくる。
どうにか適当な理由をでっちあげるべきだったのに、不意打ちすぎて口をパクパクさせるしかなかった。

「…………なるほどな」
「まだ、何も、言ってない」
「顔みりゃわかる。でもそれだと…やっぱ協力はできねーな。名前には悪いけど」
「な、なんで!?」
「兵助の行動の理由がわかるからだよ」

ニカッと笑う竹谷は私を見て「お前わかんねーの?」と首を傾げた。
わからないって、なにが。

「っと、やべ!俺は行くけど、もう呼ぶなよ!!」

私に指を突きつけてそう言うと、傍らの犬を抱えて姿を消してしまった。
直後にガサガサ音を立てて飛び出してきたのは私の愛犬――と、不破くん。
こっちを見てきょとんとした後、やっぱり遅かった、と呟いた。

「僕を見ても逃げたり隠れたりしないんだもの。札持ってないんでしょ?」

私の問うような視線を受けてか、不破くんは苦笑気味に呟きの理由を教えてくれる。

「せっかく道案内役を見つけたのに。ねえ?」

そう言いながら影丸の頭を撫でる不破くんに、私の愛犬は千切れんばかりにしっぽを振った。

「そうだ不破くん!久々知くんのものって何か持ってない!?」
名前の方が持ってるんじゃない?」

仕方ない、とこぼして今にも移動しそうだった不破くんに詰め寄って聞いたら、あっさりそんな風に返された。

「兵助に取られたんだね」
「な、なんで!?」
「え?取り返したいのかなと思ったんだけど…」

そ、そう。その通り。何も持ってない私が、ここで久々知くんを追う理由なんてそれしかない。
なのに、さっきの色々が知れ渡っているような気がしてつい動揺してしまった。
俯きながら熱くなった頬を擦っていたら、不破くんが唐突にポンと手を打つ。

「兵助のものがなければさ、名前の匂い追えばどうかな」
「…………は?」
「ついてるよ、たぶん」
「え……?」

じゃあね、とにこやかに手を振って行ってしまう不破くんを言葉もなく見送る。
言われた意味を理解した途端、その場にしゃがみ込んだ。

「み、見られては、ない…よ…ね?ね!?」

愛犬を振り返って両手をつきながら顔を覗き込めば、頬をぺろりと舐められてしまった。

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