カラクリピエロ

まるで、ひめごと(1)


※委員会体験ツアー後





立花先輩から手渡された小さな木札。表には“苗字”と私の名前、裏には数字の3が書かれている。
首から提げたそれをそっと握り、重い溜息を吐き出した。

事の起こりは毎度恒例、学園長先生の思いつき。
委員会対抗での催しを行うと突如発表された“点取り合戦”、私は現在これに(強制的に)参加中である。

+++

「優勝した委員会にはささやかながら予算の追加が出るそうだ」

学園長先生から呼び出されていた立花先輩は、どの程度かは教えてくださらなかったが、と補足しながら机の上に三枚の木札と、なにやらズラズラと文字の書かれた紙を置いた。

「なんですかこれ」
「穴開いてますね」

一年生が興味津々といった様子で木札を手に取る。
立花先輩は微笑んで「対抗戦で使うものだ」と言った後、改めて開催内容を話し始めた。

曰く、今回は一年から三年までの下級生組と、四年以上の上級生組に別れての“点取り合戦”らしい。

「伝七、兵太夫、藤内の三人は、裏山を除く学園の敷地内に散りばめられた木札…そう、お前たちが持っているそれだな。それを探し出し、集めるのが目的だ」

空いている穴は紐を通すためのもので、実際には0~5までの数字が書かれているらしい。
点数によって発見難易度が違うとのことで、一年生用(と思われる)簡単なのをちまちま集めるのもよし、藤内のような三年生が頑張って高得点を狙うもよしのようだ。

「それぞれ分担して探索してもいいが……藤内、その辺はお前に任せよう」
「え、ぼ、僕ですか!?」
「伝七と兵太夫は藤内の指示に従うこと」
「「はい」」

戸惑う藤内の肩に手を置いて、立花先輩は話を続ける。
宝探しみたいだなぁと思いながらズラズラ文字が書かれた紙に目をやれば、争奪戦、なんて単語を見つけた。

「……立花先輩」
「どうした」
「この“争奪戦”ってなんですか」
「それについては後で説明しよう――と思ったが、お前たち下級生にも関係ないわけではないな」

回りくどい。
寸でのところで口から飛び出さずに済んだ言葉を飲み込むと、ちらりとこっちを向いた立花先輩が微かに口端を上げた。
思ったことがばれているようで居心地が悪い。

「――集めた木札は交換、譲渡、強奪が可能だ」

点数しか書かれていないから、偶然落としたものを拾われて「返して」と言ったところで返ってくるかどうかは運次第。
また、返ってきた札が落としたものと同じ点数とは限らない。

にっこり笑いながらそんなことを言う立花先輩は、暗に“やれ”って言ってないだろうか。
もちろん、拾うほうを。

落とさないように気をつけないとね、なんて言いながら頷き合う伝七と兵太夫(純粋で可愛い)を横目に、頬を引きつらせる藤内は私と同じ考えを持ってしまったらしい。

「わかったか、藤内」
「あ、ええと……はい」
「立花先輩、藤内に負担かけるのやめてください」

つい口を挟めば、立花先輩がわざとらしく驚いた表情で「そんなつもりはなかったんだが」と肩を竦めた。

「ともかく下級生の方はこれくらいか。なにか疑問点はあるか?」
「立花先輩、からくりは使ってもいいんですか?」
「特に明言されていないから大丈夫だろう。問題があれば先生方が指摘してくださるからな」

…いいんだろうか、そんな適当な返事で。
兵太夫は顔を輝かせて張り切っているけれど、札を集めるのにからくり使用って…

(妨害する気満々ってこと……?)

まあ自分が引っかかるわけじゃないから、いいか。
内心でそう結論付けて、探す場所は絞ったほうがいいか、分担するかを話し合う三人から目を逸らした。

「喜八郎、起きろ。上級生側の説明を始める」
「……ふぁ…あ~…やっとですかぁ……」

やけに静かだと思っていたら。喜八郎はあくびをしながら顔をあげ、思い切り伸びをした。
別に眠くなかったのに、喜八郎のが移って自分でもあくびを漏らしてしまった。

文字の書かれた紙に指を滑らせて、立花先輩が文字をなぞる。
私が先ほど見つけてしまった“争奪戦”でピタリと止まった指。なんだかとてつもなく面倒くさい内容の予感がした。

「そうだつせん、ですか」

喜八郎がまだぼんやりした雰囲気で文字を読み上げる。
顔を上げればにっこり笑った立花先輩が「その通り」と言いながら頷いた。

「…なんでそんなに活き活きしてるんですか…」
「新作を試す良い機会だからな」
「ええええ!?道具有りなんですか!?わ、私、嫌ですよそんな危険極まりない争奪戦に参加するの!!」

バン、と机に手をついて抗議したのに、立花先輩は私を華麗に無視して木札に筆を走らせていた。

「これはお前のだ」

――“作法 苗字
立花先輩の字で書かれたものを反射的に受け取る。ひっくりかえすと数字の3が目に入り、直感的にこれが点数だと気づいてしまった。

「あれ。立花先輩、僕のは5って書いてありますが」
「私のは7だ」
「……どういうことですか」

聞きたくないけど、聞いておかないと面倒くさいことになりそうだ。
嫌々口にした私にフッと笑って、先輩は“点取り合戦~上級生の乱~”(学園長先生命名らしい)について説明を始めた。

『一、各委員会ごとに割り当てられた点数(15点)を三枚の木札に振り分けること。配分については各委員会の自由とする』

「極端な話、15点が一枚と0点が二枚でも構わないということだな。尚、これについて他委員会に公開するかどうかも自由だ」
「嘘をついてもいいんですか」
「もちろん問題ない」

喜八郎は誰かに嘘情報を漏らす予定でもあるんだろうか。
なるほど、と相槌をうちながら頷くのを横目に、再度自分の札を見下ろす。

「……先輩、なんで私にも点数振るんですか」
「そうでないとお前はやる気を出さないだろう。札取りに追われた際に即“自分は囮だ”と放棄しそうだからな。僅かにでも責任感を与えておかなければ」

ぐっ、と声を詰まらせてしまい、立花先輩に笑われる。
でもこのくらいなら取られても…と思い浮かべた私に、先輩は「聞くからな」と謎の言葉を発した。

「誰の手に渡ったかはわかるようになっているから、もし取られていたらお前の札を持っているやつに聞く」
名前先輩は抵抗しなさそうですもんね」
「わかりましたよ!取られないようにすればいいんでしょう!ただし、私は取りに行ったりしませんからね!!」

やけくそ気味に言うと先輩は満足そうに頷く。
絶対絶対動いたりしない、終了まで物陰に隠れて息を潜めてやりすごしてやる。
声には出さずに決意しながらも、立花先輩の説明はまだ続く。

『一、同じ委員会から二枚以上奪うことは禁止とする』

多分上級生の人数に偏りがあるからだろうと思いながら耳を傾ける。
竹谷なんかは一人で三枚持ってないといけないんだろうし、大変そうだ。

他にも自分の名前が書いてある札を一枚以上持ってないと他人のは奪えないだとか、自分の名前が入った札(一枚以上)と奪った札は見える位置にもってないといけないとか、自分の札さえあれば他委員会のものもまとめて自分のものにしていいとか色々…色々……

「めんどくさい…」
「聞こえているぞ名前
「喜八郎だって半分寝てるじゃないですか!」
「やだなあ、ねてませんよ」
「…取られたら取り返せ、ということだ」

それはわかりやすいけど…
あまりのあっけなさに思わず無言になった私に、先輩は小さく溜息をついて私の木札を取り上げた。

「私と名前が別委員会だった場合、」

言いながら、“立花”と記名された札を私の前に置く。

「私はこの“立花”の札を一枚以上持っていなければ、この名前の札を取ることはできない」
「……ってことは、全部取られたら終わりじゃないですか」
「だから取り返せばいいと言っているんだ」

取られて諦めるかどうかはその人次第ってことか。なるほど。

「…名前、お前諦めたりしたら仕置きをするからな」
「脅しじゃないですか!!」
「取られなければいいだろう?」

綺麗な笑顔で言い切る立花先輩に、私は反論の言葉を飲み込んでしまった。
予算がかかってるからか、垣間見える気合が恐ろしい。

先輩を睨みながら唸る私に、下級生三人は笑って「苗字先輩の分が補えるように僕たちも頑張ります」と言ってくれた。

+++

委員会解散後、恒例の夕食をとりながら対抗戦について口にすると、憂鬱そうな竹谷とどこか嬉しそうな勘右衛門の真逆な反応が見られた。

「だっておれたちも今回は参加できるんだよ、審判じゃなくてさ!」
「つーか…ありえねーだろ…人数配分的にさ……」
「でも今回は委員会同士で協力できるじゃない」
「え!?」

盛大な溜息をつく竹谷を慰めるように、不破くんが言った言葉に食事の手を止めてしまった。

(協力、できるってどういうこと?)

「立花先輩から聞いてないのか?」

首を傾げる久々知くんにぎこちなく頷くと、三郎が「端から協力する気がないんだろうよ」と皮肉気に笑った。

「まあ最終的には結局委員会ごとの集計になるし、八みたいに上級生一人の委員会に対する救済処置じゃないかな」
「……協力してくれんのか?」
「えー、やだ」
「むしろお前から取る」
「ほらみろ!!」

にこやかな不破くんの横で既に険悪な雰囲気が漂ってるんですけど。
…協力は利害が一致しないと難しいんだろうなぁ。

しみじみ思いながら食事を再開させると、久々知くんがわずかに身体を傾けてきた。

名前、怪我しないように気をつけろよ?」
「うん、ありがとう。大丈夫、私かくれんぼ得意だから!」
「お前は何点なんだ?」
「さん…………ん、ん゛ん」

久々知くんに笑い返してぐっと拳を握った瞬間、さらりと挟まれた竹谷の問いに口を滑らせた。
目をパチパチさせている久々知くんは呆気に取られる、って言葉がぴったりだと思う。

「へー、3点な」
「ちがうから!私点数持ってないから!」

はいはい、と私をあしらう竹谷を睨みつつ、静かになってしまった久々知くんを伺う。
私の視線に気づいたのか、ハッとして小さく笑ってくれたけど、これはさすがに呆れられちゃったかなぁとぼんやり思った。

何事もなかったように雑談して(話題は明日の対抗戦だったけど)食事を終えると、久々知くんと二人で長屋までの道のりをのんびり歩く。

「明日、名前はどこからスタートになるんだ?」

ふいに口を開いた久々知くんは、僅かに視線を逸らしながら「聞いたら駄目かもしれないけど」と呟くように付け足す。

誤魔化したとはいえ、点数がバレた今スタート地点(個別に違うらしい)まで教えたら、私のひっそりやりすごそう計画は完全に潰える気がする。

だけど――

「頼む」

そんな風に、まっすぐ見返してくるなんて、卑怯だ。
逸らしたら負けた気分になりそうで必死に見上げたけど、段々頬に熱が集まってるのがわかる。
すぐにでも伏せたいのを堪えて口を開いたものの、声がうまくでなかった。

「みっ、見逃して、くれるなら、いいよ」

私の言葉を反芻したらしい久々知くんが無言で頷く。
それを確認して立花先輩から聞いた場所を告げると、久々知くんは「わかった」と呟いて嬉しそうに笑った。

「俺のところからはちょっと遠いみたいだ」
「そうなの?」

頷いて、お返しとばかりに自分のスタート地点を教えてくれる久々知くん。
これで協力関係なら喜んで会いに行くのに、残念ながら今回はライバルだ。行ったところで役に立てない可能性のほうが高いけど。

「……名前、犬笛忘れるなよ」

それなら大丈夫、と笛の所在を確かめながら頷いたところで、理由を聞くのを忘れていたことに気づいた。

「久々知くん、さっき――っ!?」
「……おやすみ」

ふわっと笑顔を残して背中を向ける久々知くんを呆然と見送る。
口付けられた頬に手をやれば、熱を持っている。じわじわと実感してきて、文句を言いたい衝動に駆られた。

――不意打ち禁止!!

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