カラクリピエロ

前略、くじけそうです+



※久々知視点





勘右衛門の提案でお茶を汲みに部屋を出た俺は、道中くのたまに囲まれているタカ丸さんを見かけた。
くの一教室の敷地ならいざ知らず、忍たま長屋の方ではいささか珍しい光景だ。
まずくのたまがこんなに大勢こっちに来ていること自体珍しい気がする。

「へ、兵助くん!ちょっと、待って、ちょっとだけ!」

考えつつ横を通り抜けていたら焦りを含んだ声で呼ばれた。
斉藤くんだのタカ丸くんだの、特有の高い声に混じったそれに思わず足を止める。

タカ丸さんに目をやると困りきった表情をしていて、俺に助けを求めているのがわかった。
だが、あわせて集中したくのたまからの視線に気圧されて、さっさと通り抜けたい気持ちの方が大きい。

知れず後ずさりをしてしまった俺に、なおもタカ丸さんが「兵助くん!」と呼びかけるから。仕方なくとどまった。
その必死な姿が一瞬だけ、名前と重なって見えたせいだ。似ても似つかないのに、どうかしてる。

「なんですか」
「兵助くんからも言ってあげて!ぼくじゃ役に立てないって!」
「いつもの髪結いじゃないんですか?」
「それがさぁ、テキストなんだよ。――129ページ?だっけ?」

近くにいたくのたまに尋ねながら首を傾げるタカ丸さんの告げる内容は、ついさっきまで目にしていたものだ。
ということは、ここにいるくのたまたちはタカ丸さんに勉強を教わりに集っているというわけか。

「頑張ってください」
「頑張れないから呼び止めたのに!そりゃぼくだって手伝えるなら手伝いたいよ!?」

巻き込まれたくないのに、くのたまを掻き分ける勢いで寄ってきて愚痴るタカ丸さんに溜息が漏れる。

「正直に言えばいいでしょう。まだ一年生の範囲しかわからないって」
「言ったのに“どれか一問でもいいから”って…兵助くん代わってくれない?」
「俺は忙しいんです、他をあたってください」
「冷たいっ」

いつのまにか俺までくのたまに囲まれている状態だ。
うんざりしているのが思い切り声に出てしまった気がするけど、おかげでくのたまが数人どいてくれたから結果的には良かったのかもしれない。

囲いを抜けてホッと息をつく俺に、今度はまた別のくのたまが寄ってくる。
俺はただ食堂まで行ってお茶をもらって部屋に戻りたいだけなんだが。

「久々知くん、忙しいって本当?少し時間とれないかな」
「…………離してくれ」

いきなり くのたまに腕をとられて驚く。誰だか知らないけど、馴れ馴れしすぎないか。
溜息混じりに距離を置いて食堂へ足を向ける。
無視した形になったくのたまから小さく舌打ちが聞こえて、何もしていないのにやけに疲れてしまった。

名前が課題だと持ってきたあれは、忍たまを巻き込む前提の物なのか。

――お願いします!

ふと部屋の戸口で両手を合わせた名前を思い出す。
どうしても自分じゃ無理だからと頼み込む様子が必死すぎて、ちょっと笑ってしまったくらいだ。

俺たちだってわからないところを教え合うのはよくあることで、それと同じ感覚で了承したけど…もし、あの場で断ってたらどうなったんだろう。

今のくのたまみたいに、別の誰かに頼みに行ったかもしれない。
タカ丸さんの周りにいる一人に……は、たぶんならないだろうけど(名前はタカ丸さんの事情を知っているようだし)、綾部のところとか、立花先輩をはじめとした六年生だっている。
名前は自分が思っているよりもずっと、忍たまとの交友範囲は広い。
それがなんとなく……

「『顔怖いぞ、久々知くん』」
「………………なんのつもりだ」

お茶の用意をする俺の目の前に、にっこり笑った名前――の姿をした三郎が、カウンターに肘をつき、身を乗り出すようにして指を振った。

「『ほらぁ、眉間に皺』」
名前はそんな口調じゃないし、そんな仕草もしないだろ。やるなら完璧主義じゃなかったのか」

身をかがめているせいか、体型があまり気にならない上に見た目も声も似ているのがまた腹立つ。

くく、と笑った三郎は身体を反転させてカウンターに寄りかかり、目を細めて俺を見た。
見た目が名前じゃなかったら遠慮なく殴れるのに。

「案外よく見てるんだな兵助」
「それは…そうなる、だろ……?」

それなりに一緒にいる時間は長いし、自然と覚えてしまうものだろう。
別におかしいことじゃないと思うが、三郎が笑うのを見たら何故か言葉に詰まってしまった。

「…それより、なんで名前に変装してるんだ」
「逃げてるのさ、くのたまから。木を隠すなら森…って言うだろう?」

だからって別に名前じゃなくてもいいだろ。
三郎だとわかってるのに、普段の名前じゃない彼女を見るのは落ち着かない。

「あいつら、そろそろ最終手段に出そうな気配だ。兵助も気をつけろよ」
「最終手段って…」
「もちろん協力して忍たま捕獲、場合によっては脅しも有りだろうな」

腕を組んで淡々と言う名前姿の三郎。ものすごく違和感がある。
文句を言いたいが、こうしてわざわざ知らせにきてくれて助かったとも思う。

「どうせ名前からは何も聞いてないんだろ」
「ああ。ただ勉強教えてくれって」
「『久々知くんに教えて欲しい』とか言われたのか」
「…それやめろ」

名前の声に一瞬ドキッとした。
三郎なのに。ムカつく。

「大体そんなこと言われてないし、勘右衛門も一緒だ」
「勘右衛門もいるのか?」
「別に変じゃないだろ、一緒に勉強するくらい」
「ふーん…『勘右衛門、二人きりだね』って、おい、顔が怖いぞ兵助。冗談だ」
名前の変装してたことに感謝しろ」

じゃなかったら茶葉の缶を投げつけてたところだ。無性にイライラしながら盆を手に食堂を後にする。
苛立ちながらも三郎の助言を思い出して、障害物の無さそうな屋根の上を移動した。

部屋の前、両手が塞がっていたから勘右衛門に声をかけようとした時に飛び込んできた名前の声。

「これ、見てここ!」

嬉しそうに弾んでいるのがわかって、落ち着きかけていた苛立ちがまた頭をもたげた。
呆れ混じりに応じる勘右衛門の声も聞こえて、出かかっていた言葉が出てこない。
盗み聞きをしている状況に後ろめたくなりながら、交わされるやりとりに耳を傾けてしまう。

「わかんないかなぁ…久々知くんが“私のために”書いたってところが重要なの」
「おれさ、前にも似たようなこと聞いた気がするんだけど。既視感てやつ?」

どく、と心臓が鳴る。
名前が勘右衛門に見せてたのはさっきの…くのたまの課題で、喜んでるのは説明ついでのメモ書き…って、こと、なんだろうか……

「手紙とか、ちょっともらってみたいなぁ。ね、学園長先生の思いつきでどうにかならないかな」
名前っておれの話全然聞いてないよね」

――いつのまにか、苛立ちはすっかり消えている。
だけど尚も続くやりとりが今度は照れくさくて入れない。
かと思えばあっさり“可愛い”と口にする勘右衛門に複雑な…どこかモヤっとしたものを感じたりと、心中がやけに忙しかった。

「――お帰り兵助」

考えに耽る俺の目の前で戸が開く。
勘右衛門はにっこりと人好きのする笑顔で、誤魔化したい部分を容赦なく抉ってきた。

「お茶冷めちゃったんじゃない?」

言われた通り盆に乗っているお茶は飲みやすいを通り越している。
言い訳を考えるために黙りこくった俺に、勘右衛門は小さく笑って、僅かに身体をずらした。

「久々知くん、お帰り!」

笑顔での出迎えにパッと周りの空気が明るくなった気がした。
嬉しい、と表情で言われているようで、詰まらせたままだった“ただいま”が口からぎこちなくこぼれた。





「三郎…その格好で怒られなかったのか?」
「怒られたうえに駄目出しされた」
「また変なことしたんでしょ」
「またってなんだ!あえて甘えた系に挑戦してみただけだ」
「ちょっとやってみ」
「『もぉ~、しょうがないなぁ。惚れちゃ駄目だぞ!』」
「おおう、思ってたよりすげーダメージ来た…」
「きもちわるい」
「待て、そのストレートっぷりに私がぐっさり刺されたんだが。見た目は名前なんだぞ!?もうちょっと歯に衣を着せてくれ」
「つーか名前とその…甘えた系?って合わねーだろ…」
「その有り得なさがおもしろいんじゃないか」
「それじゃ怒られても仕方ないね」

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