カラクリピエロ

前略、くじけそうです。


※尾浜視点





なんでこの二人付き合ってないんだろう。

おれは目の前で教材を広げる名前と、彼女に一つずつ丁寧に解説している兵助を眺めながら漠然とそう思う。
この距離さ、どうなの?めちゃくちゃ近いけど。
肩はくっついてるしヘタしたら頭もぶつかりそう。
なのに二人はお互いじゃなくて教材の文字を追ってて、意識するなんて思考自体がないみたいだ。

名前の隣で問題の箇所を覗き込む兵助は真剣で、教わってる側の名前もまた真剣。っていうか眉間に皺寄せすぎ。

「――だから、この場合はさ」
「…………こう、かな?」
「うん、そう。正解」

兵助は表情を緩めてホッと息を吐く名前をチラ見して、自分も嬉しそうに笑った。
きっと兵助の中では後輩に対するときみたいに“よくできました”感覚なんだろうと思う。
……でも、気軽に頭をなでたり肩を叩いたりしない。
前はともかく、最近名前をちゃんと女の子として見てるなーっておれは思ってるんだけど……

「……どうせ兵助は気づいてないんだろうな」
「何を?」
「こっちの話」

顔を上げた兵助に笑って返すと、名前が懸命に筆を動かしているのが視界の端に映る。
教わった内容を忘れないうちにってところ?

課題を手に部屋に突撃してきたときは(出迎えたのはおれだ)、

――利用できるものはなんでも利用するのか、さすが!

なんて感心してみたけど。実際は本気で課題に困っていたらしく、兵助と交流云々どころじゃなさそうだ。
それどころか気を利かせて部屋を出ようとしたおれを引き止め、「勘右衛門も協力して!」と課題を手伝わされてる有様。

「兵助、お茶淹れてきて」
「…仕方ないな…名前、終わりそうか?」

適当に茶菓子がつっこまれた箱を見せながら言うと、休憩の意を汲み取った兵助が膝を立てる。
黙々と課題に取り組んでいる名前に声をかける気配りを見せ(おれたちには滅多にそういうこと言わないくせに)、笑顔を交し合ってから部屋を出て行った。

「…………でき、たー!」
「お疲れ名前。休憩したらこっちやろうね」
「…………」

パアッと浮上して両手を挙げる名前に対して言うと、すぐに勢いを萎ませて机に伏せ、溜息を吐き出した。こういうところが見てて面白くて好きだ。

「ねえ名前、これ忍たま四年の内容っぽいんだけど」
「そうらしいね」
「どういうこと?」
「“忍たまに教わって仕上げる”課題だから、それでいいみたい」

ふーん、と相槌を打ちながらもう一度課題内容をパラ見する。
いかに相手(忍たま)の機嫌を損ねず物事を進めるか、“教わる”ってところがキモかなとぼんやり思った。

名前を見れば出来上がった課題を見てにこにこ嬉しそうだ。
ふふふ、と押さえきれない笑い声まで漏れてて、ついつられて笑ってしまった。

名前、ニヤニヤしすぎ」
「だって!これ、見てここ!」

指し示された先を見れば、紙面を埋めているのとは別の筆跡が走り書きのように斜めに躍っている。

「…………これが何」
「もう!久々知くんの字!解説!」
「うん、ちょっと落ち着こうか……あのさ、名前、気にするところ違くない?」

普通は肩が触れたとか指先が触れたとか、さっきまでそういう体制だったのに、そっちはスルーか。

「これ採点終わったら返してもらえると思う?」
「…………兵助の字でそんなに喜べるとか、お手軽だなぁ名前は」
「久々知くんて字綺麗だよね」
「はいはい、そうだね」

何を言っても無駄だなと思いながら適当に返事をする。
飽きもせずに兵助の字を眺める名前を横目に、これ男がやってたら気持ち悪いよなとどうでもいいことを考えた。

名前は女の子でよかったね」
「? そう?」
「うん。なにしても“可愛い”で済まされるからさ」

理解しきれてない名前を放置して、戸口に寄る。
そのまま戸を引けば、ふわりと緑茶のいい匂いをさせて、憮然とした表情の兵助が立っていた。

「戻ってきてたなら声かけてくれないと」
「今、かけようと思ってたんだ」
「お茶冷めちゃったんじゃない?」
「…………」

おれの指摘に視線を泳がせる兵助に思わず笑う。
それで名前も兵助が戻ってきたことに気づいたのか、席を立って近づいてきた。

「久々知くん、お帰り!」
「た、ただいま…」

飼い主の帰りを待ちわびた仔犬だなぁ。
しっぽがあったら全力で振られているんじゃないかと思わずにいられない。
同時に、おれは僅かに顔を赤くした兵助が文机の方に視線を投げるのを見た。

「ぷっ、」
「なんだよ」
「あれ、久々知くん熱い?顔赤いみたい」
「い、いや、これは、」
「今日はあったかいし、急いで行って戻ってきたらそうなるよ」
「…そういうこと」

ムッとした顔でおれを見ていたかと思えば、名前の問いかけで言葉に詰まる兵助に助け舟を出してやると、不本意そうに頷く。
おれって優しいなぁほんと。

これであっさり誤魔化されてくれる名前も大概だけどさ。
ここで“なんで急いだの?”って聞けばおもしろいことになりそうなのに。

あくまで見守る姿勢を貫こうとしてるおれだけど、時々無性に首をつっこみたくなる。
無意識に名前を気にかけてる兵助や、些細なことで喜ぶ名前を見ていると余計に。

「……焦れったいんだよ」

このヤキモキ感を楽しめる程になればいいのかもしれないけど、しばらくは無理そうだ。

「何か言ったか?」
「勘右衛門、これ食べていい?」

ちゃっかりさっきと同じ位置――隣同士に収まって暢気に言葉を投げてくる二人に、なぜかおれが溜息をついてしまった。

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