カラクリピエロ

生物委員会(35)



三郎から押し付けられた元・のっぺら人形の腕を無意味に上下させながら、どう扱ったものかと溜め息をつく。
いまや無視しづらい絵が――久々知くんの顔が描かれているせいで、その辺に転がして放置もしにくい。

ううん、と唸りながら周囲を見回す。
仕掛け罠用の材料と、工具と、さっき自分で真っ二つにした部品が乱雑に散らばっている。いつの間にこんなに散らかしたんだろう。
とりあえず、と工具箱に寄りかからせるように人形を置いて、壊れた部品を脇に避けた。

(三治郎に何をするか聞いておけばよかった…)

手持ち無沙汰に罠の設計図を広げて眺める。
三郎は二人を連れて測量に行ってしまったけど、一人でいると思考が同じところへ戻ってしまうから早めに戻って来て欲しい。

『――もちろん“名前をください”って――』

「ああああ、もーーー!!」

意味のないことだとわかっていても設計図を放り投げて耳を覆う。
気づけば再生されている言葉の数々は、もちろん久々知くんの表情と音声付きだ。自分の記憶力を褒め称えたい反面、どれだけ嬉しかったのかと呆れたくなる。

(………………でも、やっぱり、うれしいよ)

油断すると涙まで出そうになるくらい。
――だからって、今は委員会の活動中で期間限定とはいえ曲がりなりにも生物委員なんだから、与えられた仕事くらいはこなしたい。
勢いよく頭を振って、転がっている設計図をたたむ。
ちょっと手つきが乱暴になったせいで端っこが切れてしまったけど……図面には影響がないだろうから大丈夫だと思いたい。
それから散らばった工具を工具箱へ。仕舞うというよりは放り込んでいるだけだから、箱からはみ出てすぐにでも落ちそうだ。

「――おい名前…」
「あ、お帰り三人とも」
「「ただいま戻りましたー」」

苦い顔をしている三郎とは逆に、一年は組の二人がにこにこしながら寄ってくる。
新しい毒虫を見つけたとか、孫兵が捕まえて飼育したいと竹谷に頼んでたとか、危うく毒素の強い草に触りそうになったとか……正直、最後の以外は聞きたくなかったけど、三治郎と虎若の笑顔に負けて遮ることもできず話半分に聞き流す。
二人の話に相槌を打っている間、三郎は聞えよがしな溜め息をついて一人で工具箱の傍に座り込んでいた。後から見れば、工具をちゃんと仕舞い直してくれていたらしい。

「…お前はもうこれに触るな」
「それじゃあ手伝えないでしょう。私、菜園の方行くの嫌だからね」
「組み立ては私と三治郎でやる。名前は虎若と材料調達だ。虎若、ちょっといいか」
「あ、はい――――はい、わかりました」

壊した分もちゃんと揃えろ、部品は必要数ごとに並べろと私に細々とした命令をし、三郎本人は腰を据えて仕掛け罠の作成に取り掛かっていた。
勘右衛門のときも思ったけど、頭数に入れられて文句を言うわりにしっかり委員の一人として働いてるんだから、なんだかんだで世話焼きだ。学級委員長の性質なんだろうかと思いながら、呼ばれるまま虎若の方へ寄った。

「それじゃあ苗字先輩、お願いします」

やる気満々と言った様子で腕まくりをしている虎若がのこぎりを構える。
もちろん材料の切り出しだというのはわかるけど、「ずれないように押さえててくださいね」って、役割が逆じゃないかな。

「…………虎若、交替しない?」
「駄目ですよ。苗字先輩は不器用だからって鉢屋先輩が言ってましたから」
「そんなことないのに」
「……でも、さっき壊してましたよね?」

あれはちょっとした事故で普段はそんなことないんです。
と、堂々と反論できないのがつらい。情けないことに、絶対大丈夫と言えない状態だとわかっていることも。
純粋な目で問いかけられて言葉に詰まっていたら、僕なら大丈夫ですから、と笑顔で気を遣われてしまった。

「虎若は力持ちなんだっけ。鍛えてるの?」
「はい。僕の家は父ちゃ…父が鉄砲隊をまとめてるんですけど――苗字先輩は照星さんのことご存じですか!?」

急に興奮状態になった虎若に驚く間もなく、彼は目をきらきらさせながら“照星さん”について熱く語ってくれる。
うんうん、と適当に返事をしながらのこぎりを引かせ、木材を入れ替えつつ必要な数を揃えた。

「それで、照星さんが僕に――――それからこの前も、」

虎若が力を鍛えている理由は“照星さん”にもあるんだというのはすごく伝わってきたけど…これ、いつまで続くんだろう。
なんだか妙に既視感があるなぁと思っていたら、孫兵だ。延々とジュンコの話をする孫兵の状態とすごく似てる。

部品を選り分けているだけなのに“照星さん”の情報が蓄積されていく。
今は虎若の実家である佐竹鉄砲隊に所属してくれてて、銃の腕前がピカイチでかっこよくてクールで優しくて、虎若のことを『若太夫』と呼んで可愛がっている――かっこいい、という虎若の台詞を何度聞いただろう。
相変わらず適度に相槌を打ちながら、彼が“照星さん”のことを慕っているのは嫌というほど理解できた。

「も~、虎若ぁ…」

呆れたっぷりに彼を呼ぶ三治郎の声がして視線をやれば、表情でも態度でも“呆れた”と言っていてつい笑ってしまった。

「照星さん語りはその辺にしときなよ。苗字先輩困ってるだろ」
「えー」
「えー、じゃない。ほら、こっち手伝って」

三治郎は虎若の手に木槌を握らせると、有無を言わさず仮組みされた仕掛けを示す。
作業を続けていた三郎は、ぼそりと「よくもまぁ飽きずに聞いていられたな」なんて、これまた呆れたように言っていた。

「まあ…途中から割と聞き流してたし。滝夜叉丸とどっちが長くしゃべってられるかなぁ、とか。“照星さん”ってそんなにかっこいい?」
「わからん」
「三郎は会ったことないの?」
「…あるにはあるが、そういう目線では見ないからな」

膝を抱えて座り、手際よく仕掛けを組み立てていく三郎の手元を見ながら雑談に興じる。
一応、指示された部分については終わっているからか、小言や文句が飛んでくることもなく――雑談にも応じてくれる三郎を珍しいなと思いながら、工具箱に寄りかかったままだった綿入り人形を引き寄せた。

「――それ気に入ったのか?」
「三郎が久々知くんの顔描くからだよ」
「なら持って帰れ」
「え、もらっていいの!?」
「…好きにしろ。間違っても変な事には使うなよ」
「うん、ありがとう!」
「そういえば名前、お前私の手ぬぐいはどうした」

思いがけず手に入れた人形を持ち上げて、改めて描かれた顔を見る。……うん、久々知くんだ。
ちょうど腕に抱き込める大きさといい、柔らかさといい、妙に癖になりそうだなぁと思いながら人形を抱える。あとで久々知くんにも見せてみようと反応を想像していたら「おい」と低い声に遮られた。

「なに?」
「ニヤニヤしてないで私の手ぬぐいはどうしたんだ、お前にあずけただろう」
「ああ、それなら洗濯してるから明日返すよ…………ありがとね」
「は?」

ぎゅうぎゅう白い人形を抱きつぶしながら、ちらりと三郎を見る。
眉根を寄せて“なに言ってんだこいつ”って顔をするのには軽くイラッとしたものの、深呼吸して気持ちを入れ替えた。

「あのとき“必ず返せ”って言ったの、わざとでしょう」
「………………さあな」

しれっとした顔で黙々と罠を組み立てていく三郎は、わかりにくいけど否定はしてない。
なんにせよ久々知くんに会うための口実になったのは間違いなくて(実際には勇気が足りなくて会いに行けなかったけど)、感謝してるのには変わりないから、もう一度お礼を口にした。
人形に吸いこまれてほとんど音になってなかったのに、三郎は「もういい、礼はいらん」とぶっきらぼうに言ったから、ちゃんと聞いてくれてたらしい。

「…三郎っておもしろいよね」
「喧嘩なら喜んで買うぞ」
「褒めてるのに!」
「お前勘右衛門に変な影響受けてるんじゃないだろうな」
「なんで勘右衛門?」
「兵助も割と酷いが、勘右衛門はそれ以上だからな――よーし、できた。…………名前、私は八左ヱ門を呼んでくるからここを動くなよ」

三郎は三治郎と虎若の方を見て、結局声をかけないまま私に待機命令を出すとさっさと姿を消してしまった。
その素早さに一言物申す暇もない。
ひと息ついて一年生の方を見れば、彼らは担当分を懸命に組み立てている最中だった。

「……やったぁ完成ー!虎若は?」
「あとここを…こう……、できた!」
「せんぱーい、こっち終わりましたー!」
「はーい。お疲れさまー」

彼らの満面の笑みと、間延びした声につられて返事をすれば、完成品の仕掛け罠が周りに積まれる。
きょろっと周囲を見回した三治郎が首を傾げて三郎の行方を気にするから、竹谷を呼びに行ったところだと伝えた。

「言ってくれれば僕が行ったのに」
「三治郎の足なら速いもんね」

でも鉢屋先輩も速そう、と言い合っている二人の会話を聞きながら、ふと先ほどのやり取りを思い返す。
三郎が自分で動いたのは二人が真剣に罠を組み立てていたからだろうなぁというのはわかったけど……もしかして、私も同じように気遣われていたんだろうか。それとも単に時間を無駄に食うだけの口論を避けただけ?

「……わかりにくいなぁもう」

綿入り人形の両手をぴこぴこ動かしていると、気づいた一年生がきょとんとした顔で寄ってくる。
私が抱えている人形をじっと見て「これってさ」「うん」と頷きあってから私の方を見た。

苗字先輩、これって久々知先輩ですよね」
「そうだよ。やっぱりわかる?」
「はい…それで、あの、先輩は、久々知先輩が嫌いなんですか?」
「なっ、え、なんで!?大好きだよ!?」
「「え」」

三治郎の問いかけに勢い込んで返せば目を丸くされて、逆に私の方が驚かされる。
そして、またもや“好き”のだだ漏れ状態に若干遠い目になりながら、背後から「ぶほっ」という吹きだし笑いを聞いた。

「…………竹谷はほんっとタイミングよく姿を見せるよね」
「まぁ待て待て落ちつけ。だいじょーぶだって、大々的な告白なんて名前にとっちゃ慣れたもんだろ?」
「八左ヱ門…お前のそれはわざとなのか?」
「あ?」

竹谷の言葉で走馬灯のように思い出したくない諸々が脳裏を流れ、羞恥心に耐えられなくなる。
蹲ってなるべく身体を小さくして、膝に顔を埋めれば受け止めたのは骨の固い感触じゃなく、綿の柔らかさだった。
それに少しほっとしながら、無性に久々知くんに会いたくなってしまった。優しく笑って頭を撫でて、名前を呼んで癒してほしい。

「お、おい、泣くなよ!?」
「いつかはやるだろうと思っていたが、八左ヱ門は兵助と作法の連中に締め上げられるな」
「ぐ…、いや、そんなつもりは全然……ああもう悪かったよ!なあ名前、頼むから泣きやめって」

別に泣いてないのに(泣きそうだったけど)、竹谷は私の傍にしゃがんだらしかった。
焦ったような声音にかぶさって一年生まで心配そうに私を呼ぶものだから、のろのろと顔を上げる。

「…竹谷」
「な、なんだ?」
「鬼ごっこ、いってきて」
「は?」

ぽかんとしている竹谷にサッと傷薬を塗りつける。効果が高いわりに臭いが強いものだ。
同時に懐から取り出した犬笛は私の愛犬専用ではなく、学園の忍犬用。特に意識して選んだわけじゃなかったけど、これはきっと竹谷の運が悪い。

「ちょっと、待て、名前!」
「竹谷に遊んでもらえたら、きっとみんな喜ぶと思うよ」
「無表情やめろ……って、うわ」

“集合”の合図に集まった忍犬に竹谷が顔を引きつらせ、さっと立ち上がる。
じりじりと間合いを測る両者(?)の間に、不釣合いな笑い声が聞こえた。

「三郎!笑ってないで止めろよ!」
「頑張ってこい」
「薄情もん!!」

叫ぶなり姿を消した竹谷に驚きつつも、目標捕捉の指示をだす。
ワンワン騒がしく鳴きながら竹谷を追って行った忍犬がいなくなり、すっきりしたところで三治郎と虎若に先ほどの質問の理由――どうして私が久々知くんを嫌っていたと勘違いされていたのか――を聞いた。

「…苗字先輩が久々知先輩の人形を思いっきりねじっていたので」
「ちぎれそうな勢いでしたから」
「………………」
「く…、ふっ、ははっ、これは名前が悪いな!」

大笑いする三郎にも原因があると思うのに(その時は久々知くんの顔はまだなかったはず)、うまく言葉にならない。
脱力しながら誤解を解いて――なかば自棄だったのは否定しない――途中で息切れしながら戻ってきた竹谷からの文句を聞き流した。

「――ったく。ほら、これお前に…昨日渡し忘れてた」
「え?あ、毒草!やった、ありがとう」
「おい八左ヱ門、くのたまに毒を与えるなんて本気か?」
「これは竹谷じゃなくて木下先生から貰ったものだから、三郎に文句つけられる筋合いはありません」
「正確には生物委員会な。まぁそういうこった…………やっぱ名前に忍犬任せたの早まったよなぁ」

はーあ、と大きな溜め息を吐き出して、竹谷が頭を掻く。
苦々しくこっちを見てくるのを無視して貰った毒草を確認していると、孫次郎が除草作業の完了報告に顔を出した。

そういえば、菜園のことをすっかり忘れていた。

竹谷もうっかりしていたのか、両手を合わせて「すまん!」と勢いよく謝っている。気圧されてびくびくしている孫次郎をちょっと可哀想に思いながら、毒草を懐にしまい込んだ。

「虎若、三治郎、それ持って菜園まで移動だ。悪いけど孫次郎も手伝ってくれるか?」

はい、と一年生の返事が重なる。次いで竹谷は物言いたげに私の方を見て、三郎、と違う名を呼んだ。

「あのなぁ八、学級委員長は便利屋じゃないんだぞ」
「似たようなもんだろ。さっさと終わらせて解散したいんだから手伝ってくれよ。名前はその辺で適当に……わかってると思うけど、報告あるんだから帰るなよ」
「変に動き回るのも禁止だからな」

続けざまに注意されて眉間に皺が寄る。
だけど菜園での罠設置を免除してくれたことも、自分の代わりに三郎が駆り出されているのもわかるから、文句は言えなかった。

仕掛けと一緒に工具箱まで持っていかれて、残されたのは私と久々知くんの顔が描かれた人形だけ。
色々と(特に生物委員会で)失態を犯しているだけに、人形相手に会話なんてこともできず――せっかくだから、愛犬を呼んでの個別訓練で時間をつぶすことにした。

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