カラクリピエロ

生物委員会(34)



手にした木槌を振るい、少し乱暴な音を出す。
ひたすらに、無心に。なにも考えなくて済むように。私は三治郎から指示されたとおりの動きを淡々と繰り返していた。

『――――名前

ガンッ。バキ。えええええ!?苗字先輩だいじょうぶですか!?

立て続けに聞こえてきた音と声と真っ二つになってしまったからくりの部品。
続けざまに「この馬鹿!」と罵られながら木槌をひったくられ、すがるものがなくなってしまった手のひらを握りしめた私はそのまま身体を丸めるように膝を抱えた。

『…名前

脳内で再生されたばかりの声がもう一度響く。掠れ気味で、甘さを含んだ音。
今度はこちらを見つめる微笑みまでばっちり一緒だったせいで、一気に顔が熱くなった。
今こそ木槌を思い切り振り降ろしたいのに、ついさっき取り上げられたばかりで叶わない。衝動をやりすごすために勢いよく立ちあがった途端、ベシ(というかモフッ?)と柔らかいもので頭を叩かれて再びうずくまる羽目に――

「なにすんの三郎!」
「奇天烈な動きをしてるお前が悪い」

振り返れば見えたのは三郎じゃなくて、一面の白。それを認識する間もなくなにかを押し付けられ、むぐ、と間抜けな声が漏れた。

「持ってろ」

言われるまま反射的に腕に抱えてみれば、綿がたくさん詰められた人形だった。
しんべヱより少し小さいくらいかなと思いながら、やんわり腕に力を込めてみる。それが意外にも心地良く、暴れたい衝動をやりすごすのも兼ねてぎゅうと抱きしめた。
のっぺらぼうの白い人型――ともすれば呪術にでも使えそうなものを無言で抱きしめる姿は傍からみたらさぞや不気味だろう。
でもその時の私は周りに気を遣う余裕なんかなくて、柔らかい人形に頭を埋めながら一人悶えていた。
気を抜くとすぐにでも久々知くんと過ごした時間が再生されてしまう。手をつないだこと、抱きしめられたこと、言葉に声、心臓の音、体温、柔らかいくちびる――

「~~~~~~!!!!」

ふわふわ甘く漂う思考を切り替えたいのに、思えば思うほど記憶が鮮明になるようで、恥ずかしさに比例して人形がギリギリとひきつれていく。案外頑丈な人形は捻じれて可哀想なことになっていた。

「…………鉢屋先輩、あの人形なんですか?」
「お前たちの身代わりだな」
「え」
「さっきの名前に近づいてたらきっとああなっていたぞ」
「「………………」」

唸りそうになるのをこらえ、意味もなく人形の手に当たる部分を上下させているとすぐ隣に人影が立つ。
視線を上げれば、いかにも面倒くさそうに溜息を吐きだした三郎が「怪我は」と言いながらしゃがんだ。

「けが?」
「変なところ打ちつけてないだろうな」
「…うん、平気。ほら」

私から没収した木槌を揺らしながら確認されて、頷きつつ片手を振ってみせる。
じろじろ視線が動くのを見ながら、珍しいこともあるとこっちからも観察しているとチラリと目が合った。

「お前が怪我をした場合、どうなると思う」
「三郎が医務室まで連れてってくれるとか」
「……………それの他にだ」

あ、連れてってくれるんだ。と否定されなかったことが嬉しくて、不思議と笑いそうになってしまう。
咄嗟に人形に口元を押し付けることで誤魔化して答えを待つと、三郎がまた溜息を吐いた。

「理不尽にも私が怒られるという結果になるんだよ。名前のことになると過保護な男がいるからな」

言いながら筆を取り出して、のっぺらぼうの人形に顔を描いていく。
長いまつげが特徴的な、私の、好きな人の顔。悔しいけど上手い。久々知くんがお豆腐になったらこんな感じかも…なんて思いながら、また顔が熱くなるのがわかった。けど顔を描かれてしまった後はなんとなく頭を埋めにくい。
くるりとそれをひっくり返し、改めて顔を伏せると小さく呆れ混じりの笑い声が聞こえた。

「これは言うなと言われたんだが……この作業場所を指定したのも兵助だぞ」

ぱっと顔を上げた時には三郎は立ちあがっていて、測量してくると虎若と三治郎を伴って菜園の方へ向かってしまった。
――今日の生物委員会の活動は、仕掛けづくりと菜園整備の続きだった。
私はもちろん仕掛け(三治郎と兵太夫の設計による動物用罠)作成班に振り分けられている。
一年は組の二人と、当然のように頭数に入れられた三郎(抗議は竹谷の笑顔で流された)を交えた四人。ここでやれ、と場所を示したのは竹谷だったけど、今思うと変な表情をしていたような気もする。

ぐるりと見回せば、すぐ近くにあるのは見慣れてしまった飼育小屋。孫兵が普段入り浸ってる毒虫の飼育されている小屋は少し遠くて、仕掛けを設置する菜園はもっと遠い。

「…………虫が苦手って言ったから?」

三郎が描いた久々知くんの顔を見下ろして、問いかけるように呟く。
ものすごく甘やかしてもらってるのを実感すると同時に、優しさが嬉しい。さっき別れたばかりなのに今すぐ会いたくて、つい「久々知くん」と呼びかけてしまった。元・のっぺら人形に。

こんなところを見られたら恥ずかしくて死ねる。
自分の行動を振り返りつつ、ボスンと顔を埋め、柔らかい人形を思い切り抱きしめた。

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