生物委員会(閑話:久々知・後編)
唇の触れ合う音と名前の甘い声が重なってぞくぞくする。
めまいを起こしそうな息苦しさに唇を離せば、今度は重なる吐息が俺を煽ってきた。
再び彼女を引き寄せて、吐息さえ飲み込むように口づける。腕の中でびくりと跳ねる身体、押し殺したような声。
――…もっと欲しい。
その衝動に突き動かされるまま、彼女の後頭部から首へと手を滑らせた。
驚いたらしい名前は大きく震え、声を漏らしながら俺の着物を引く――同時に、唇に走るピリッとした痛み。少し遅れて血の味がしたことでゆっくり顔を離した。
切れたらしい箇所に舌先で触れ、ドクンドクンとうるさい心臓の音を耳に入れる。
(……危なかった)
真っ先にそう思いながら、自分の行動をかえりみて溜息をつきたくなった。
自覚していても抑えが効かないんじゃ意味がない。
ほんのり浮かんだ不安から目を逸らし、名前の様子をうかがう。
どこかぼんやりとしている彼女は呼吸が荒く、涙目の状態で俺の着物をきつく握りしめていた。
(――名前が可愛すぎるからだ)
何の解決にもならない結論を導きだして名前の頭を撫でる。
はっとした名前は素早く瞬き、俺を見たかと思えばいきなりおろおろしだした。
「血、でてる…!」
「ああ…、うん。切れたみたいだな」
それか、と思いながら反射的に傷口を舐める。
これならすぐに治るだろうとあたりをつけて名前を見ると、彼女は顔を赤くして俯きながら小さく「ごめん」と謝ってきた。
「ん?どうして謝るんだ?」
「私が…その………か…噛んじゃったのかと思って…」
確かに名前につけられた傷だけど、噛まれたわけじゃないとか俺の方にも原因がありそうだとか……ちらりと視線を向けられてまた感触を思い出しそうだとか――考えがまとまらない。
さらに名前は答えを返せない俺から目を逸らし、ぼそぼそと「初めて」だの「必死で」だの言いだすから困る。
細い腕を引き、胸に抱き込む。
――たぶん、この先一番厄介なのは名前の不意打ちだろう。
そう確信しながら…戸惑う彼女の頭に顎を乗せて、たっぷり時間をかけて息を吐き出した。
「…久々知くん?」
「大した傷じゃないよ」
「……でも、痛そうで気になる」
気落ちした声音に心配の色を濃く滲ませて呟く名前。
こうして抱きしめている状態なのに、いつもより落ち着いているのは心配の方が大きいせいか。
嬉しくて、愛しい。だけど少しだけ物足りない。
「――じゃあ、治るまで気にしててくれ」
「医務室は?」
「行かなくても平気だ。見るたび名前が思い出してくれればそれでいいよ」
俺の腕の中で、名前が身じろぐ。
着物が引かれる感覚は、きっと彼女が握りしめたせいだろう。
「…薬、つくる」
微妙にぎこちない台詞に笑いそうになる。
名前が作ってくれるのかと聞けば、こくりと頷く気配が返ってきた。
思い出すのが嫌なわけじゃないんだろうとわかっていながら、否定して欲しくてたずねてしまう。
名前は小さく首を振り、俺の願い通り「違う」とはっきり言ってくれた。
「……ただ…恥ずかしくて…、久々知くんの顔、見られなくなりそうなのは…イヤだなって」
「…………名前」
「?」
「それ以上言うと俺がもたない」
「え!?」
見上げてこようとするのを押さえ込み、両腕に力を入れる。
名前の言葉の威力を甘く見ていた。彼女がずっとこの調子では俺の努力だけじゃ絶対耐えられない。
一度身をもってわからせたほうがいいのか?
ふと浮かんだ考えは即座に却下した。それで歯止めが効くかわからないし、自信もない。
――彼女が可愛すぎて困る…なんて、誰に相談しても呆れられそうな気がする。
新たな問題に悩みながら、名前をきつく抱き締めて彼女の頭に自分の顔をくっつけた。
-閑話・了-
委員会体験ツアー!の段 -生物-
1592文字 / 2012.12.19up
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