カラクリピエロ

生物委員会(32)



耳元で鳴っている心音を聞きながら目を閉じる。
ずっとくっついてるのは恥ずかしくて絶対無理だと思ってたのに――今は離れたくないなんて……やっぱり、私は変になったのかもしれない。

優しく私の背中を撫でる久々知くんの手が気持ちいいせいもある気がする。
独りで考えて勝手に顔を熱くしながら俯いていると、ふいに思い出したことがあった。

「…もう一つ、久々知くんに言わないといけないこと、あった」
「なんだ?」
「…………私、藤内に嘘をついてて」
「嘘?」

頷きながら、自然と手のひらに力が入る。
そっと視線を上げれば久々知くんは何故かびくりと震えて、すぐに困ったような顔をした。

「………………ごめん」
「えっ、な――ん!?」

ぐっと間近に迫った顔に驚く間もなく唇が重なる。
驚きすぎて、ゆっくり離れていく久々知くんをただ見つめることしかできない。
意思とは関係なく震えてしまう唇に指で触れられたかと思えば、唐突に私の肩に額を乗せた。

「俺…本当にやばい、耐えられない」
「く、久々知くん…?」
「……名前といると、自分が怖くなるな」

どうしたらいいのかわからなくて、とりあえず動こうとしたものの、両腕はいつの間にか久々知くんに掴まれてて動かせない。
ゆっくり息を吐き出した久々知くんは、頭を起こすと私をじっと見つめて、もう一度「ごめん」と言った。

小さめの声と、ほんのり赤くなった頬とバツの悪そうな表情が合わさったのを見たら、胸がキュンと高鳴った。
自分の反応に戸惑う私の返事を待つように、久々知くんがわずかに首を傾げる。

「…………久々知くん、ずるい」
「え、なにが」
「だって、か――」
「か…?」
「…かわいい、から」

言われるのが好きじゃないみたいだと、わかってたから迷ったけど…結局、言ってしまった。
他に表現が思いつかなかったのもあるけれど、吐きださないとドキドキしすぎて変になりそうだったから。

「可愛いのは名前だろ」
「な!?」
「だから俺が耐えられな…………いや、これは俺の問題だよな」

少しは複雑な気分を味わってくれるかと思ったら、さらりと私の心臓を危機にさらしておいて本人は悩ましげに溜息をついている。やっぱり、久々知くんはずるい。

「――名前、悪かった。続き、聞かせてくれないか」
「…?」
「……浦風に、の続き」

くす、と笑いをこぼす久々知くんに頬が熱くなる。
忘れちゃってたのは、絶対久々知くんのせいなのに。

改めて藤内についている嘘の内容を言葉にしようと口を開いたものの、うまく声が出なくて閉じる。
――既に久々知くんのところに嫁ぐのが決まってます、なんて――相当大胆な嘘をついていた気がする。

「言いにくい?」
「…と、いうより…恥ずかしい」

今すぐ逃げ出してしまいたい衝動に駆られたけれど、久々知くんはしっかり私の腕を掴んだまま離してくれそうもない。
自分の顔が赤くなるのがわかっても、大して隠すこともできず、しどろもどろに話すことになってしまった。

「――……名前は、それが嘘だって浦風に言うのか?」

僅かに強くなった力と、真剣な眼差しに覗きこまれてドキッとする。
問いかけを何度も頭の中で繰り返して、久々知くんがどうしてこんな顔をしているのかを考えて……余計、心臓がうるさくなった。

「言わ…ない」
「っ、」
「……い、いいよね?もう嘘じゃ、な――ひゃあ!?」

急に腕を引っ張られ、前方に傾く。
仰向けになった久々知くんの上に倒れるように乗り上げてしまい、慌てて退こうとしたのにそのまま抱きしめられて動けなかった。

「……何度似たようなこと聞けば気が済むんだろうな、俺は」

ふっと小さく笑う久々知くんの胸の上で、彼の着物を強く握る。
腕の力が緩んだのをいいことに、視線を上げて久々知くんを盗み見たら、片手で目元を覆っているところだった。

「久々知くん、」
「…俺は、普段はこんな……こうはならないんだからな」

思わず呼び掛けたら手が外れてばっちり目があったけど、その台詞と赤い顔は私から考える力を奪っていると思う。
なんだか無性にドキドキして…また、胸の中であのもどかしい感覚が渦巻いてる。
好きって伝えたくて、なのに…言葉だけじゃ物足りない。

考えるよりも先に、身体が動いていた。
久々知くんの着物の衿元を握って引くと、不思議そうにしながらも肘をついて上体を起こしてくれた。

「? どうした?」

問いかけに答えないまま、背中に腕を回してぎゅう、と強く抱きつく。
びくっと跳ねた久々知くんと一緒に、私の心臓も勢いよく跳ねたけど、離れる気にはならなかった。

「…好き」
「っ、名前、」
「大好き」
「~~~~ッ」

私の背中に回った片腕の力が少しずつ強くなる。嬉しいのになぜか涙が浮いてきて、気づかれないよう俯いたつもりだったのに、密着していたせいかすぐに伝わってしまったらしい。
大丈夫の代わりに首を振ったけど、久々知くんは改めて身を起こし、私の大好きな笑顔(頬染め付き)で優しく私の涙をぬぐってくれた。

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