カラクリピエロ

生物委員会(28)



身支度を終えてゆっくり深呼吸をひとつ。
おかしなところはないか、腕を広げて自身を見下ろしてから作兵衛直筆の地図を手に取った。

少し早めに着くように部屋を出ながら、手の甲で額に触れる。
久々知くんに手を引かれるまま、こうして長屋まで送ってもらって“また後で”と一旦別れたけど、その間はずっと無言だった。私が何もしゃべれなかったのが理由ではあるものの、原因をつくったのは久々知くんだ。

(…結局、誤魔化された気がする)

微笑みと一緒に口づけられた感触を思い出しそうになって、慌てて頭を振った。

待ち合わせ場所に久々知くんの姿はまだない。
なんとなくほっとして、先に外出届を出してしまおうと事務室を覗く。

「小松田さん、いますか?」
「はーい。あれ、名前ちゃんだ。はい、どうぞ」
「え」

私が行動するより早く、小松田さんが手渡してくる物を反射で受け取る。

「ついさっき届いたんだよ。すれ違いにならなくてよかったー」

にこにこ顔で言う小松田さんにお礼を返しながら、見慣れた字で私の名が書かれた封書に目を落とした。

――このタイミングには何かゾッとするものを感じるけど、今日だけはよかったのかもしれない。

ひっくり返して差出人を確認すれば、そこには予想通り母の名前があった。

「――名前!悪い、待ったか?」
「ううん、全然……待ってないのに……」

声をかけられたと思って振り返ったら、傍にはもう久々知くんがいて小松田さんに外出届を提出している。
忍者の脚力をこんなところで使わなくてもいいのにと思いながら、急いでくれたのが嬉しくて顔が緩んでしまった。

「……手紙?」
「うん、家から」

笑って返すと久々知くんはぴくりと反応して僅かに口を開いた。

「…………前にも、似たようなこと、なかったか?」

一度躊躇うように口を閉じてから、言いにくそうに問いかけられたのは私の予想と違ってて(てっきり手紙の内容を聞かれると思ってた)、何度も瞬きをしながら記憶を探る。
前、と呟くと久々知くんは口元に手をやってから困ったように笑った。

「あれは、名前が火薬委員会に来た初日だったよ。俺が名前を捕まえたあとだ」
「え…、あ……その、」

手紙のことよりも、その日は久々知くんが言ってくれた“好き”の方が強烈で、それ以外のことがよく思い出せない。
逆にそのことをはっきり思い出して、一気に顔が熱くなった。

「と、とりあえず、出掛けようか」

久々知くんに促され、小松田さんに見送られつつ頷きを返す。
さりげなく差し出された手に掴まらせてもらいながら、学園の門をくぐった。

ちらりと久々知くんを見たら、ほんのり顔が赤くなっている。顔を反らし、ぽつりと「名前の気持ちわかった」と呟いて、そのまま歩きだすから急いで隣に並んだ。
速度を緩める久々知くんをちらちら見上げれば、聞こえたのは小さな咳払い。

「ま、まあ、俺が焦りすぎだったことは置いといて…覚えてないか?それも家からみたいだったけど」
「家から?手紙…、てがみ………………っ、」

――思い、出した。
心臓がドクンと大きく脈打ち、そのままドクドクと速くなっていく。

あの日、届けられた手紙も母からのものだった。
内容はと言えば“そろそろ砕けましたか?”というからかい混じりの問いかけと、“相手を連れてこないなら見合いを組む”という予告。

最初から、久々知くんを連れていくなんて選択肢はなかった。
とりあえず見合いをふいにしてしまえばいい。それだけを考えて母に返事をしたと思う。

「…………今度、同じ内容が来たら」
「ん?」
「久々知くんにお願いするね」

何度も瞬きをする久々知くんに、さっき受け取ったばかりの手紙を差し出す。
戸惑う彼に笑って「読んで」と一言添えると、ぎこちない動きで手紙を開いた。
私もまだ目を通してないけど、相手も場所も決められて、残っているのは――

「久々知くん。ここに着いたら全部、話すから…行こう?」
「…? これは?」
「三年生に教えてもらったの。穴場だって」

久々知くんが手紙を読み始める前に、作兵衛の地図を見せながら説明する。
一瞬複雑そうな顔をしたものの、わかった、と頷いてくれたことにほっとした。

「――名前
「な、なに?」
「俺、邪魔しに行くからな」
「………………え!?」
「とりあえず先に言っておこうと思って」

読んでいた手紙を丁寧に畳んで元通りにする久々知くんが、それを私に返してくる。
どういうことか聞こうとしたのに、彼は小さく笑って「あとで」としか言ってくれなかった。

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