カラクリピエロ

生物委員会(24)


席について早々、妨害むなしく竹谷に自分の恥ずかしい行動についてばらされた。
テーブルにうつぶせて怨みごとを呟いていると、不破くんが頭をなでながら慰めの言葉をかけてくれた。
加えて竹谷を叱ってくれたこともあり、小さい子のように撫でられた恥ずかしさはあっさり相殺された。

なぜか残念がっている勘右衛門と、呆れた顔をする三郎の視線がこっちに集中する。

「なんでもっと早く行かなかったんだろ。おれも見たかったー」
名前、そういうのこそ私を頼るべきだろう」

ほとんど同時に言われて咄嗟に何を言われているのかわからない。
三郎は手のひらで私の頭を軽くたたいてから立ち上がると「飯だ」と端的に言った。
笑いを堪える不破くんと、堪えきれなかったらしい竹谷が後を追うように席を立つ。

「一応、気にしてたみたいだよ」
「なにを?」
名前のこと。兵助とはゆうべ直接話せたけど、名前には会えなかったからね。三郎は近くで見てたから余計かも――っておれA定食がよかったのに!」
「余計なことを言うな」

三郎が勝手に選んできたらしい食事を勘右衛門の前に置く。
ほら、と声がして振り向くと竹谷が私に膳を持たせた。勘右衛門のと同じ、B定食。
お礼を言ったはいいけど、量がみんなと同じなのは地味に困る。忍たま五年生と同じ量を食べきれる気がしない。

(…無理そうだったら竹谷に押し付けよう)
「まぁまぁ勘右衛門、僕のと交換してあげるから」
「やった、ありがとう雷蔵!」

器用にお茶を運んできた不破くんが席に戻ってきたところで「いただきます」と手を合わせる。微かに感じる違和感。
妙に落ち着かなくて、久々知くんがいないのはわかっていたはずなのに、つい姿を探してしまう。

「……名前、お前兵助とちゃんと話したのか?」
「朝、ちょっとだけ…なんで?」
「落ち着きがない。顔が暗い。飯がまずくなるだろ」
「…………ごめん」
「あ、謝るくらいなら――痛っ!?」
名前、食欲はある?昨日はちゃんと食べたんだよね?」

ガシャ、と食器の音を響かせてうずくまる三郎に驚く暇もなく、横から不破くんに問いかけられて反射的に頷く。
じっと探るように見つめられ、つい目が泳いだ。

名前
「うぐ…………、残し、ました」

不破くんから感じる無言の圧力はなんなんだろう。穏やかなようで逆らえない雰囲気。
さっきの竹谷もこれを味わったんだろうか。

「今日は?」
「……き、今日は、ちゃんとあるもん……朝も、久々知くんと、食べたし……」

しどろもどろになりながら言い訳を重ねると、ふと圧力が弱まった。
いつの間にか下がっていた視線を上げたら、ほっとしたように笑う不破くんが目に入る。
思わず瞬けば「そっか、よかった」と呟かれて戸惑ってしまった。

食事中の話題はなぜか私と久々知くんに関することで占められていて、逸らそうとしても気づくと昨日と今朝の話をしている。
わかったのは、竹谷がよくわからない勘違いをしていたこと(久々知くんが私の部屋に忍んできたとか)と、竹谷が私の愛犬への報告癖を暴露していたこと。後者については内緒にしてって念を押したのに、あっさり破ってくれちゃったらしい。
このことはあとでくの一教室に広めておこうと決めた。

それから――久々知くんが一晩中、私のことを考えてくれてたらしいこと。
一睡もせずに忍務に行ってることにも気づいて心配になったけど、みんなに一徹くらい平気だと潮江先輩を例にあげて断言された。

――会いたいと、思う。
一晩待つのが長いと感じるくらい。早く会いたい。
でもちゃんと睡眠もとってほしい……明日はどのくらいの時間なら、起きてるだろう。

「で、練習すんの?」
「え」
「三郎が乗り気になってるし、名前もこのあと暇だよね?」

勘右衛門に続いて不破くんまでがにこやかな笑顔を向けてくる。
目を瞬かせて三郎を見ると、ふん、と鼻を鳴らして目を逸らされた。

「とりあえず、“付き合ってください”は変だと思うぜ」
「~~~っ、もう忘れてよ!!」

わざわざ蒸し返してくる竹谷を睨む。
今夜は忍たま長屋にお邪魔する気はなかったのに、なんだか妙な流れになってしまった。

+++

「――名前、お前やる気あるのか?」

目の前にいるのは三郎なのに。
久々知くんの姿で呆れたように言われて、心臓がぎゅっと掴まれたような気分を味わう。

「……久々知くんはもっと優しいもん」
「私だって充分優しいだろうが!」
「まーまーまーまー、落ちつけ三郎」

そっと目を逸らしながら文句を言うと三郎が憤ったように声を荒げる。
わかってるのに、姿が完璧だから気を抜くと本人がいるような錯覚を起こしてしまう。

「こうしてみると、兵助って名前の扱い違うんだっていうのがよくわかるね」
「ほんとお似合いだよ……三郎ー、それじゃ名前のこと言えないだろ」
「……ったく、見てろよ……」

野次を飛ばす勘右衛門に舌打つ三郎が、一つ咳払いをして私の前に座り直す。
間に入っていた竹谷は溜息混じりに後ろに手をついて、疲れたように足を投げ出した。

「『俺に話があるんだって?』」

びく、と勝手に肩が跳ねる。
僅かに目を細めて笑みを見せる三郎は、声まで真似て久々知くんを形作る要素を増やす。
問いかけも優しくて、本物みたいだと…無意識にドキドキと鳴る胸元を握りしめた。

本格的に緊張して激しさを増す心臓を押さえ、口を開く。
顔が熱い。もう少し。
息を吸って、声を出そうとした瞬間、そっと頬を撫でられて言葉が引っ込んでしまった。

クツリと聞こえた笑いにつられて凝視すれば――表情が三郎のものに戻っている。

「三郎が邪魔してどうするんだよ」
「痛ッ!?ら、雷蔵またか!!」

ごす、と横から容赦なく三郎をどつく不破くんが大きな溜息をつく。
私も一緒に息を吐きだしながら、意気込みが萎んでいくのを感じた。
感覚的なものは味わえたし、よく考えればやっぱり恥ずかしい。

協力してくれる気持ちはありがたかったけど、これ以上の練習は不要だと断って部屋に戻ることにした。

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