カラクリピエロ

生物委員会(23)



毒蜘蛛回収が終了した、という報告は何よりも聞きたかったはずなのに、今の私はそれどころじゃない。

――兵助に求婚されたってほんと?

(ききき求婚、されたのは、ほんとだけど…あんな不意打ちで聞いてくることないのに!)

勘右衛門の問いかけのせいで、あやうく三治郎と作った罠(試作品)を壊してしまうところだったし、三治郎には心配かけちゃったし委員会の途中だっていうのに脱走しそうになった。
だけど…同時に、あれは現実だったんだと実感して嬉しくもあるなんて複雑だ。

「おい、聞いてんのか名前
「…ごめんなさい、聞いてませんでした」

溜息をつきながら竹谷が繰り返してくれた内容は、明日も菜園の草むしり(今日できなかった分)と、手が空いたら仕掛けづくりを行うというもの。
それから、このあと当番になってる二人は動物の世話をするようにという連絡。昨日はどうやら週一の一斉掃除の日だったらしく、普段は当番制なんだと三治郎が教えてくれた。
最後は私個人に(昨日と同じく)木下先生のところまで付き合うようにと――今日は昨日以上に行きたくない。

「それじゃ今日はこれで解散!」

竹谷の号令を受けて、お疲れ様でしたと綺麗に声がそろう。
ばらける一年生の合間を縫って孫兵を捕まえると、思いっきり怪訝な顔をして見せた。せめて取り繕うくらいしてほしい。

苗字先輩に引き留められることなんて滅多にないですから」
「まあね。これ、渡すの忘れてた」
「なんですか?」
「数馬から預かりもの。薬切れてるんじゃないかって」

言うと孫兵は懐をごそごそあさり、驚いた顔で受け取った。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

にゅっとジュンコが体を伸ばしてきたから、さりげなく距離を置きながら手を振る。
勘右衛門と談笑していた竹谷に近づくと目が合うなり“行くぞ”と合図され、急激に足が重くなった。

「あー…怒られそう…」
「なんで?名前怒られるようなことしたっけ」
「今回も未遂で終わったんだから大丈夫だろ」
「はぁ……だといいんだけど」

大きく息を吐き出して項垂れる私の横で、勘右衛門が首を傾げる。
竹谷は笑いながら私の過去の失態(宝禄火矢を使おうとしたこと)を告げ、直後に遠い目をした。

名前は錯乱して終いにはぶっ倒れたから知らねぇだろうけど……飛び散った毒虫回収すんのすげー大変だった」
「それは私のせいじゃないでしょ?」
「お前が騒ぎ起こすから被害が広がったんだよ」
「だから、それはそっちが原因で私は応戦しようとしただけ!そもそも、そんな過ぎた話を持ち出すなんて男らしくない!」
「ぐっ、まぁ…確かに……どうした勘右衛門」

竹谷の問いかけにつられて勘右衛門を見ると、彼ははっとしたように肩を震わせて何度か瞬きを繰り返した。
それから肩を竦め、誤魔化すように笑う。

「いや、改めて八と名前は仲良いんだなって思ってさ」
「仲良いっつーか…」
「ただ関わってる期間が長いだけだよ。前はこんなに喋らなかったし」
「いつからしゃべるようになったの?」

――いつから、なんて…そんなの決まってる。

私が、久々知くんのことを知りたいと思ってからだ。
制服が五年生のものだったから、同学年で何度か接したことのある竹谷に名前を教えてもらったのがきっかけ。
彼らが友達だと知ってからは少しでも情報が欲しくて、口実をつけては話を聞き出そうとした。

あいにく失敗と脱線ばかりで(ついでに竹谷の察しの悪さも手伝って)、いつの間にか今の関係になってしまったけど。

「――だいぶ前、だよな?」
「うん。前過ぎて忘れちゃったね」
「…………ふうん?」

竹谷の記憶力が曖昧だったことに便乗してそれらしく合わせる。
別に“利用するために近づきました”って正直に言ってもいいけど、友達関係になった今はあまり気分のいい話でもないと思う。
……勘右衛門には気づかれてる気もするけど。

ついでだから待ってる、と木下先生の部屋の前で立ち止まる勘右衛門を置いて、昨日と同じように竹谷に続いて入室する。

内心ドキドキものだったけど、明日やる予定だった内容(罠作りと毒草の収穫がそうらしい)を繰り上げたことと、菜園自体に被害がなかったこともあって特に怒られたりはしなかった。あの場で止めてくれた勘右衛門には感謝だ。

「――尾浜、そこにいるんだろう」

諸連絡を受け終わった竹谷と退室しようとしたら、突然木下先生が戸の向こうに声をかけた。

なぜかバツの悪そうな顔で入室してくる勘右衛門が先生からクラスへの連絡事項を受け取る。
それをなにげなく耳にいれ、明日の五年生の授業は実技実習なのかとぼんやり思った。

「…………盗み聞きしてんの怒られるかと思ったー」

部屋から退室するなり勘右衛門は胸をなでおろし、表情を緩ませる。
入ってきた時の顔はそれでかな、と思いながらつられて笑ってしまった。

「いろはで合同って何やらされんだろうな」
「さあ。あーあ、明日は休みだと思ったのになぁ……」
「兵助変わってくんねぇかな」
「? どういうこと?」
「あれ、名前も聞いてたんじゃないの?兵助は今日の忍務が明日の代わり」

ということは。
久々知くんは明日お休みということで、今日の帰りが深夜でもお昼は空いてるかもしれないってことで――

「明日しかない…」
「なにが?」
「久々知くんを誘うタイミング」

ぎゅっと手のひらを握って顔を上げれば、目を丸くした二人に凝視されている。
雰囲気に気圧されて一歩下がると、声をそろえて「何に!?」と聞かれた。

「何って…い、一緒に、出掛けませんかって……」

言葉にしたら途端に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
頬を擦って熱を逃がしていると、大きな溜息が聞こえた。

「なんだデートか…」
「いいよなぁ、俺たちが必死になってるときに…………邪魔してやりてぇ」
「やめて」

邪魔されないために外に誘おうと思ってるのに、割り込まれたら台無しだ。

「……でも、今日ので疲れてるなら遠出しない方がいいのかな」
「何言ってんの誘ってあげなよ。めちゃくちゃ喜ぶから」
「いっそすげー遠くまで連れ出せ。あ、もしかしてさっき影丸相手にしてたのってそれの練しゅ」
「竹谷!!!!」
「え、なになに、何があったの?」

嬉々として聞き出そうとする勘右衛門に、ニヤニヤしながら私を見おろす竹谷を睨みつける。
運悪く食堂の入口で三郎と遭遇し、話を遮るのを邪魔されて、先に座っていた不破くんに宥められながら席につく羽目になった。

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