カラクリピエロ

生物委員会(19)



食事が一段落してお茶を飲む頃には、心音も顔の熱もだいぶ落ち着いてくれた。
食堂のおばちゃんのおいしい料理をしっかり味わえていないのを申し訳なく思いながら、空になったお皿を前に手を合わせる。

背筋を伸ばしてぐるっと隣を向いて、瞬きをする久々知くんを見て――ごくりと息をのんだ。
何から話したらいいのか、どこから話をしたらいいのか…ただ“話したい”だけで何も考えていなかった。

「…あ、あの…私、私ね、」

久々知くんは半端に口を動かすだけの私を見て柔らかく目を細めると、膝上で固く握っていた私の手を優しく包んだ。

「ゆっくりでいいよ」

きゅう、と胸が締め付けられるような感じがした。
落ち着いたと思ったのに、あっという間に速度を上げる心臓の音を聞きながら、体温も一緒に上がっていく。

「……好き」
「え」
「…私、久々知くんが好きです」

自然と口から出た言葉に久々知くんがびくっと震え、顔を赤くした。
それがとても嬉しくて、顔が勝手に笑ってしまう。段々照れの方が大きくなって視線を下げたら久々知くんと腕が触れ合った。驚く暇もなく軽く体重をかけられて、咄嗟に身体に力を入れる。

「……本当、名前にはびっくりさせられてばっかりだ」

久々知くんはそう呟くと私に寄りかかった姿勢のまま小さく笑った。
感じる体温にドキドキしながら、顔が見たいなと思う。きっと私が大好きな、あの優しい笑顔を浮かべてるだろうから。

これから本題を――お見合いのことを話しだしたら、消えてしまうかもしれない。

それは嫌だと思ったけど、話さないでいるのはもっと嫌だった。

「久々知くん」

呼びかける声に緊張が混じってしまう。だけど久々知くんは私にくっついたまま、変わらない調子で相槌を打ってくれた。

「…今度…ね、近いうちに、私…」

あっさり言えると思ったのに、なぜかものすごく言いにくい。
喉に引っ掛かって思い通りに出て来てくれない言葉にやきもきしながら、絞り出すようにして話す。

一度口をつぐむと久々知くんが身じろいで、ゆっくり私の手を握った。ドキリとした後はじんわりと安心感が広がって、緩く息を吐き出す。

「――私、おみ」

「あーお腹すいた~!」
「もー、しんべヱったらさっきまでへたり込んでたくせに」

「あ……い、に……」

久々知くんの手を握り返しながら意気込んだのに、自分よりもよほど元気で大きな声に割り込まれて勢いが吹っ飛んでしまった。

「おばちゃん、ぼくB定食大盛りでお願いしまーす!」
「しんべヱ、わたしたちこの後おつかい頼まれてるんだし、程々にしといたほうがいいんじゃない?」
「なに言ってるの乱太郎!しっかり腹ごしらえしておかないと もたないでしょ!」
「食うのはいいけど、途中で動けない~とかやめろよな」

目をやれば井桁模様の忍装束――一年生が三人。彼らだけかと思ったら、一気に人が増えた。
がやがやと騒がしくなった食堂内に呆然としながら、ぞろっと入ってきた浅葱色を眺める。
思わず項垂れると、名前、と小さく呼びかけられて顔を上げた。

「…移動するか」
「うん……私、片づけてくるから、待ってて」

優しく促してくれたことにほっとしながら、そっと手をほどいて膳を片付けるべく立ち上がる。
また仕切り直しからかなぁとタイミングの悪さに溜息をこぼし、カウンターの方へ足を向けた。

苗字先輩!」
「あ。おはよう兵太夫」

ぴょんと跳ねるように寄ってきた兵太夫に挨拶をして膳を返しながら、兵太夫がいるということは一年は組かと顔ぶれを見渡した。
なんだか…妙に注目されているような気がする。

「なに言ってるんですか先輩、もう“こんにちは”の時間ですよ。苗字先輩は……久々知先輩とデートですか?」

何か注目を浴びるようなことしたかな、と考えていたから兵太夫の言葉にぎょっとしてしまった。
見れば兵太夫は私じゃなくて久々知くんに向かって頭を下げているところで、やけに嬉しそうだ。

「デートに、見えた?」
「違うんですか?」
「――違わない」
「わ!?」

そわそわと期待しながら問いかける途中で腕を引かれる。急なことによろけたら、ぎゅっと手を握られた。

「そういうわけだから、お前たちはまた今度な」

久々知くんは彼らに向かってにこやかに言いながら私の手を引く。
一年生がざわついているのを背中に感じつつ、食堂をあとにした。久々知くんの行動の唐突さが気になったけど話しかけるきっかけがなくて、私は黙って引かれるままだ。

食堂からだいぶ離れたところで足を止めた久々知くんが私に向き直る。表情は、少し不機嫌そうに見えた。

「――あのまま食堂に居たら、名前は一年生に構ってただろ?」
「………………今は、そんな余裕、全然ないよ?」

顔が熱くなるのを自覚しながら近寄って、手を繋いだまま久々知くんに頭を預ける。
内心すごく緊張して心臓がドクドク音を立てていたけど、繋いでる手の力が増したことと引っ張られて余計密着したことで……あっという間にドキドキの種類が変わった。

「く、久々知くん、あの、」
「うん」
「……つ…続き」
「…うん…」

離れるどころか腕が腰に回されて、ますます鼓動が速くなる。
苦しいくらい抱きしめられて、また胸がぎゅう、と締めつけられる感覚。
照れくさくて恥ずかしいと思うのに、それよりも久々知くんが好きで、それを伝えたくて仕方ない。
だけど言葉では物足りないような、よくわからないもどかしさ。

私はそれに戸惑いながら、繋いでない方の手を久々知くんの背中に回し、肩に顔を押しつけた。

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