カラクリピエロ

生物委員会(11)



孫兵とジュンコに絡まれ疲れ、その愚痴を戻ってきた竹谷にぶつけながら木下先生の元へ向かう。

「――でね、孫兵ってばいちいち『ジュンコは可愛いでしょう?』とか『ジュンコがこの前…』とか、ずーーーっとジュンコの話するの!」
「いつものことじゃねぇか」
「あれってどうにかならないの?」
「…………ならねぇよ。お前だってそうだろ?」

竹谷は溜息混じりに私を見てそんなことを言う。
なんのことかわからずに眉を潜めて見返したら「兵助」と短い返事があった。

「久々知くんが何?」
名前だって“久々知くんが久々知くんが”ってうるせぇじゃねーか、それと一緒だって」
「…そ、そんなこと…」

ない、と反論しようとして記憶を振り返る。
そんなに久々知くんについて竹谷に話したりした覚えはないけど、自分では意識してなかっただけかもしれない。

「――私、そんなに言ってる…?」
「俺にじゃねぇけどさ」

竹谷にしては妙に歯切れが悪い。

「…影丸に」

更に追求したら、竹谷は私から視線を逸らして言いにくそうに漏らした。
何度か頭の中で繰り返し、意味を理解すると同時に竹谷を睨みつける。

「それ!盗み聞き!!」
「仕方ねーだろ!?聞こえちまうんだから!」

きっと影丸の世話とか訓練なんかをするときに、つい溢してしまう色々だ。
愛犬相手だと遠慮しようなんて微塵も思ったりしないから『今日はこれこれこうで、久々知くんとこんなことがあって……』とか、そういうの丸ごと。

あまりにも恥ずかしくて段々と耳が熱くなっていく。
竹谷のことなんかすっかり忘れて報告してた私も悪いけど、ずっと黙って聞いてるなんて竹谷も酷い。

「な、なんだよ…俺だってな、一応つっこもうとしたんだぜ!?」
「一応じゃなくて言ってよ!」
「お前が夢中になってるから口挟むのも野暮だなって思うじゃねぇか!」
「~~~~ッ、な、内緒に…して」
「は?」
「く、久々知くんには、黙ってて」
「なんで」
「恥ずかしいから!!」

今更だろ、なんて呆れた顔で言われたけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
念を押して約束を取り付け(いまいち不安だけど)、大きく息を吐き出す。孫兵に関する愚痴からこんな事実が発覚するなんて思ってもみなかった。

今度から周りに気をつけようとか、頻度を控えようと一人で考え込んでいたら、数歩先を歩いていた竹谷が足を止めた。

「木下先生、いらっしゃいますか」

その呼びかけでようやく本日分の活動が終わる気配を感じる。
竹谷が入室挨拶の際に私の名前まで言ってくれたから、後はついていくだけだ。

「先生、名前も連れてきました」

じろっと睨まれた気がして背筋が伸びる。怖い。
反射的に「こんにちは」と口から飛び出た挨拶に、木下先生は僅かに目を丸くしながらも挨拶し返してくれた。
相変わらず顔は怖いままだったけど、少し肩から力が抜ける。

苗字は報告用に記録をつけてるんだったな」
「はい、これです!」

またもピシッと背筋を伸ばして懐から巻物を出すと(斜堂先生から連絡が行ってるらしい)、隣で竹谷が笑いを堪えている気配がした。
うむ、と頷きながら巻物を広げて眺める先生の目を盗んで竹谷の足をつねる。

「い゛っ!?」
「…苗字はおとなしそうに見えたが――」
「え!?」

木下先生が小さく笑ったことに驚き、そうでもないな、と続いた台詞にぐっと言葉が詰まった。
先生は一度も巻物から目を離してないのに、こちらの行動はお見通しらしい。

「…こいつはいつもこうですよ」

恨みがましく呟く竹谷を睨みたい衝動を押さえつけておとなしくしていると、木下先生は私に少し待つように言って竹谷に今日の活動内容の報告を促した。

動物や下級生の様子をつらつら話し出す竹谷と相槌を打つ木下先生のやり取りをぼんやり眺める。
自然と竹谷の声が遠ざかり、作法委員会のこと――久々知くんは、作法室でどんな話をしたんだろうと考えてしまう。怪我の心配はもちろんだし、立花先輩の精神攻撃が発動したのかも気になる。

早く確かめたいと顔を上げた途端、横から思い切り肘で突かれてそのまま崩れた。

「お、おい大丈夫か?」
「…だ、誰のせいだと…」
「竹谷…相手は同級生の男じゃないんだぞ」

思い切り呆れながら私を気遣ってくれる木下先生に戸惑う。
慌てて「大丈夫です」と返せば探るように観察されて、また勝手に背筋が伸びた。
納得したのか一つ頷いた先生が私の巻物に判を押す。
まだ何も書いてないのに、と戸惑いつつ手元を見れば、明らかに先生の字で何行か書き足されていた。

「せ、せん…木下先生!?」
「どうした」
「いえ、あの……、ありがとうございます」

迫力負けして声が萎む。
情けなくなりながらもそれだけを言うと、くっと小さく笑い声が聞こえた。
すぐに消えてしまったそれを確認したくて先生をじっと見てみたけれど、表情が変わる様子はない。

巻物を預かって構わないかを確認され、頷いて返す間も先生は怖い顔のままだった。
木下先生と竹谷がその後の予定を軽く話している間に、ふと木下先生は生徒思いのいい先生だと聞いたのを思い出す。

(…教えてくれたのは、久々知くんだっけ)

いつも怖い雰囲気で顔も怖いから苦手だと漏らした私に笑って「確かに見た目は怖いな」と同意してくれた後、どこか嬉しそうに言っていた気がする。

「――それで明日は菜園の方を」
「一年生に気を配れよ。特に毒の強いものには近づけないように」
「気をつけます」
苗字
「は、はい!」

急に呼ばれて吃驚しながら姿勢を正す。
木下先生は私に菜園内のとある場所を告げて、そこに生えてる毒草をいくつか採っていってもいい、と許可をくださった。
思わず何度も瞬いてチラと竹谷を見る。苦笑いをしているけど、文句を言う気はないらしい。

「…嬉しいですが、どうしてですか?」
「日ごろの礼、というやつだな」
「まあ、世話になってるし」

ボソリと呟く竹谷の補足にどぎまぎしてしまう。
竹谷相手に報酬をふっかけるのは気にならないのに、先生からというのはやっぱり違う。

「いらねぇなら、」
「どうもありがとうございます、有効に使わせていただきます」

竹谷を遮って言えば、木下先生はフッと苦笑めいた表情で頷いた。
その苦笑も一瞬で消えてしまったけど、私が思っているよりずっと気安い先生なのかもしれない。

+++

「木下先生って優しいね」
「…お前現金すぎ」

もっともらしい意見に反論する気は無い。ご褒美も出るとあっては頑張ろうと思うのも当然だと思う。

ふと竹谷が思いついたように毒草の見分け方は知っているのかと問いかけてきたけど、いまはそんなことに構っていられない。

「悪いけど、私これから作法室まで行ってくるからその話は後で」
「……だったら直接食堂行ったほうがいいんじゃねぇか?」

向こうも終わってるだろうし、と続ける竹谷に頷きながら足は作法室のほうを目指して進む。

「すれ違ったらどうすんだよ、時間の無駄だろ?」

横に並んで呆れ混じりについてくる竹谷を見上げる。
目が合うと途端に口をつぐんだ竹谷は溜息をついて、しっしと追い払うように(なんだかデジャヴだ)手を振った。

「…名前、作法室に居なかったら食堂来いよ?兵助がまたそっち行かないように引きとめといてやるから」
「うん、ありがとう!」

立ち止まる竹谷を置いて、私は小走りに作法室へ。
前方に忍たまが見える度に制服の色を確認して、五年の色だったら相手の顔を見る。
それを何度も繰り返しているうちに結局作法室まで来てしまった。

「立花先輩!」

返事を待つのもじれったくて掛け声と同時に戸を引く。
ぱっと目に入ったのは緩く波打つ黒髪で、それを見た途端思いっきり心臓が跳ねた。

名前…俺、」
「け、怪我、傷!?」

振り向きかけた久々知くんの肩が真っ赤になっているのに動揺して、しゃがみながら詰め寄る。
よくよく見ればそれは赤い紅で、出血というわけではないらしい。
――そもそも血だったら赤じゃなく、ちょっと黒っぽくなるはずだ。

ひとまず安心して、改めて装束を確認する。派手に破れたりはしていないみたい。
徐々に視線を上げると戸惑ったような久々知くんが、ほんのり顔を赤くして私を凝視していた。

「…名前、その、」

「――名前、そろそろ周りを見たらどうだ?」

立花先輩の声にハッとしてそちらを見たら、呆れ顔の立花先輩が手に持っていた扇子で自分を扇いでいるところだった。

いつの間にか掴んでいた久々知くんの装束を離す。
かぁっと足元から熱が上がってくるような、そんな感覚を味わいながらジリジリ下がる。途中で久々知くんに手首を掴まれて、反射的に「ごめんなさい!」と謝っていた。

「あの…、私、久々知くんしか見えてなくて…」

言い訳している最中に久々知くんの力が強くなって益々混乱する。
一旦ここから退散したいのに、できないばかりか掴まれた手を思いきり引かれた。

「わっ、ぶ!」
「…………名前

勢いよく久々知くんの方につっこんで顔をぶつける。
ぎゅう、ときつく抱き締められたうえに耳元で名前を囁かれ、あっという間に思考は真っ白になった。

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