カラクリピエロ

生物委員会(閑話:久々知・中編)


いつもなら焔硝蔵にいる時間だと思いながら作法室へ続く廊下を歩く。
ふと外へ視線をやって名前は今頃飼育小屋だろうかと想いを馳せた。

「――失礼します。五年い組、久々知です」

目的の部屋で入室の挨拶を口にすると、途端に居心地悪く感じて内心首をかしげる。
先生方の部屋を尋ねるときや医務室ではこんな気分にはならないのに。ここが自分にとって馴染みの薄い場所だからだろうか。

「いらっしゃいませ久々知先輩!」

そんな俺を出迎えてくれたのは、一年は組の笹山兵太夫だった。

やけに機嫌がいいなとか、その台詞はなんか違うんじゃないかと思うものの、実際は声にしない。
スパンと勢いよく開けられた戸の奥から「兵太夫、乱暴に開けるな!」と勢いよく声が飛んできたせいもあるかもしれないなと室内を見やった。

「うるさいなぁ伝七は。平気だってこれくらい」
「僕は戸の心配をしてるんじゃなくて、」
「こらこらお前たち、客を放置するな」

部屋に一歩も入らないうちから始まりそうだった一年生同士のやりとりは、立花先輩の一言でピタリとやんだ。

「よく来たな久々知」

堂々と上座に腰を落ち着けている立花先輩がにこりと微笑む。
はい、と返しながら軽く頭を下げて一歩を踏み入れた途端、三郎から矢羽根が飛んできた。
名を呼ぶだけの短いものだったけれど咄嗟に飛びのく。

たった今足を置いていた位置に、ぽっかりと一人分の穴が空いていた。
いきなりこれかと思う間もなく着地した場所で何かの仕掛けを踏んだ感触。ギクリと身体が強張ったものの、更に跳んで距離を置いた。

「…………?」
「あれ?」

ひょいと戸口から顔を出した兵太夫が俺の踏んだ仕掛けの上辺りを見上げる。
つられて視線をやると天井が蓋のように開いていた。何かが落ちて来る仕組みだったみたいだが、それが何かはあまり聞きたくない。

「…立花先輩、失敗です」
「当然、そうこなくては」

室内から聞こえるやり取り――立花先輩の上機嫌な声に勝手に顔が引きつる。
緩く息を吐き出しながらふと違和感を覚えた。何か忘れている気がする。

「さて。改めて歓迎しようか、ようこそ作法委員会へ」

落とし穴があった方とは逆側に戸をスライドさせて、立花先輩が満面の笑みを見せた。

「……お手柔らかにお願いします」

俺は溜息をつきそうになるのをぐっと堪え、笑いながらそう返した。

「おや、久々知はここで手合せでもする気か?私は構わんが、それは後にしてもらおうか――伝七」
「はい!久々知先輩、こちらへどうぞ」

楽しそうに笑い、先輩は先ほどの位置へ戻って行く。
どうやらわざわざ席へと案内してくれるらしい。
伝七の足元に注意を払いながら、改めて室内を見て先ほどの違和感に気付いた――綾部と浦風がいない。

「久々知先輩甘いものは大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」

席を示されながらの問いかけにぎこちなく頷いて座ろうとしたが、片膝をついたところで身体が前方に傾いた。

『前にね、床がパカって開く仕掛け――釣り座敷みたいなやつがあったんだけど…あれまだ残ってるかもしれないから――』

名前に聞いた話を思い出しながら飛びのくと伝七が「あ」と残念そうな顔をした。
一息つくつもりで壁に背を預ける。
三郎の言っていたとおり、まごうことなき“からくり部屋”で礼儀正しく、おとなしくなんてしていたら身がもたない。

「久々知、そこは危ないぞ」
「は…」

疑問を口にする前に立花先輩が手裏剣を打つ。一つは天井へ、もう一つは俺のすぐ横に。反射的に身体をずらしたら頭上からふっと影が差した。
よけきれずに肩に当たり、足元に転がるのは学園長先生の生首。

「な!?」

よく見れば作り物(作法委員特製フィギュア)だとわかったが、心臓に悪い。
しかもそれがごろごろ降ってくるなんて、たとえ作り物でも嫌だ。

懐から苦無を取り出して頭上から落ちてくるそれを弾き飛ばす。
せめてもの腹いせにさりげなく立花先輩の方へやったが、あっさりよけられてしまった。

「危ないじゃないか久々知、名前に当たったらどうする」
「何を…」

言っているんですか、と言葉にする前に、先輩の後ろから飛び出してきた人影を見て動きを止めてしまった。また肩に学園長の生首フィギュアが当たる。

人影は小柄でくのたまの制服を身につけた名前にそっくりだ。けど、違う。

「っ、呆けてる場合か兵助!」
「――待…、三郎!!」

すぐ横に降りてきた三郎に驚いたらしいくのたまが怯えた表情を見せる。
俺は咄嗟に二人の間に入り、応戦しようとしていた三郎からくのたまを遠ざけた。

その隙を狙って投げられた網に三郎もろとも捕まって、非常に楽しげな立花先輩の指示でその場に座らされる。
元から逃げる気はないのに、網は取ってくれないらしい。道具は取り上げられなかったので地道に網を切ることにした。

「……あの、久々知先輩」
「………………浦風か?」

落ち着かなげに腰を下ろした名前そっくりのくのたまが微かに頷く。
何か聞きたそうにしていたから先を促すと「ええと」と前置いて背筋を伸ばした。そうしていると更に似ている気がする。

「どうして僕をかばったんですか?」
「そうだぞ兵助、名前じゃないってわかっていただろうに」

不機嫌そうにあぐらを組んで、俺と同じく網を切っている三郎が口を挟んできた。
問いかけに手を止めて考えてみるが、思わず、としか答えようがない。

くつりと笑う声に目をやれば、立花先輩が音を立てて扇を開いたところだった。
…そういえば名前から“相手の弱点を突くのが好きだ”と聞いてたっけ。

「立花せんぱーい、お茶の用意してきましたー」
「すみません、開けてください」

いつの間にか外に出ていたのか一年生二人の声がする。

「ああ、ご苦労。喜八郎、もういいぞ」
「はーい」

網の範囲がギリギリ及ばないところにいきなり穴が空き、綾部が這い出してくる。呆れ顔の立花先輩が「勝手に穴を増やすな」とため息をついた。

「ん?喜八郎、どこへ行く気だ?」
「穴掘ってきます」
「…………今回は特別に許すが次は参加するように」
「ありがとうございます」
「はぁ……藤内も着替えておいで」
「はい」

心底安堵したような表情で胸を撫で下ろす浦風が顔に手をかけ、途中で立ち上がる。
そのまま「ちょっと失礼します」と立花先輩に断って部屋を出て行ってしまった。
何か見られたらまずいものでもあったんだろうか。

「恥ずかしいんだろうよ」
「? なにが?」
「くのたまの制服」
「ああ…なるほど…でも三郎のよりは名前に似てたよな」
「なんだと!?」

少なくとも背丈や体格は浦風の方がよっぽど近いし雰囲気もどことなく近いと思う。

「…でも違うんだよな、やっぱり…」
「手が止まってるぞ兵助。何をブツブツ言ってるんだ」
名前に会いたい」
「…………委員会が終わったら好きなだけ会えばいいだろう」

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