生物委員会(閑話:久々知・前編)
委員会の時間がせまり、そろそろ移動しようかと名前を促すと、彼女は頷いてから表情を曇らせた。
「――大丈夫だよ。そんなに不安そうにしなくても、話をしてくるだけだから」
「…うん」
「名前が教えてくれた目印も、今までの罠も頭に入れた」
「ん、」
「……俺はどうすればいい?」
軽く笑いながら聞けば名前はパッと顔を上げ、何度も瞬きをして不思議そうな表情を作る。
手を伸ばしてきつく組まれていた彼女の手をほぐし、さりげなく指を絡めた。
いつもなら指先が反応して震え、頬に赤味が差すけれど今の彼女は疑問の方が大きいらしい。
「名前を安心させるにはどうしたらいい?」
言い直すと、僅かに目を見開いて意味のない音を漏らす名前が少しずつ顔を赤くしていく。
サッと俯いたかと思えば今度は肩を震わせて一瞬だけ俺の手を握り返し、すぐ緩める。所在無げに彷徨う視線を見下ろして自分の口端が上がった。
そんなに大層なことを言ったつもりはないけど、こうして俺の言葉で照れくさそうにする名前を見るのは好きだ。
「…………怪我、しないで」
「…わかった、気をつけるよ。他には?」
あくまで俺を気遣う名前に心臓が強く鳴った。
絡めたままの彼女の指先が小さく動くのが少しくすぐったい。それを視界の端に捉えながら更に聞いてみたけど、特には思いつかないらしい。
それとも考える余裕がないのかもしれない――そうだといいのに。
「……じゃあ、名前も」
「?」
「怪我するなよ。…八左ヱ門がいるから大丈夫だと思うけど…毒虫はもちろん、気性が荒い生き物もいるって聞くし…」
俺だって名前に負けないくらい、彼女のことを心配してる。
仕方ないとはいえ、一番近くで守れるのが俺じゃなくて八左ヱ門なのが不満だって思ったりもする。
――不思議そうに瞬きを返してきた名前は「あ」と声を漏らし、ゆっくり頷いた。
どうやらちゃんと伝わったらしい。
「うん、がんばってくる」
……伝わったんだよな?
名前が柔らかく嬉しそうに笑うから。程々でいい、と返しそうになった言葉を飲み込んで、代わりに「頑張れ」と笑い返した。
+++
生物委員会の活動に向かう彼女を見送って、あらかじめ三郎と決めておいた場所へ辿りつけば三郎は暢気に昼寝をしていた。
「三郎、起きろ」
「…………うん? ああ……時間か」
溜息混じりに起こすと盛大なあくびをしながら伸びをする。
特に作戦は立てていないが(立てられなかったとも言う)、そもそも立花先輩は“話を聞きたい”という名目で俺を呼び出したはずだし危険は薄いと思っている。
前もって作法室の様子を見てきた三郎曰く「あれはまぎれもなく、からくり部屋だ」らしいから用心はしておくが。
「私は先に行って上で待機しているが、何かあるか?」
「――いや、ない」
言わなくても三郎は見える部分の罠撤去くらいはしてくれると思っているから、緩く首を振る。
癪だけど、やっぱり一人で乗り込むより随分と気が楽なのは間違いない。
「兵助、感謝の言葉ならいつでも受け付けてるぞ」
「…そうだな。ありがとう」
ニヤリと笑っていた三郎は複雑そうに表情を歪めて溜息をつく。どうやら不満なようだ。
「なんだ。ちゃんと言ったろう」
「お前は反応がつまらん!もっと悔しそうに言え!」
「……もう行くぞ」
どうしてわざわざそんな面倒なことを。
三郎を溜息混じりにあしらって作法室へ向かうことにした。
早く行きすぎてもよくないだろうし、遅刻なんてもってのほかだ。
かすかに聞こえた予鈴を合図に足を向けると、俺を追い越しながら三郎が肩を叩いてきた。
「負けるなよ兵助」
――俺は別に戦いに行くわけじゃないのに。
そう考えながらも「ああ」、と返事をしてしまったのは、自分でも何かを試されると思っていたからかもしれない。
委員会体験ツアー!の段 -生物-
1614文字 / 2012.01.11up
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