カラクリピエロ

生物委員会(8)



「どこになにがいるか知ってるだろうけど、一応な」

そう前置きされて、一緒に飼育小屋を回ることになった。
パタパタ走り回って生き物の世話をする一年生に和みながら、世話の仕方を竹谷から聞く。
餌はどれをどんな風にどれくらいの量で、掃除するときにはどこそこにある道具を使って、洗ってやるのは月一でなどなど。

「つーわけで、明々後日に洗うからな」
「は!?」

黙々とメモを取っていた私は思わず顔をあげ、呆然と竹谷を見返した。
――今なんて言った?

「いつもはちょっとずつ何日かに分けるんだけど、名前いるなら分担できるしさ」
「…この日程はそういうこと?」

助かる、なんて朗らかに言ってるけど火薬委員会での蔵掃除といい、どうして私が体験するときに大仕事を持ってくるのか。

「そういえば私、竹谷に文句言おうと思ってたんだった」
「文句?」
「五日間なんて長すぎるでしょ!?」
「ここはどうせならって考えるだろ」
「それでも普通は遠慮するものだと思う」

溜息混じりにこぼしたけれど、竹谷は笑っただけだった。
私に遠慮する気はないと、そういうことだろうか。

「お互い様ってやつだ」
「私はちゃんとその辺見極めてるから」
「嘘つけよお前!」

「――先輩方、そこ通してもらっていいですか」

細切れの野菜だとか木の実だとか、色々なものが乱雑に入っているらしい籠を抱えた孫兵が通りがかる。
わりぃ、と謝りながら竹谷が私の腕まで引っ張るから、勢い負けしてよろけてしまった。

「あ。苗字先輩、あとでジュンコと遊んであげてくださいね」
「……どうやって……?」

籠の中身を狙っているジュンコを優しく諌める孫兵は幸せそうだけど、残念ながら私の呟きは届かなかったらしい。
鼻歌混じりに毒虫が飼育されている一角に向かい、みんなお待たせ、と上機嫌で話しかけていた。

というか、今日は委員会が終わったらなるべく早く戻りたいから、方法を提示されても遊ぶのは無理だ。

「――まあ、時間あるときでいいんじゃないか?」
「……どうせ明日もあるしね」

苦笑しながらの竹谷の言葉に皮肉を込めた笑顔で返したら、誤魔化し笑いになった。

「ほら、次行こうぜ次!」
「いっ!?」

バシ、と肩を叩かれてよろける。
睨みながらそれに文句を言う私に「はいはい」しか返してこない竹谷を更に怒っていたら、びくびくした様子で一年生――孫次郎が近づいてきた。

名前が怖い顔してるから怯えてるじゃねぇか」
「竹谷のせいでしょうが!はぁ……どうしたの孫次郎」
「脱走とかじゃないよな?」
「…はい。ええと…苗字先輩に…」

ささっと竹谷の後ろに移動する孫次郎に若干ショックを覚えながらしゃがむ。
竹谷は彼の頭にポンと手を置いて、私の方へ押し出した。

「なあに?」
「…先輩の鼠が、暴れてて…」
「!? か、噛まれたとか!?」

怖がらせないようにと思ってしゃがんだのに、それを聞いて勢いよく詰め寄ってしまった。
ビクッと震えた孫次郎の手を取って引っくり返す。ぎゅっと握られている指を開かせたところで「あ、あの!」と声をかけられた。

「どこが痛い?」
「落ち着けよ名前。噛まれたなんて言ってねーだろ、なあ?」
「はい…ごめんなさい、噛まれてないです」

よかった。
ホッと息をつくと竹谷が大袈裟だなと笑ったけど、鼠に噛まれると相当痛いんだからこれくらい大袈裟とは言わないと思う。

「大体俺たちにはそんなの日常茶飯事だって」
「そうです…それで、苗字先輩に見てもらおうと思って」
「うん。すぐ行くね」

孫次郎を支えにして立ち上がる。さすがに私の引く力の方がが強かったらしく、孫次郎は数歩よろめいて竹谷の笑いを誘った。

「孫次郎!」
「遅くなってごめん三治郎。苗字先輩に来てもらったよ」

ガタガタ震える箱を手に、駆け寄ってくる三治郎が私を見上げる。
どうやらそこに私の可愛い鼠こと雪丸が入っているようだ。

「掃除しようと思ったんですけど、開けたら飛び出してっちゃいそうで…」
「ありがとう三治郎、それこっちに――わっぷ!」
「……あーあぁ」

お礼を言いながら箱に手をかけると、少し開けただけで中身が飛び出してきた。
思わず落としてしまった箱から床材がこぼれる。

呆れ交じりの竹谷の声と、あわただしくバタバタし始めた一年生二人を確認して、肝心の中身が消えてることに気づいた。

「あれ?雪丸?雪ま――ひっ!?」
「どうした?」

懐で動き回られる感触にぞわっと鳥肌が立つ。
咄嗟に上着の前を開くと、その手を竹谷に思い切り掴まれた。

「な――、なななな、なにする気だこんなとこで!!」
「ちょっと、離して!今それどころじゃないから!うわっ、雪丸待って、ストップ!!」

背中の方に移動する雪丸の動きが非常にくすぐったい。
すぐにでも取り出したくて離せと言っているのに、竹谷は離してくれないばかりか私を引きずり始めた。

「た、竹谷、ちょっと!!」
「いいから来い!」

どこかへ移動したがっているのはわかったけど、今は本気でそれどころじゃないから構っていられない。

「ほんとに、離し、ひあ!?」
「ああああもう!これは不可抗力だからな!」

背中を走るくすぐったさに耐えられずに蹲れば、上からいきなり装束に手をつっこまれて心臓が飛び出るかと思った。

「ななななな!?」
「じっとしてろって!――、~~~~っ、痛ッてぇ!!」

驚きで固まったまま、いきなり表情を歪ませる竹谷を見上げる。
直後くすぐったい感覚は消えて、代わりに片手を胸元に抱えながら、もう片方の手をヒラヒラさせる竹谷のため息が聞こえた。

――竹谷の手の中からはチチッと鳴き声が漏れている。

「ゆ、雪丸、」
「こっちは任せてお前は顔洗って来い!今すぐ!」
「痛ぁ!?」

バシン、と背中を叩かれて、問答無用とばかりに近場の井戸を指される。
痛む背中に手をやりながら振り返ると、竹谷は雪丸の扱いに苦労しているところで(一年生も慌てていた)少し気が晴れた。

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