カラクリピエロ

生物委員会(5)



「……駄目だ、思い出せない」

ゆっくり目を閉じて一息ついた久々知くんは、ぽつりとこぼした。
それは私の行動が原因らしいからなんとも言えない。
思わず唸ると、久々知くんは小さく笑ってうちわの動きを再開させる。

「でも大事なことは覚えてるから…それでいいよ」
「…………私はちっともよくない」

今にも蒸し返しそうな久々知くんから目を逸らして呟くと、聞こえていたらしい不破くんがにこにこしながら「懐かしいなぁ」と言った。

「兵助さ、いきなり“くのたまに告白された”って僕らに言ったんだよ」
「あったあった!どう返事したらいいかわかんないーってね」
「そんな言い方はしてないだろ」

不破くんの話に、簀巻き云々のやりとりから離脱してきたらしい勘右衛門が加わる。
久々知くんはムッとして、うちわを軽く勘右衛門の腕に当てた。風圧で勘右衛門の前髪が揺れる。
涼しいと笑う勘右衛門の奥で、何故か伝子さんに変装している三郎に関節技を決められている竹谷がもがいているのが見えた。

「――なんっで誰も助けねぇんだよ!!」

「いや、それくらいなら自力でなんとかするかなって」
「巻き込まれたくない」
「気づかなかった」

しなを作る伝子さん…じゃなくて三郎の横でゼェゼェ肩で息をしている竹谷が叫ぶ。
笑顔で返す不破くんに、目を逸らす勘右衛門、それから淡々と答える久々知くん。私も久々知くんと同じで気づかなかったから、便乗するように頷いた。

「兵助お前さらっと嘘つきやがって!」
「え、嘘なの?」

見れば、返ってくるのは笑顔。
ドキッとして視線を下げた私の耳には、伝子さんに扮する三郎があの声で『光栄でしょ』と言っているのが聞こえた。

「何がだアホ」
「私と組み手なんて滅多にできないわよぉ」
「頼まれてもごめんだ!」
「――さて、話は脱線しまくっていたが、名前
「……なに?」

表情を引き締めたうえに声まで戻すなら、変装も解いて欲しいと思う。
竹谷はたたらを踏んで眉間に皺を寄せると盛大な溜息を吐き出していた。

「立花先輩が用意周到で手強そうなのはわかった。作法委員として先輩の傾向や手法はわからないのか」

ぱっと立花先輩に変化してあぐらをかく三郎に微妙な違和感を覚える。
見た目はそっくりなのになぁとそれをじっと観察していたら、聞いているのかと溜息をつかれた。

「うーん……あ、相手を怒らせるのが上手い」
「…………他」
「人の弱点をつくのが好き。追い詰めるのも好きみたい。それで気づくと先輩の思い通りの展開になってることが多いかな」

先輩とのやり取りを振り返りながら告げると、みんな黙ってしまう。
私は私で、三郎の変装を見たことで、相手を煽るときの笑みを浮かべる立花先輩を思い出して一人顔を引きつらせた。

せめて違う表情、と思うのに私をからかって遊ぶ先輩しか浮かんでこない。

「――あ、そうか、あぐらだからだ」
「は?」
「なんかいつもと違うなーって。立花先輩って私の前だと正座してることが多いから…うん、すっきりした」

ふと感じた違和感の正体に気づいて口にだすと、三郎が呆れと不機嫌と…よくわからない表情を浮かべて舌打った。
すっくと立ち上がっていつもの不破くんの変装に戻った三郎は、偵察してくると言い置いて部屋から出て行ってしまった。

「…私なにかまずいこと言った?」
「気にしないでいいって。それより罠とかは?穴掘り小僧がいるのは知ってるけど」

勘右衛門が手をひらひら振りながら私の疑問を流す。
続けて聞かれた内容についさっきの思い出話が脳裏をよぎって、思わず久々知くんを見てしまった。

「作法室にあるからくり仕掛け、実は全部把握してないの。気づくと新しいのが増えてるし、体験ツアーが始まってからまともに作法室確認してないから。兵太夫はそういうの考えるのが好きでね、伝七のこと巻き込んで暇さえあれば何か作ってるんだよ。藤内と協力してできるだけ撤去するように…っていうか、勝手に罠に掛かっちゃうことが…その、多くて……」
名前お前…」
「そ、それだけ、二人の仕掛けが上手ってことなの!」

それに作法室は気が緩むというか…
言い訳してみたものの、視線が泳いでしまう。
いつもなら全面的に私に協力してくれる藤内も、気合を入れて立花先輩側に付きそうな気配だったし、どうなっているかわからない。

「藤内って…浦風か、この前医務室でわんわん泣いてた」
「わんわんって…なんで知ってるの?」
「お前なあ、誰が浦風を宥めて事情説明させたと思ってんだ」
「あ、竹谷だったんだ、ありがとう。でね、藤内ってすっごくいい子なんだよ。あの時だって私のために――」

握りこぶしで力説しそうになって、慌てて口を閉じる。
嫁だとか嫁ぎ先だとか、うっかり話したらせっかく藤内に口止めしたのに台無しだ。

危ない危ない、と思った瞬間ふいに腕をつかまれて身体が跳ねる。
力は少し緩んだけど、指が開く様子はない。
手の主――久々知くんはじっと私を見て、微かに目を細めた。

「……名前の、ために、なんだって?」
「ち…力に、なってくれようとした、みたい」
「それ、受けたのか?」

久々知くんの雰囲気がやけに真剣で緊張したものの、咄嗟に浮かんだ内容は我ながら上出来だ。
確認するような問いかけには首を横に振った。

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