カラクリピエロ

生物委員会(4)



久々知くんはなんとも言えない表情で眉間に皺を寄せ、溜息をつきながら私の真正面に腰を落ち着けた。

「…複雑なんだ」

どうしたのかを聞きたがる私の様子に気づいたのか、困ったように笑って肩を竦める。
複雑、と久々知くんが呟いた内容を繰り返すと、彼はチラッと三郎を見た。

名前が心配してくれてるって、ちゃんとわかってる。それに……三郎っていうのがなんか腹立つけど、多少は気が楽になったのも事実だ」
「おい、聞こえてるぞ兵助」

すかさず茶々を入れてくる三郎を無視して、久々知くんは苦笑したまま「格好がつかない」と呟いた。

「俺さ、この前から名前に守られてばっかりだなって」
「だって……、じっとしていられないの。本当は、三郎に任せるんじゃなくて私が行きたいんだよ。でも前みたいに、空振りして逆に足引っ張るなんて、絶対、嫌」

唇を噛みながら、膝上に置いた手のひらを握る。
久々知くんには余計なお世話かもしれないけど、そこはどうしても譲れない。

「……前?」
「な、なんでそこで不思議そうにするの?」
「いや…それって、あれだよな、名前が俺に」
「や、やめて!それ思い出さないで!っていうか忘れてください!」

手をバタバタさせて訴えたら、久々知くんは僅かに見開いた目を瞬かせた後、にっこり笑顔になった。
ドキッと見とれかけて、慌てて首を振る。
あのときの勢い任せの間抜けな告白はできれば忘れて欲しいって、思うのに――

「絶対忘れない」
「~~~~っ、ど、どうしても?」
「…………」
「そこだけでも記憶切り取って、捨てるとか無理?」

我ながらばかなことを言ってる気がするけど、上手い言い回しが思いつかない。
にじり寄って久々知くんの袖口を掴み、なんとか譲歩を試みる。

今なら必殺女の武器(別名、涙)も使えそうな気がする。
涙ながらに訴えて頼み込むとか…、と方法を考えたところで、久々知くんに勢いよく抱き締められて息が止まった。

「……そんなの、無理だろ…」
(私も無理ですこの体勢!!)

「っていうかさあ、思いっきり話脱線してるんだけど」
「兵助に足りないものは忍耐力だな」
「いや、俺はあれ頑張ってると思う」
「…僕たちが全然眼中にないっていうのもすごいよね」

遠巻きにしているらしい(見えない)四人の声に慌てるけれど、久々知くんの腕が緩む気配がない。
さっきからうるさい心臓と、熱くなる顔。うまく息ができなくて、自然と苦しくなっていく呼吸。
手をつなぐのだってまだ緊張するのに、これに馴れるとか、絶対、無理!
動こうとしたら余計に力が強くなって、勝手に身体が震えてしまった。

(肩に頭が、体温が、っていうか首に久々知くんの髪の毛が当たっ、て)

「……名前?あれ、おい、名前!?」

必死な呼びかけと、私の肩を揺する久々知くん。
それは認識できるのに、お風呂でのぼせた時みたいに、頭がうまく働かない。
両想いになる前より悪化してるような気がする、なんてぼんやり考えながら、私はゆっくり息を吐き出した。

「うわ、名前のぼせてない!?何したの兵助」
「お前こんな真昼間から…」
「まだ何もしてない。勘右衛門、そこの水取ってくれ」
「まだって…はい水。なにしようが勝手だけどおれたちの前ではやめてね。雷蔵、そこにうちわ入ってるから出してくれる?」
「兵助だからこうなっちゃったのかなぁ…」

よいしょ、と言いながら不破くんが近くに座った気配がする。
次いでパタパタうちわを扇ぐ音と、緩やかな風が頬に当たって気持ちいい。

「あとで試してみるか?」
「八左ヱ門、三郎を簀巻きにしておいてくれ」
「なんでだよ、めんどくせぇ」
「そうだそうだ!私ではなく勘右衛門が実行犯かもしれないだろうが!」
「さりげなく巻き込もうとすんな!」
名前、冷やすか?それとも飲む?」

久々知くんの問いに、飲むと返した私の耳に不破くんの苦笑が届く。
相変わらず送られてくる風の心地よさに息を吐きながら、栓が開けられた竹筒を受け取った。

「代わるよ雷蔵」
「ん?じゃあ、はい。それで、兵助が気にしてたことってなんだったの?」
「ああ…俺が立花先輩に引っ掛けられたのって、前に塹壕に突き落とされたあれだけだと思ってたんだけど……違うのかなって」

パタ、と動きの止まったうちわと、向けられる視線に動揺して水が少しこぼれる。
これじゃあ“そうです”と言っているようなものだ。

以前、作法委員が(余計な)親切で実行してくれたあれこれについて、久々知くんは全部知っているような気でいた。けれど、それは自分の勘違いだったらしい。
今ごろになってバレるとか、そんな、まさか。

「――……不自然だなーって思うとこ、なかった?」
「…うーん…そう言われても、実はよく覚えてないんだよな。名前の印象が強すぎて」
「……いじわる」

竹筒を握り締めながら言えば、久々知くんは楽しそうに笑って(私はこれに滅法弱いのに)「教えてくれないか」と優しく言った。
私は久々知くんの笑顔に負けたうえに軽く自棄になっていて、一度謝ってからあの日のことをポツポツと話し始めた。

久々知くんの呼び出しと、あらかじめ配置された罠。それにことごとく引っかかるような誘導と、持ち道具を使わせるための妨害をして、最終的には久々知くんがあの塹壕へ辿りつくように――これは想像だけど――立花先輩が動いていたこと。

ちら、と久々知くんを見ると、彼は顎に手をあててじっと考え込んでいた。

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