カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知)



『手を、繋いでもいい?』

まさか名前がそんなことを言い出すとは思わなくて、一瞬夢かと疑った。
言い出した割に俺の方をちっとも見ない名前は忙しなく視線を動かしていて、そわそわと落ち着かなくて。ついでに微妙に及び腰だった。
自分から一年は組へ行くと言ったくせに。

怖いのかと指摘してあっさり頷かれたのも内心少し驚いた。
同時に俺はそんなことも知らなかったんだなと衝撃を受けたりもしたけれど、そういう色々なことはこれから知っていけばいい。

びくびくしながら俺の差し出した手を握るから、安心させようと彼女の手を握り返したら(相変わらず視線は泳いでいたけど)、ピクンと反応して表情を緩ませたのが本当に可愛かった。
その後で意識したのか段々赤くなるものだから尚更。

ガタン、と近くで音が鳴る。
ビクッと伝わってくる振動と軽く引かれる手につられて足を止めれば、きょろきょろしながら身を寄せてきた名前が繋いでない方の手で俺の腕――辺りの装束を掴んだ。

怖がっている彼女を安心させてやろうと思うのに、腕に当たる温かさと柔らかさに気をとられてなかなか考えがまとまらない。

「……名前
「ななな、なに!?」
「な、何でも、ない…」

――駄目だ。

咄嗟に空いていた手で目元を覆って俯く。
彼女の胸元へ引き寄せられていた視線を自覚して、なんとも言えない気分になった。

(俺って……)

八左ヱ門曰く“むっつり”らしいが、やはりそうなんだろうか。

名前は俺の動作で何かを勘違いしたらしく、あからさまに動揺して「何か見えたの!?」と聞いてくる。
この密着状態で、そんな風に涙目で見上げないで欲しい。

「ま、ままさか……ゆ、ゆ……違うよね!?」

言葉にするのも苦手なんだろうか。
名前は察してと雰囲気に滲ませながら、同時に否定して欲しいと訴えてくる。
その必死な様子に、俺は深呼吸をしてからゆっくり頷いた。

「ちゃ、ちゃんと、言葉で…!」
「何も見てない…というか、たぶん風で窓が揺れただけだよ」
「そうだよね、風、風、風」

ぶつぶつ言い聞かせながら足を進める名前に『見えた』と言ったらどうなるんだろう。
興味を惹かれながらも、ついには魔除けの呪文を唱えだした名前をおどかすのはさすがに可哀想だろうと思い直す。

結局自身との葛藤に忙しく、ろくに名前を気遣ってやれないまま一年は組に到着した。

明確な目的が決まっているとそれに集中できるのか、名前は「よし」と気合を入れて一点を見据えた。
おもむろに畳を持ち上げる動作に迷いがないことにぎょっとする。
自分たちの教室でないことは重々承知しているが、基本的に作りは同じだから見ていてなんだか落ち着かない。

裏に何か細工している名前に声をかけたものの、あっさり“気をつける”で流されてしまった。
黙々と罠をしかける名前はくのたまそのもので、そんな彼女を目にするのはとても珍しいとわかっているのになぜか素直に喜べない。
逆に対象者である一年生に応援を送りたくなったくらいだ。

苦無に細い糸を通して、これまた躊躇いなく天井に投げつけるものだから、驚いて反射的に問いかけてしまった。

「釣押もどき?」
「いや、罠の種類を聞きたいんじゃなくて…」

天井を見ると深々と突き刺さっている苦無。そこから伸びている糸の先に黒板消しを括りつける名前。その黒板消しはこの教室のものだろうか。

「天井って案外見ないものだよね」
「…………寝るとき以外な」

やけに手際がいい名前を半ば呆然と見ながら、よくわからない返答をしてしまった。

気が済んだのか、名前は額を拭う動作をしながら(汗をかいたわけじゃないと思うが)満足そうに微笑んで腰に手をあてた。声をかけようにも、よかったな、ともお疲れ様とも言いづらい。

「久々知くん、付き合ってくれてありがとう。帰ろっか」
「――そうだな」

名前にここまでさせる兵太夫は彼女に何を言ったんだろう。
ふと頭をよぎったものの、にっこり笑う名前を見てまぁいいかと流してしまった。




-閑話・了-

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