カラクリピエロ

火薬委員会(20)



「土井先生、まさか昨日の分書いてくださったんですか!?」

活動内容をまとめた後でサインをもらおうと、返却してもらった巻物を広げた私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
先生に焔硝蔵の鍵を返しながら今日の報告をしていた久々知くんの声が止む。
邪魔をしてしまったという思いが首をもたげたけれど、私の目は巻物上の綺麗な文字に釘付けで、それを追うことに神経を使ってしまっていた。
昨日の活動内容に加えて土井先生のサインもばっちり書いてある。

「やはり勝手に書いたらまずかったか?」
「いえ、すごく助かります。ありがとうございます」

書き終わってから気づいたんだ、と漏らす土井先生に慌てて首を振る。
自分だったらこんな面倒なこと頼まれてもごめんだけど、やってもらうのは大歓迎だ。
それをしてくれたのが先生なのは驚きだけど。

楽できる、と内心でこっそり思いながら、久々知くんに邪魔したことを謝る。
苦笑で許してくれた久々知くんの報告の合間に、土井先生から許可をもらって今日の分を書くことにした。

書きながら、ふと昼間に山本シナ先生から褒められたことを思い出した。
授業の準備ができなくなるほどの怪我をしたのは詰めが甘い、とも言われたけれど。
でもその褒められた内容がよくわからなかった。
良くも悪くも忍たまに影響を与えられる云々…笑顔の先生につられて「はい、ありがとうございます」と誤魔化したのもあるけど、直後の

『その調子で色気も磨けるといいですね』

――この一言が衝撃的過ぎて、直前の内容なんて覚えていられなかった。

どうやって磨くんですか先生。そこは教えてくれないんですか。
などなど、私はシナ先生を質問責めにしていた気がする。

(途中で土井先生が入ってきたから中断されちゃったけど……)

そういえばすごい勢いで謝られたなぁというのを思い出して土井先生をちら見してしまった。
久々知くんもそうだけど、全然謝られるようなことじゃないと思っていたから(シナ先生は私と土井先生のやりとりを見てころころ笑っていた)、逆に恐縮したくらいだ。

名前、書き終わったなら貸しなさい」
「あ、はい。お願いします」

久々知くんの報告はとっくに終わっていたらしい。私の筆が止まっていたことに気づいた土井先生が促すのに合わせて巻物を提出する。
内容を確認している土井先生を待ちながら久々知くんに目をやると、微笑まれてドキッとしてしまった。

「ど、土井先生、あの、は組の…兵太夫の席教えてくれませんか」
「兵太夫の席なら…って何する気だ?」

誤魔化すように手振りを交えて言う私に、筆を滑らせていた土井先生はその手を止めて顔をあげた。

「可愛い後輩にちょっと…それと近々遊びに行きます」
「……くれぐれも問題は起こしてくれるなよ」

考えるそぶりを見せた土井先生はそれだけ言うと、あっさり兵太夫の席を教えてくれた。
それから丁寧に巻物を巻き、紐をかけ、それを手渡しながら頑張ったな、の一言付きで頭を撫でられた。

――やっぱり下級生扱いされている気がする。

微妙にひっかかりを覚えながら久々知くんと共に先生の部屋を後にする。
今度こそ斜堂先生に会おうと思ったのに、部屋の明かりが点いていない。タイミングが悪いなと項垂れる私の耳に、躊躇いがちな久々知くんの声が聞こえた。

「あのさ、」
「ん?」
「は組って、一年は組だよな?何しに行くんだ?」
「……罠を仕掛けに」
「は?」

ぎょっと目を見開く久々知くんに「一緒に行く?」と問いかけるとぎこちなく頷かれる。
そろそろ夕飯の時間だけど、そのほうが都合がいい。
私は久々知くんを伴って揚々と忍たまの校舎の方へ足を踏み出した。

+++

兵太夫の席に罠を仕掛けることしか考えてなかった私は、校舎の暗さや雰囲気なんて全く考慮していなかった。
夕飯時で人が居ないのは丁度いいなんて思っていたけど、静か過ぎる。普段気にならない床板の音がやけに大きく聞こえるのもマイナスだ。

「一年は組ならこっちから行ったほうが近いな」
「あ、あの…久々知くん…」
「なんだ?」
「手、手を、繋いでもいい?」
「……え!?」
「それか服に捕まらせてくれると…」
「…………もしかして、怖いのか?」

無駄にきょろきょろしていた私は久々知くんの問いに頷くだけで返す。
今はかっこ悪いと思うよりも恐怖心のほうが大きい。
差し出された手を握ると強く握り返される。感じる体温に安心して息をついたところで羞恥が来た。
一年生や二年生にお願いするのは平気なのに、相手が久々知くんというだけでものすごく恥ずかしい。恥ずかしいけど怖い。
ドキドキとびくびくが交互にきて忙しい私の様子がおもしろかったのか、久々知くんがクスと笑いを溢した。

「…なんか、こういうのいいな」
「え、ええ!?なにが?恐怖体験が!?」
「そうじゃなくて……名前はあまり人に頼ろうとしないだろ?だからさ、嬉しいなって」

言いながら笑う久々知くんが眩しい。
校舎の中は薄暗いのに、そう感じるのが不思議だった。

久々知くんと一緒じゃなかったら『は組』に辿りつく前にリタイアしてた、絶対。
土井先生から教えてもらった兵太夫の席の畳を持ち上げながらつくづくそう思う。

「…名前、一応二人掛けみたいだぞ」
「巻き込んだりしないように気をつけないとね」
「…………そうだな」

窓際に寄りかかって私を見る久々知くんはとても複雑な表情をしている。
危険な罠じゃないからと言うと更に複雑さが増した気がした。

その後も一人でごそごそしていた私を見守っていた(というのが一番正しいと思う)久々知くんに「帰ろう」と声をかける。
久々知くんは窓辺から離れて私の仕掛けた罠を一瞥すると、苦笑しながら手を伸ばした。

「…帰るんだろ?」
「うん…」
「早くしないと置いてくぞ」
「それは駄目!」

引っ込められそうになった手を慌てて握ると楽しそうに笑われてしまった。
内心やられた、と思ったけど本当に置いていかれても困る。
それに――

(そんなに嬉しそうにするの、反則だと思う……)

笑顔の直撃を受けて熱くなる顔を僅かに伏せて、引かれる力に任せたまま忍たまの学び舎を後にした。

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