カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知・前編)



名前は俺を庇うように腕を広げながら、立花先輩に向かって「せめて私も同席で」と駆け引きを持ちかけていた。
まるで守られているようで、これって立場逆じゃないかと思いながら“俺のため”に動く名前に湧き上がる嬉しさを抑えきれない。
緩む口元に手をやる。顔が熱い。

「久々知は愛されてるなぁ」

あはは、と笑いながら後ろを通る善法寺先輩の言葉に肩が大きく震えた。
ひと目見て落とし穴に落ちたんだなとわかる善法寺先輩は手馴れた様子で棚を漁る。
途中でふと手を止めて俺を呼ぶと、座りながら自分の前をたたいた。そこに座れということだろうか。

「――何度言われても駄目なものは駄目だ」
「じゃあ藤内、お願い」
「すみません先輩、僕も苗字先輩はいないほうがいいと思うんです」
「藤内っ」

目を離した隙にまた無茶をしないか心配だったけれど、先輩を無視するのも気が引ける。
僅かに逡巡したものの、「名前のことだから」と笑顔で促されて結局善法寺先輩の前に正座していた。

「…というか、何故俺に?」
「さっきも危なかったから一応忠告だよ。抱き締めてもいいけど背中には触らないように気をつけてあげて」
「は、はい、気をつけます」

…………なんだこれ。
なんで俺、先輩からこんなレクチャー受けてるんだろう。

とは言え、名前の無事を確かめたあと思い切り抱き締めそうになったのは事実だ。
あの場で善法寺先輩が止めてくれなかったら絶対痛い思いをさせていた。

(いや、やっぱりおかしいって)

ものすごく自然に受け入れられていたから深く考えなかったが、善法寺先輩が俺と名前の事情に通じてるのもなんだか微妙だ。大方立花先輩のせいなんだろうけど。

「あと今日の委員会活動だけど」
「あ、それはもちろん休ませます」
「うん。でも名前は頑固だからなぁ…責任感も強いし、軽めの仕事振ってあげたほうが喜ぶかもね」

名前のほうを見て、苦笑気味に言う善法寺先輩の話を聞いていると胸がざわつく。
ふふ、と穏やかに笑った先輩は僅かに首を傾げて「気になる?」と呟いた。

「何がですか」
「僕が名前に詳しい理由」

詳しい、とはっきり口に出されて僅かに眉を潜めてしまった。すぐに戻したけれど、善法寺先輩は気づいただろう。
自分の傷を手当しながら俺の反応を楽しんでいるようで、六年生はやっぱり苦手だと思った。

「なんか今日の久々知面白いなぁ。そんなたいした理由はないんだよ。名前がここの常連なだけだから」
「…そんなに、怪我してるんですか」
「昔はね、実技授業の後は必ずってくらい来てた。委員会に入った後とか…ペット飼い始めた時期とかもよく来てたね。だんだん減ってはいたんだけど、最近またよく見る気がするな」

前よりも活動的になったからかな、と俺を見て微笑む善法寺先輩は名前の変化をいいものだと捉えているように感じられる。
けれど、俺は最近怪我が増えているという点がどうしても気になった。

――……俺のせい、なんだろうか。

膝上に置いた手をゆっくりと握り締める。
目を閉じると数刻前の血の気が引く感覚を思い出した。

+++

裏山での実習に使うからと火薬を取りにいった『ろ組』の三人が時間になっても現れなくて、減点になったりしないかと勘右衛門と話をしていた最中だった。

「――兵助、名前が火薬壷に埋められた」
「あ?」
「どういうこと?雷蔵と八は?」

ほとんど反射で返した俺は三郎の表情を見て口をつぐんだ。珍しく焦っている。
三郎は自分でもわかっているのか、雷蔵に真似た前髪をくしゃりと掴んで大きく息を吐き出した。落ち着こうとしているんだろう。

わかっていたのに、それを見たら待ちきれなくて――気づけば三郎の装束を掴んでいた。

名前は!?」

慌てて止めに入った勘右衛門が俺の手を三郎から剥がす。

火薬壷の下敷きと聞いて、昨日危ないと確認したあの棚だという妙な確信があった。
同時に嫌な予感ばかりが浮かぶ。
壷は重いし数もある。打ち所が悪ければ――

心臓の音がうるさい。指先が一気に冷たくなったような気がした。

「大丈夫だ、雷蔵が医務室まで運んで新野先生も無事だと保証してくださった。近くに三年の浦風もいたんだが…こっちは八が事情を聞いてるはずだ。…いいか兵助、お前はこのまま授業に出ろ」

私はそれを伝えに来た、と淡々と告げる三郎に、勘右衛門の制止を振り切ってもう一度胸倉を掴みあげていた。

「なんで!」
「なんで?わからないのか?兵助、お前自分が授業放棄して名前に会いに行って、あいつが喜ぶと思うのか」
「っ、だからって、」
「今日の授業内容言ってみろ」
「…………少人数編成によるチーム戦」
「指定された最少人数」
「……五人」
「リーダーは?」
「……俺、だったな」

三郎との問答に応じているうち、少し冷静になれた。
自分が抜けたら他の四人も巻き添えで成績に赤をつけられる。

それを自覚した上でどう答えるのか、三郎は俺の返答を待っていた。

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