カラクリピエロ

久々知くんによって作られた暗闇の中、さすがに落ち着かなくなってきた。
近いし、藤内の視線も相変わらず突き刺さってるし。
優先順位の関係で久々知くんに寄り添ってしまったけど、やっぱり薬の臭いだって気になる。いやいやそれより手をどけてと言うのが先だろう、よし。

「うわ、何これむさい！」
「善法寺先輩、そりゃないっすよ！」

決心して口を開いたのに、それを挫くように善法寺先輩が戻ってきたらしい。
竹谷がすかさず返すと、続けて勘右衛門が「泥だらけですね」とどこか感心したように言った。

――って暢気に聞いてる場合じゃない。

よしもう一度、と気合を入れた直後に開けた視界に何度も瞬きをする。
久々知くんは膝立ち状態だったのか、私の横で座りなおしたようだった。

「ん？どうした名前」
「え、あ、さっき…なんで目隠し？」
「…名前は気にしなくていいよ」

そう言われたけど、視線をずらして呟く久々知くんはぎこちなくて余計気になる。
じっと見る事で訴えかけていると、少しは効いたのか躊躇う様子を見せた。

「や、やっぱり言わない！」
「ええ！？」

期待したのに！
久々知くんに詰め寄りそうになる私を止めたのは、逆側にいた立花先輩だった。

「名前、その辺にしておいてやれ。なに、久々知が思い切り照れて赤面しただけの話だ」
「た、立花先輩！！」

ふふん、と笑う立花先輩は思わぬ伏兵ってやつだったのかもしれない。
そのまま立ち上がって善法寺先輩を呼ぶ立花先輩を、久々知くんは慌てたように腰を浮かせて呼び止めていた。

立っていれば久々知くんの珍しい表情が見られたかもしれないのに、下から見上げるしかないのが惜しい。

（赤面久々知くんみたかった…）

二人がどんなやりとりを交わすのか気になったものの、藤内が袖を引くことで私を呼ぶから応えるように笑った。

「藤内、耳貸して」
「え！？」
「いいから、ほら」

私の袖を掴んでいた手を逆に捕まえて藤内を引き寄せ、こそっと「嫁ぎ先の話は内緒」と告げた。
藤内は数回瞬いたあと、久々知くんを見てから私に向かって優しく笑う。

「苗字先輩を大事にしてくれる方ならいいです」
「う、うん、だいじょうぶ」

藤内の中では久々知くんで確定してしまったらしい。
確かに私の思い描いた人も久々知くんだから間違ってないんだけど。嘘とはいえ、なんだか妙に照れくさかった。

「あとで久々知先輩とお話してもいいですか？」
「と、藤内…？」
「苗字先輩は僕ら作法委員にとって大事な先輩ですから、直接確かめさせて欲しいんです」

にこっと音がしそうな微笑はとても可愛い。その言葉だって嬉しい。
けど、どうしてか立花先輩の顔がチラついた。
湧き上がる不安を決定付けるように、件の立花先輩が口を挟む。久々知くんと話してたはずなのに、立花先輩は耳が二つよりも多いんじゃないだろうか。

「それはいいな。久々知、あとで時間をもらおうか」
「構いませんが…用件はなんでしょうか」
「そう身構えるな、ただ話を聞きたいだけだ。ああそうそう、名前は参加できんからな」

当然とばかりに付け足された内容にぎょっとする。
藤内に向かって喜八郎やら伝七、兵太夫の都合も云々言ってることからして作法委員総出のつもりらしい。
そんなところにみすみす久々知くんを預けるなんて不安すぎる。

「わ、私をのけ者にしてなにする気ですか！久々知くんに何かしたら先輩でも容赦しませんからね！？」
「名前ごときに私が負けるわけなかろう」
「私が無理でもあの四人がいます！」

善法寺先輩を囲んでいた四人を指して言うと、彼らは揃って目をパチパチさせた。

「え、おれたち、いつの間にか巻き込まれてる？」
「なに、僕らと立花先輩の対決？」
「私はむしろ大歓迎だが」
「当然のように俺ら使う気満々な名前はどうなんだよ」

突然水を向けられた形になった四人が困惑するのも当然だと思ったが、今は立花先輩から目を逸らさない。本気だということをちゃんと示さなければ。
立花先輩はくつりと笑うと私の額をピシと指で弾いた。

「いたいっ」
「……早とちりが過ぎるぞ阿呆め」
「言葉だけにしてください！」
「久々知にお前の話を聞くだけだ。なに、作法委員なりの歓迎はするかもしれんがな。なあ藤内？」
「はい！」

それが不安だって言ってるんですよ。
藤内もそんなにいいお返事しなくていいから！