カラクリピエロ

火薬委員会(10)



考えた末、私は真剣な瞳に向き合って軽く微笑んだ。
自覚してしまったせいか背中がズキズキしてきたけど、それを藤内に悟られないように普段どおりを意識する。

「…藤内、そう言ってもらえるのはすごく嬉しいけど、私のこれって打ち身……、打撲だっけ?よくわかんないけど痕は残らないと思うし、そこまで思いつめなくても大丈夫だよ」
「でも、万が一ということがあります」

頑として譲る気配の無い藤内に思わず唸ると、眉尻を下げた藤内がかすかに首を傾げて私を伺うように見た。

「…………僕じゃ、駄目ですか」
「い、いや、藤内はすっごく素敵に成長すると思うし、申し分ないけどそれとこれとは違うっていうかね!?」

俯いてしょんぼりしてしまう藤内に慌てて手振りを交えて付け加えると、ズキリと思い切り痛みが増した。これじゃあ阿呆だの間抜けだの言われても反論できない。
思わず床(というか布団)に手をついて浅く呼吸を繰り返すと、ぽつりと藤内の声が聞こえた。

「既に嫁ぎ先が決まってるんですか?」
「そう、そうなの!」

よし、これだ!と思って反射的に返事をしてしまったけれど、当然そんなものは決まっていない。
ふっと浮かんだ久々知くんの顔を慌てて手で追い払おうとして、思いとどまる。

(…名前言わなければ、いいかな)

存在を借りて信憑性の高い嘘をつくのはどうだろう。
藤内にも本人にもばれなければ問題ないと思うし。

「――だからね、藤内が気に病む必要は全然ないんだよ」
「…………忍たまですか?」
「黙秘します」

そう返すと、藤内は私をじっと見て少し考えるように何度か瞬く。
私から視線を逸らして小さく「わかりました」と言う藤内は困ったように笑った。

「……苗字先輩ってあまりつっこまれたくないとき敬語になりますよね」
「え」
「今度、紹介してください」

あれ?これって私の黙秘は意味ないよって言われた?
でも相手の名前まではわからないだろうし、まだ誤魔化すことはできる、はず。

内心軽く焦りながら藤内の様子を伺うと、彼はこっちをじっと見てから私の両手を軽く握った。

「怪我の心配くらいは、してもいいですよね?」
「……藤内……」
「善法寺先輩探してきます」

言い残してパタパタ出て行く藤内の背中を見送る。これから追求されるかもしれないな、とか、どうしようかを考えようとしたけど――そろそろ限界だ。
足音が聞こえなくなった辺りで思い切り布団につっぷした。背中が痛い。

「――名前、大丈夫かい?今薬を出すからね」
「え、善法寺先輩?あれ、藤内は…?」

薬棚をいじる先輩に疑問を投げると、ぴたりとその手が止まる。
振り返りざま「仙蔵」と呼びかけるのを聞いて、立花先輩もいたのかとぼーっとした頭で考えた。

「仕方ないな。貸し一つだ」
「元はといえばお前が僕を引っ張ったからだろ!?」
「聞かれていたなんて知ったら藤内が傷つくだろうが。それと名前、先ほどの話…是非とも私にも詳細を聞かせて欲しいものだな」

喉で笑って、医務室から出て行ったらしい(突っ伏していたせいで見えなかった)先輩が言い残した内容を反芻する。
藤内との会話を聞かれていたようだけど、終盤にいたのは確実らしい。

立花先輩はいつもいつも嫌なタイミングで居合わせる。
偶然とは思えないくらい。

「いや、今回はさすがに偶然だよ」
「…………え」
「元はさ、新野先生に頼まれて鉢屋が僕を呼びに来たんだ。名前を運んだのは不破らしいんだけどね」

流れがよく理解できない。
詳しく聞きたかったのに、善法寺先輩は「僕もよくわかんないや」と笑って患部の手当てを終えた。背中に塗られた薬の臭いにうんざりする。

「打ち身だけで済んでよかったね。そういえば名前の身体が緩衝材になったおかげで割れた壷も無いらしいよ」
「……お役に立ててなによりです」

ものすごく複雑ですが。
でも、おかげで火薬委員会が在庫管理で苦労することはなさそうだ。
そう思いながら装束を直している途中、医務室の戸が壊れそうな勢いで開いた。

名前!!」

「え、久々知く――」
「だ!だめだめ久々知!ちょっと待った!」
「っ、善、法寺、先輩、名前は!」
「久々知、とりあえず落ち着こうか。名前は見ての通り元気だから。背中に打撲、他に目立った怪我は無い」

久々知くんを認識したのと同じくらいに、善法寺先輩の背中に視界を塞がれてしまった。
息切れしているのも、善法寺先輩に注意されてるのも珍しい。

「落ち着いた?」
「……はい。ありがとうございます」

なら大丈夫かな、と溢した善法寺先輩が私の前から移動するのと、しゃがみながら私の頭を抱え込む久々知くんはどっちが早かったんだろう。

「せめて僕が出ていくまで待ってくれよ……」

頬に当たる布の感触を実感して徐々に熱くなる耳に、先輩の呟きが聞こえた。気がした。

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