火薬委員会(9)
――やっぱり寝不足はよくない。
しょっぱなからの居眠りが原因で次の授業の準備を命じられた私は腕を組み、一人頷きながら廊下を歩く。
山本シナ先生は私の顔を見て次の授業内容(火薬を使うそうだ)を決めたように見えた。
土井先生のところへ寄って鍵を借りようと思ったら、私よりも少し先に借りていった忍たまがいるらしい。
入れ違わないように急いで蔵に向かうと、鉄の扉に手をかけている三年生の装束が見えた。開けているのか閉めているのかすぐには判断できなかったけど、その後姿には見覚えがある。
「藤内?」
「わ、びっくりした…こんにちは苗字先輩」
振り返って私を認めた途端、にこっと笑う藤内に駆け寄る。
なんだか会うのが久々な気がする。
藤内も同じことを思っていたのか、はにかみながら「お久しぶりです」と小さく言った。
「作法室にはよく行ってるんだけど、なんでか藤内には会ってなかったね」
「いつもなら委員会以外で会うほうが珍しいのに、不思議ですね」
「……どうしたの藤内、なんか…照れてない?」
「い、言わないでくださいよ!僕だってわかりません!」
ぎこちなく私をチラチラ見上げるから指摘すれば、拗ねたように言って扉を開けた。
久々に親戚のお姉さんと再会、みたいな感覚なんだろうか。藤内と会わなかった期間なんてここ数日程度だと思うのに。
「かわいいなぁ藤内は」
「……別にいいですよ、それで」
「あれ、嫌がらない」
「…そういう時もあります」
一年生二人もそうだったけど、妙に反応がおとなしいとこっちが戸惑う。
物足りないなと思ってしまうのは毒されている証拠だろうか。
「ところで藤内は授業?予習?復習?」
「今回は授業です。予習もしたかったんですけど先生に止められてしまいました」
「藤内はやりすぎるとこあるからねぇ……」
言いながら、足元に落ちていた紙を拾った。
なんとなく目に付いたものだったからそうしたけれど、そこに書いてある“×”印にギクリとした。
――名前、この棚は危ないから――
嫌な予感を押さえ込み、久々知くんの言葉を思い出しながら棚を数える。
腕を伸ばして壷を取る藤内がいるのは左から、
「藤内だめ!」
「え?」
壷が棚の板を掠めて藤内の腕の中に納まる。
私が呼んだせいでこっちを向いた藤内の後ろで、棚が傾くのがやけにゆっくりに見えた。
+++
「うっ……く、……ひっ、」
耳に届く嗚咽に気づいて何度か瞬く。
ぼんやりとする視界のなか、妙に息苦しい。
うつぶせになっているせいかと思って身体を起こすと、ズキリと背中が痛んだ。
原因を思い出そうとするより先に、真っ赤な顔で涙をボロボロ溢して私を見る藤内の方へ手を伸ばす。
「っ、……苗字、せん、ぱ……」
泣きやませようと思って頭をなでたのに、藤内は余計顔を歪めながら「ごめんなさい」を繰り返していた。
現状から察するに、私は藤内をちゃんと助けることができたらしい。
(…けど衝撃に耐えられなくて気絶して、ここ…医務室に運ばれたって感じかな…)
藤内に怪我が無いようでなによりだけど、明らかに自分のせいだと悔いている藤内にどう言おうか考える。
藤内のせいじゃないって言ったところで真面目なこの子は絶対気にするだろうし、自身を責める気がする。
とりあえず泣きやまない藤内の腕を引いて、軽く抱き締めながら背中をぽんぽんとたたいた。
「あれは藤内が前もって気づけることじゃなかったし、私が好きでしたことだよ?」
「で、でも…、先輩、が……怪我、」
「先輩が後輩守るのは当然でしょ。それに、危ないって知ってた私が藤内見捨てたらそれこそ大後悔だよ。二度と藤内に会えませんってくらい」
藤内は私の腕の中で身じろいで、額を私の肩に押し付けた。
それはいやです、と呟くのが聞こえて背中をなでていた手を止めると、ひく、としゃくりあげる音がした。
「でも、せん、ぱいは、女性、なんです」
「うん。そう…だ、ね?」
藤内の言いたい事がよくわからなくて首を傾げると、藤内は背筋を伸ばして私を真っ直ぐ見た。
鼻と目元が赤い。こんなに思い切り泣いた顔を見るのは初めてだなと思っていたら、藤内は涙の痕を腕でゴシゴシこすって、軽く握った両手を膝に置いた。
「先輩の怪我が残ったら、僕が苗字先輩を嫁にもらいます!」
「………………は?」
あまりにぶっとんだ内容にぽかんとしながら藤内を凝視する。
彼はいたって真剣で私から目を逸らさない。
「いや、ちょっと、藤内?」
「僕は本気です!」
痛みが増してきた背中が気になりつつ、私はどうやって藤内を落ち着かせようか頭を悩ませることになった。
「…仙蔵、笑いすぎだよ」
「いや微笑ましい限りだ。責任感のある男だな藤内は。さすが私の後輩だ」
「はは…っていうか入るタイミングが全然わからないんだけど」
「ここでも不運を発揮するとは、やるな伊作」
「嬉しくない」
委員会体験ツアー!の段 -火薬-
2053文字 / 2010.12.14up
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