火薬委員会(7)
夕飯は何を食べたのか、覚えてない。
久々知くんにくのたま長屋の入り口まで送ってもらって(いつもはその場で解散なのに)もうお風呂にも入った。布団も敷いた。横になった。
なのに――全然眠くない。目が冴えて眠れない。
いい加減寝ないと授業に支障がでてしまうと思って無理やり目を閉じる。
――――俺は、名前が
「あああああもぉぉおおおお!!!」
「名前うるっさい!今何時だと思ってんの!」
がばっと布団を払いのけ、身体を起こし布団を踏み均すようにウロウロしていたら突然怒鳴りこまれてヒッと息を呑んだ。
「ご、ごめんなさい!」
反射的に謝る。
私の部屋の戸を開けた姿勢で大きく溜息をつくのは隣室の友人だった。彼女は寝乱れた髪をだるそうにかきあげて――色っぽくてつい見惚れてしまった――戸口に寄りかかりながら腕を組む。
「虫でも出たの?」
「…それなら、まだよかったんだけどね…」
「は?どっち?」
「でてません、すみません!」
声音から苛立たしげな色を感じ取って即座に訂正した。謝罪まで口から飛び出したことが幸いしたのか、彼女は呆れ混じりに笑う。
よかった、これ以上怒られずに済みそうだ。
「眠れなくて騒ぐ元気があるなら外でも走ってくれば?」
「……実は怒ってるね?」
「この前みたいに倒れるまでっていうのはなしにしてね。迷惑だから」
ふふ、と綺麗な笑顔とともに言われてしまい(やっぱり怒ってる)、私は「はい」と答えるしかなかった。くのたまこわい。
おやすみの挨拶をして友人を見送った後、布団の上で正座する。
悪あがきをしようと思ったけど、また久々知くんを思い出して勝手に顔が熱くなってしまった。
(散歩してこよう)
走って汗をかくのは嫌だからと誰にともなく言い訳をして忍装束に着替え、音を立てないように部屋を出る。角部屋でよかった。
――ここに追いやられたのは部屋に虫が出る度大騒ぎして宝禄火矢(立花先輩作)をむやみに投げ、数度にわたり長屋を破壊したのが原因だったりするんだけど…実は気に入ってる。教室までの距離はとても遠いけど。
歩きながら髪はどうしようか考えて、面倒だからこのままでいいやと放置した。
夜風がひんやりとして気持ちいい。自主鍛錬している人がいるのか適度に物音がしていて、変に恐怖感が湧いてくることもない。
「……夢じゃ、ないんだよね……」
確かめるために声にすれば心臓がドクドク速くなる。
宥めようと装束を握ってみたけれど、ドキドキしすぎて気持ち悪くなってきた。
そのままずるずるその場にしゃがみ込んで呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
――ギンギーン。
遠くで聞こえる何かの鳴き声に合わせて吸って、吐いた。
うん、だいぶ落ち着いてきた。
眠れるように外にでたはずなのに、余計具合を悪くしてどうするんだろうと自分に呆れて苦笑する。
「名前?」
「!?」
呼ばれたことに驚いて顔をあげると、軽く息を切らせた久々知くんがいた。
あまりにも出来すぎていて、幻かと一瞬疑う。何度瞬いても消えない幻は一歩私に近づいて「どうした?」と手を差し伸べながら優しく声をかけてくれた。
「……どう、して……」
「ん?」
「これじゃ、ますます眠れないよ」
口から零れ落ちてしまった言葉とは裏腹に、私の手は久々知くんの手をつかむ。
ぐっと引きあげられながら、会えた嬉しさで顔を緩ませていた。
「久々知くんは自主鍛錬?」
「それもある。けど、逃げてきたっていうほうが正しいかもな」
苦笑する久々知くんに尋ね返す代わりに首を傾げると、久々知くんは空を仰いでから私をじっと見た。
「名前とのこと…聞かれて。あいつらしつこくてさ…………名前、俺って鈍いのか?」
「え!?」
どうしてそんな答えにくい質問を私に!?
聞かれて考えてみたけど、ううん、と唸ってしまった。
「そんなことないと思うけど。だって私が見てるといつも気づいてくれるし…あ、そのとき笑ってくれるのすごく嬉しい」
「え、な…、なに、」
「うーんと…説明難しいなぁ……目が合うと、ふって笑って返してくれるのがね、すごく好…き………って、なに言ってるんだろうね!?」
ああもうやっぱり今夜は頭のネジがゆるんでるみたい。
口走ったことが恥ずかしくて両手を前に出しながら後退する。
「ごめん今のは忘れてくださ――」
「名前に頼みがあるんだけど」
「――、……頼み?」
出した両手の片方をつかまれて距離を詰められる。
あれなんかこれ既視感があるなと思いながら久々知くんを見ると、頬をほんのり赤く染めた久々知くんと目が合った。
「抱き締めていいか?」
――苗字名前、思考が完全停止しました。
委員会体験ツアー!の段 -火薬-
1959文字 / 2010.11.25up
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