カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知)



さてどうしたものか。
名前と手を繋いで土井先生の元へ向かいながら、ただ漠然と考える。

自覚した勢いのまま告白してしまったけれど、もう少し時間を置くべきだったかもしれない――――まあ、今更だな。
名前は今までと変わらないのに、好きだと思った途端愛しくて可愛くて、触れたくてたまらない。けれど、気持ちが暴走しそうで踏み切れない。
むしろ今まで普通に触れてきた自分はどうかしてたんじゃないかとすら思う。

俺に手を引かれるまま、おとなしくついてくる名前を盗み見る。名前は少し俯き気味で、繋がった手が気になって仕方ないようだ。その頬は赤くて、きっと触れたら熱いに違いない。

名前
「うあは、はいっ」
「…そんなに驚かなくてもいいんじゃないか?」

びくっと身体を震わせて、勢いよく顔をあげる名前は力んだのか俺の手を握る。
勝手に緩んでしまう頬を引き締めながらそう言うと、彼女は忙しなく視線を泳がせて再び繋がれた手に目を落とした。

「あの、じわじわ実感してきちゃったっていうか……嬉しいんだけど、恥ずかしいというか……ど、どんな顔したらいいか、わからなくて」
「…俺は名前の笑った顔が好きだけど」
「なっ、」
(あ。しまった)

ぴたっと足を止めてしまった名前は、これでもかというくらい顔を赤くして俺を凝視する。するりと口をついてでた言葉を追うように自分の口を覆ってみたけど、後の祭りだ。名前の赤面が俺にも伝染して、顔が熱くなる。

「……久々知くんて、結構恥ずかしいこと言うね……」
「い、言っておくけど、こんなこと言うのは名前にだけだからな!?それと、名前にだけは言われたくない」
「……久々知くんて私を殺しにきてるよね」
「どういう意味だ?」
「今なら体育委員会に混じっても完走できそうな気がする」

それは答えになってないと思うんだけど。
空いている手の甲を自身の口元にやる名前は、それ以上答える気がないようで(余裕がないとも取れる)黙ってしまった。

少し歩調を緩めて隣に並ぶ。
不思議そうに見上げてくる名前を抱き寄せそうになって、慌てて思考を追い払った。
少しずつ段階を踏んだほうがいいだろうと思っているのに、些細なことで箍がはずれそうで恐い。

「久々知くん?」
「…本当に、なんで今まで平気だったんだろうと思って」
「なにが?」
「……内緒」

俺の返しが意外だったのか、パチパチと何度もまたたいて“気になる”と視線で訴えてきた。
そうやってじっと見つめられるのもやばいな、と新しい発見ができた。

そうこうしている間に土井先生と山田先生の部屋に到着して、俺の用事(活動報告と、なぜか名前の働きまで聞かれた)と名前の用事を終わらせる。
名前は俺が土井先生と話をしている間山田先生と雑談していたようで、退室したあと「奥さんの気持ちわかるけどなぁ」と呟いていた。

「斜堂先生のところ寄ろうと思ってたのに巻物返してもらえなかった…」
「土井先生が持ってたやつか」
「うん。作法委員の宿題でね、土井先生がサインくれないと意味ないから仕方ないんだけど――」

名前ちゃ~ん、お手紙でーす!」

夕食の時間だからとそのまま連れ立って食堂へ向かっていたら、小松田さんがバタバタ足音を立ててやってきた。
ありがとうございます、と笑顔で返した名前は手紙の差出人を見てギシ、と固まった。

「どうした?」
「ど、どどうも、しませんよ!?」
「…名前はわかりやすいな」

言えば、名前は苦笑して「治したいんだけどね」と溢した。
くの一になる気がないなら、俺はそのままでもいいと思うけど。
――さすがに口にするのはどうかと思って心に留めておいた。

名前は何度か深呼吸すると手紙を開き、大きな溜息を吐き出す。
やっぱり、と呟いたことから予想していた内容だったんだろう。なのにこのどんよりした空気。さすがに心配になって顔を覗きこむ。

「大丈夫か?」
「…………たまには帰ってきて顔を見せろって。ありがとう」

名前はふっと笑って言うが、とてもそれだけとは思えない。
けれど無理に聞き出すことも出来ず、その話はそこで打ち切られてしまった。
そのうち機会を見てもう一度聞いてみよう。

食堂では勘右衛門と三郎が既に席についていた。勘右衛門が俺たち二人を手招いて席を示す。
席に着く直前「庄左ヱ門は!?」とそれだけを言う名前と、それにうんざりした表情で返す三郎。
いつもの光景なのに、どこか引っかかりを覚えるのは俺が自覚したせいなんだろう。
三郎に掴みかかりそうな名前を止めようとしたものの、それよりも先に勘右衛門に捕まった。

「――で、兵助。今どうなってるの?」
「……三郎から聞いたのか」
「誤解ならちゃーんと解いたから安心して」
「勘右衛門…なんか楽しそうだな」
「ばかだな、嬉しいんだよ。わかんない?」
「全然」

声をひそめる勘右衛門にあわせて返すと、「薄情もの!」と理不尽な罵りを受けた。

「さっき、ちゃんと言った」
「……その割りにはいつもどおりすぎるんだけど」
「俺が?それとも名前が?」
「両方。名前なんて慌てふためくとか、逆に兵助を避けるとかそういう展開になると思ってたのになー」
「それはもうやったから」

勘右衛門の読みはすごいなと内心感心しながら言うと、勘右衛門は僅かに目を見張り、俺と名前を交互に見て「へー」と相槌を打ちながら笑った。なんとなく嫌な予感がする。

「あとで詳しく聞きたいな。ほら、報告も兼ねてさ」
「詳しくって……」
「兵助が教えてくれないなら名前に直接聞くけど、いい?」
「…………あとでな」

そうこなくっちゃ、と笑う勘右衛門に溜息をつく。
予想できる質問責めにうんざりしながら、立ったまま三郎と言い合いをしていた名前の腕を引いて隣に座らせた。




-閑話・了-

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