カラクリピエロ

火薬委員会(4)



簡単に分担を決めて、伊助と二人で担当場所(ってほど広くも無いけど)へ。
踏み台を置いた伊助に預かっていたハタキを渡す。

「伊助ってさ、掃除上手なんだって?」
「え、どこでそれ…」

伊助がハタキを振った後を追うように雑巾がけをしながら聞くと、ぴたりと動きが止まった。
つい笑いが漏れてしまったのは、シナ先生からの課題に苦戦して頼ってくる後輩の姿を思い出したからだ。頼られるのは嬉しくて、必死な後輩がまた可愛い。

「前にユキちゃんたちがね、『一年生のイスケくんに物置の掃除を手伝ってもらった』って言ってたの。そのときは聞き流してたけど、これ伊助でしょ?」
「…うまく使われただけですよ」
「そうだよねー。でもありがとう、すっごく綺麗になってて嬉しかった」

ユキちゃんたちはシナ先生から軽くお灸をすえられて、ついでに課題も貰ったようだけど(だから私のところへきたんだけど)、その情報を聞いておいて良かったと思う。
目をぱちぱちさせる伊助ににっこり笑って名前を呼んだ。

「伊助くん」
「は、はい…なんでしょう」
「掃除のコツ、教えてくれる?」
「は……」
「一度徹底的に部屋の掃除したいんだけど、なんでか余計散らかるんだよね。あ、後で一年は組まで聞きに行っていいかな」

伊助はまだ理解仕切れてないのか、動きがぎこちない。何度も瞬きを繰り返してゆっくり頷くから、少し不安になった。

「伊助?無理なら無理って言っていいんだよ?」
「い、いえ、僕でよければ」
「よかった…ほんとは私の部屋まで来てもらいたいんだけど、さすがに危ないしね…」

実際にお手本を見せてもらって、ついでにちょろっと片付けてもらえたら…と思ったりもしたけど。くのたま長屋は侵入者対策バッチリの罠見本市みたいなものだ。
そこに一年生を呼ぶなんて危険すぎる。ついでに忍たまを入れたことがバレたら山本シナ先生の雷が落ちる――恐ろしい。

ぶるっと身体を震わせた私に、伊助は「寒いですか?」と心配そうに顔を覗き込んできた。これはシナ先生に対する恐怖で…と思ったけど、言われてみると確かに少し冷える。

「私は大丈夫だけど、伊助は?」
「僕も平気です」

にこっと笑顔を返されて頭をなでたくなったけど、ぐっと耐えた。
手がちょっと濡れてるから、我慢我慢。

「よし、冷えてきたら運動だよ伊助!動けばあったかい!」
苗字先輩うるさいですよ。それに運動する暇あるなら手を動かしてください」

ぴしゃりと言われて思わず背筋が伸びた。
寄ってきた三郎次は何か言いたげに私を見上げたけれど、何も言わないまま私から雑巾を取り上げて、代わりに箒を持たせた。三郎次の握っていた部分がほんのりあったかい。

「こっちは僕がやります。苗字先輩は落ちた埃を掃除してください」
「…池田先輩が優しい」
「僕はいつだって優しいだろ!」

言い合いながらも掃除をする二人は、仲良しにしか見えない。微笑ましくて、勝手に顔が緩んでしまった。

名前ちゃん手真っ赤だねぇ」
「っ!?さ、斉藤さん!背後に立たないでくださいって!」

驚いて距離を置きながら振り返る。
――と、あるはずの姿が…久々知くんがいなくて、ついきょろきょろしてしまった。

「兵助くんなら井戸まで行ってるよ」
「? 水ならここにあるのに……」
「ふふ、だよねぇ。ねぇ名前ちゃん、掃き掃除しながらでいいからお話してくれる?」
「はぁ。構いませんが…」
名前ちゃんの好きな人って兵助くんであってる?」
「な、ちょ、え!?」

相変わらずの柔らかい笑顔でサラリと言われて、思考が追いつかない。
動揺のままザカザカ足元を掃き続ける私をそのままに、斉藤さんは「あのね」と続きを話し始めた。

「前に名前ちゃんのお家に呼ばれたとき、聞いちゃったんだよね」
「う、わ、うわああああ!ちょっと、斉藤さん!」
「わあっ!?」

思い当たったことに慌てて割り込む。
咄嗟に箒で斉藤さんに足払いをかけて自分より低くなった相手の装束を掴み、距離を詰めた。

「――どこまで知ってるんですか」
「……吃驚したぁ。名前ちゃんすごいねぇ。三郎次くんも伊助くんも吃驚してるよ~」
「それより優先すべきことがあります」

声をひそめて言うと、斉藤さんはゆっくりと微笑んで「全部?」とのたまった。

「ぜ、ぜんぶ…?」
「ぼくね、あの時名前ちゃんのお母さんに言われて別の部屋で待ってたんだよ。ほら、一応お仕事だったからね。そしたら名前ちゃんもお母さんも声大きいから」
「…………つまり、」
名前ちゃんにはお母さんに会わせたい片想いの相手がいて、それが兵助くん……あってる?」

距離のせいか、控えめな大きさで言う斉藤さんに返す言葉はない。
四年色の装束を離しながら詰めていた距離をあけて、持っていた箒をドンとついた。

「――そうですよ。久々知くんです。母の言う通り当たって砕けかけましたけど、まだ諦めてませんから!」
「……そっか」

そう言って笑う斉藤さんはとても優しげで、なにか文句でも?と言いかけた勢いが折られた。

「…あの、それ確かめたかっただけですか?」
「うん、そうだよ」
「他に意図は」
「特にないかなぁ。あ、さっきの名前ちゃんかっこよかったね」

にこにこ笑って腰を上げる斉藤さんは本当に含みがないらしい。
見合いの件を持ち出して取引のようなものでも、と深読みしかけたせいか思い切り脱力してしまった。
掃き掃除を再開させ、大きく溜息を吐き出す。
おかげで思い出したその日から指折り数えてみると――母さんが何か便りを寄越してもおかしくない時期だ。

(……全力で拒否させてもらいますけどね)

どうせ母の知り合いの息子とか近所の伝手で紹介される、私は全く知らない人だ。
できるだけ相手側から断られるように立ち回りたい、というかそもそも話が来ないようにできないだろうか。

「……わたくし狐憑きですの、とか?」
「そうなのか?」
「うひゃっ!く、久々知くん!ち、違うよ?狐っていわば立花先輩みたいな!」

すぐ傍で聞こえた声に飛び上がると、口元に手をやって笑う久々知くんが「怒られるぞ」と小さく言った。

「な、内緒ってことで…」
「…仕方ないな」

柔らかい笑顔と声で言われて、心臓が大きく跳ねた。
久々知くんの傍にいたら早死にするかもしれないなぁ、とくだらないことを考える。
さりげない一言や表情や動作で簡単に浮き沈みできる単純な自分。

(……でも、こういう自分は嫌いじゃない……)
名前
「は、はい!」
「…………いや、後でいい」
「? わかった、ご飯のときかな?」

遅れを取り戻すかのように掃除道具を持ってテキパキ動く久々知くんの背中に問いかけると、久々知くんは足を止めてこっちを見た。

「久々知くん?」
「…そう、だな。うん、委員会終わったら」

……微妙に噛み合ってない気がするんだけど。
どこか動きも硬いし、具合でも悪いんだろうか。かと思えば斉藤さんを思い切りどついている辺り元気にも見える。

「うーん……」
苗字先輩、どうしたんですか?」
「伊助、久々知くん変じゃない?」
「…そうですか?いつもどおりに見えますけど…」
「気のせいかなぁ……あれ、伊助手が真っ赤」
「さっき池田先輩と交代したからですね」

伊助は笑いながら、水を張った桶に汚れた雑巾を落とした。
赤くなっている手をそっと掴む。不思議そうに見上げる伊助に合わせてしゃがみ、伊助の両手を自分の手で挟んで息を吐きかけた。

「せ、せんぱい!?」
「どうかな、少しはあったかくない?」
「あの、えと………あったかい、です」

俯いて小さく言う伊助は、さらに小さい声で「ありがとうございます」と呟いた。
かわいい。一年生はどうしてこう可愛らしいのばっかりなんだろう。
そんな伊助に目を奪われていたら、ざり、と音を立てて横に人影がたった。

苗字先輩」
「……三郎次も赤いよね?はい、手」
「結、構、です!そうやって伊助をたぶらかす気ですか!」
「ひ、人を女狐みたいに!三郎次がどこぞの三郎みたいに捻くれないように言っておくけど、くのたまは誰も彼もそんなんじゃないんだから!多少は――」
「わかってますよ!」

違う子もいる、と言い切る前にすっぱり三郎次に遮られてしまった。
赤い顔で私を睨むように見ると(私がしゃがんでいるせいで三郎次の方が少し高い)、もう一度「わかってます」と言いながらそっぽを向いた。
……少し、変わったんだろうか。

「……じゃあ、はい」
「なんですか」
「握手。それならいいでしょ?」
「…………しょうがないですね」

そっぽを向いたまま、ぞんざいに片手を出す三郎次。
引っ込められる前にと私はそれをさっさと掴んだ。

「――つーかまえた!」
「な!?は、離してください!!」
「あったまるまでお断り」
「だっ、騙しましたね!?」
「握手だよ、片手しか握ってないもん。ほら伊助も」
「え?え?」

空いてる手を伸ばして伊助の手を取る。
屁理屈です、と言いながら離れようとしていた三郎次は、私に離す気がないのがわかったのか結局おとなしくなった。

集めたゴミをまとめている久々知くんを見るとパチっと目が合う。
私を見て笑う表情がとても優しくて、また心臓が跳ねた。

名前、後ろの桶ひっくり返すなよ」
「う、うん!」
「ぼくも冷えたし混ざりたいよ~、名前ちゃ~ん!」
「タカ丸さんは駄目です」
「え、な、なんでぇ!?兵助くん酷くない!?」

それは、ゴミ回収してるのが久々知くんと斉藤さんだからでは。
そう思いつつ、私は口を挟むより塞がる両手を優先させた。

「ぼくもあったまりたいよ!じゃなかったら甘酒飲みたい!」
「…………あとにしてください」
「え、いいの!?わーい!」
「いいですか、少しだけですからね!?予算が出てるわけじゃ…聞いてるんですかタカ丸さん!」

そんなやり取りを背に、私は伊助が放り込んだ雑巾をきつく絞る。
伊助に雑巾を渡して、水桶を持った私は蔵の外へ出た。

(たしかあっちは火薬壷が置いてあるはずだから……)

逆方向に進んで茂みに入ると、とても見慣れた落とし穴の目印を見つけた。

「……こんなところまで堀りに来てるの……?」

その行動力には感心するというか…喜八郎は穴掘りにかける情熱が強すぎるんじゃないだろうか。
桶を一旦置いて、落ちていた枝でそれを突く。ボコッと開いた穴は思ったより浅かった。
丁度いいとばかりに水を流していると、葉擦れの音とともに三郎が顔を出した。

「…今日は三郎なんだ?」
「実は忘れていただろう」
「うん」
「火薬委員会はどうだ?」
「…………ニヤニヤするのやめてくれますか。ねえ、立花先輩の依頼ってどんなの?面倒なら私から言ってやめてもらうけど」
「聞いてないのか。案外あの先輩も過保護だな」
「どういうこと?」
名前では立花先輩に口で勝てると思わんが……まぁ、私たちも楽しんでいるから気にするな」
「それなら……ってちょっと、私が聞きたいのは内容だってば!」

樹の上に戻ろうとした三郎の髪を慌てて掴む。と、掴んだ髪がスポッと抜けてしまったので思わず固まってしまった。

「あ、こら返せ」
「……カ、カツラか…びっくりした…私が引きちぎっちゃったのかと」
「表現がえぐいぞ」
「三郎って結構細かいよね」
「お前が大味すぎるんだ。名前が知りたいなら教えてやるが、私から聞いたと言うなよ?」
「うん」
「…立花先輩からの依頼はな、“苗字名前に無理をさせすぎるな”――これだけだ」
「…………立花先輩が?」
「倒れたのがよっぽど心配だったんだろうな」

あの立花先輩が。
作法室では私が転ぼうが罠にかかろうが放置したあげく限界まで追い詰めて泣かせた立花先輩が。

三郎の言葉だけを聞くと後輩想いの優しい先輩だ。でも体育委員会の件以来、優しいのは事実…

(でも委員会に出てないからかもしれないし…)

頭で納得するのと実感するのとは違うんだとこういうとき思う。
黙り込んだ私に焦れたのか、三郎がしっしと手を払いながら追い立てた。

「油を売ってないでさっさと戻れ」
「三郎が話しかけてきたからでしょ!」
「…名前、お前は忘れているかもしれないが」
「あ!“お助け鉢屋”の件でしょう。それならまだ有効だからね!勝手に無効にしたら不破くんに言いつけるから!」
「雷蔵は関係ないだろ!」
「三郎が他の弱点教えてくれたらそっちに変えるよ!」

水を捨てるだけだったのに、予想以上に時間がかかってしまった。
三郎に犬猫のように扱われたのはムカつくが、こっそり感謝しておこう。

「あれ、久々知くんと伊助だけ?」
「二人には用具の片づけをな。伊助、こっちから頼む」
「はい」

桶を戻す為に井戸によってから蔵に着くと、伊助がせっせと紙の束に何かを書いているところだった。
邪魔にならないように伊助の手元を覗き込む。土井先生が言ってた火薬の在庫管理だろうか。

名前にも後で教えるから……いいんだよな?同じように扱って」
「うん、お願いします。ちゃんと土井先生からメモ用の紙もらったし、使わないとね!私が参加するのって明日までだけど……久々知くんは焔硝蔵の掃除するって知ってたの?」
「ん?いや、知らなかった。なんでだ?」
「土井先生がさ、火薬委員会は地味な活動がメインで普段は結構暇だって。だから学級委員長委員会みたいに一回で終わりかなーって思ってた」
「…………なんでだろうな」

苦笑気味に笑う久々知くんは小さく「無意識って恐いな」と呟いた。
どういう意味か少し気になったけど、久々知くんがじっと私を見るから、何かを考えるどころじゃなかった。

どうしたんだろう。
久々知くん、なんか、やっぱりいつもと違う?

名前は一回で終わりたかったか?」
「そんなことないよ!委員会してる久々知くん見られるの、その…新鮮で、嬉しい」
「そ、そうか」
「それにどうせだから色々質問だってしてみたいし…伊助と三郎次ももうちょっと可愛がりたいかなぁ。あ、そういえば三郎次がちょっと懐いてくれたみたいなんだけど、久々知くん何か言ってくれた?」
「いや、俺じゃなくて食満先輩らしい」
「食満先輩?用具倉庫で何か話してたのってそれかなぁ…」
「…名前は、先輩方と仲良いのか?」
「うう~ん……どうだろ、仲が良いとはとても…立花先輩と善法寺先輩以外とまともにしゃべったのって最近だもん。他の忍たまもだけど……あのね、久々知くんのおかげだよ」

僅かに目を見開いて瞬く久々知くんに笑う。

――私が積極的に動こうと思ったきっかけで、理由。

「さあって、私も運ぶの手伝うね。伊助ー」
「はい、こっち終わってます。……あの、苗字先輩」

声をひそめて口元に手をやる伊助の仕草で内緒話だと判断して、ちょっと待って、と小さく言った。

名前、さっきのどういう――」
「はい久々知くん」
「え?」
「これ仕舞う間だけ伊助貸してくれる?久々知くんが戻ってきたら返すから」

伊助が運んでいいと言った火薬壷を渡しながら言う。
突拍子もないことを言いだす私を見て、久々知くん(と伊助)は驚いた顔で固まってしまった。

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