カラクリピエロ

うそつきなくちびる


※夢主視点




名前、一時間後に学園の入口前に集合な」
「は…?」

ぽかんとする私を天井から見下ろして、三郎はひらりと紙を落とした。
ひらひら舞うそれを立ち上がりながら慌てて掴む。
ぐしゃ、と潰してしまってヒヤリとしたものの、見れば外出届だから問題ないだろう。

「え、外出届って…、三郎!?」
「遅れるなよ」

それだけ言うと三郎は顔を引っ込めて、天井の板を戻してしまった。
残された私は紙を握り締めたまま、さっきまで三郎がいた天井を見上げて固まる。

三郎が持ってきたのは外出届で、それはつまり学園の外へお出かけってことで、三郎の台詞は待ち合わせのそれだ。

(…デ、デート…みたい…)

カア、と火照る頬を自覚して勢いよく首を振る。ないない。
きっとみんなも一緒だ、そうに決まってる。

余計な期待をしてないで、とりあえず着替えよう。
そう思いつつ衣装箱の蓋を開ける。
……三郎の好きな色くらい、聞いておけばよかった。

―― 一時間は短すぎる。
急いで待ち合わせ場所へ向かいながら、三郎へぶつけるための文句を練る。
どうせ“遅い”って言われるに決まってるんだから、それの返事は必要だ。

「お待たせ!」
「……」
「三郎?あの、ごめん…遅くなって」
「ああ、いいさ別に」
「!?」

じっとこっちを見て動きを止めたと思ったら、文句一つ出てこないってどういうこと?熱でもあるんじゃないの?
三郎は凝視している私から目を逸らすと、いきなり筆と出門表を押し付けてきた。

「……みんなは?」
「いるわけないだろう」

名前を書きながら姿の見えない四人について尋ねたら、当たり前だとでも言いたげな返事をされて、それを理解するために時間をかけてしまった。

「聞こえなかったのか?お前と私、二人だけだ」
「え、あ、そ…なんだ」
「さっさと行って終わらせるぞ」

“二人だけ”にドキッとした私の目の前で三郎が顔を変える。
見たことない顔だなぁ、と思考の端で考えながら、今の台詞に引っかかりを覚えた。

「終わらせるって」
「だから、おつかいだよ。言わなかったか?」
「………………初耳ですが」

なんだ、やっぱり。
デートじゃないって言い聞かせたつもりだったのに、どこかで期待してしまっていたらしい。
小さくシクシク痛みだした胸を押さえて、ゆっくり息を吐き出した。
おつかいだって二人で出かけるのは一緒だ。
それなら少しでも楽しんだ方がいいに決まってる。

「三郎、どのお店?」
「骨董品屋……と、甘味屋」
「ほんと!?」
「は、単純だなお前は」

皮肉気に笑う三郎にムッとしたものの、甘味屋さんにいけるのは嬉しい。
ここは笑って軽く流すのが大人だ、きっとそう。

「好きなお店にいけるんだから、喜んで当たり前でしょ」
「で、肥えたあとに後悔するんだろ?」
「失礼な!!」

ニヤニヤ言われたのが我慢できなくて睨むと、くく、と楽しそうに笑われ、いきなり肩を抱かれて驚いた。
急に近づいた距離にどぎまぎする私の頬を三郎が軽く押す。

「これがもっとモチのように」
「三郎!!」
「いてっ」

肘を入れたことで少し離れた三郎がわき腹を押さえる。
大袈裟な痛がり方に呆れながら顔を逸らし、ふん、と息を吐き出した。
たまの贅沢なんだから、水を差さないで欲しい。

「後で運動するから大丈夫だもん」
「気にしてるじゃないか」
「うるさい!」

+++

まずはあの店だ、と示された骨董品屋さんは、なんだか見るからに怪しい。
本当にここにおつかいなのかと三郎を振り返ったら、不破くんの顔で忍装束――見慣れた三郎の変装になっててギョッとしてしまった。

「なにしてるの?」
「今からあの店に盗みに入るから、お前は店主の気を逸らせ」
「えー…なんでいきなりそういうこというかな…」
「なるべく長い時間だ、できるか?」
「……わかったよ」

溜息混じりに返事をすると、三郎は一旦動きを止めてどこか嬉しそうに笑った。
代わりにあとでおごって、って言うつもりだったのに、声が出ない。

(ずるいんだから…)

笑顔にほだされたことを自覚して軽く睨むと、ニヤリ笑いに戻った三郎が手の甲で私の頬に触れる。

「な、なに」
「へまするなよ」
「三郎こそ、さっさと終わらせてよね!」

ずかずかお店の方へ足を進めていたのを途中で緩める。

(おつかいっていうか、これ普通に忍務だし…しかも失敗するなとかプレッシャーまでかけてくれちゃって)

勝手に皺が寄る眉間に手をやって、ゆっくり息を吐き出す。
知り合いならともかく見知らぬ他人相手なら、これくらい。あっと言わせてやるから覚悟してなさいよ。

気合を入れて着物の襟元を軽く正して(別に乱れてなかったけど、気分で)、店の暖簾をくぐった。

「三郎のばか!遅い!」
「いてっ、こら、やめろ!」

べし、と衝動に任せて三郎の胸元を叩く。
三郎は拝借してきたらしい小さなお椀を頭上に避難させて、片手で私の頭を押さえた。

私はとにかく手が拭きたくて、叩いたそのままの姿勢で三郎の着物を掴み、きつく握った。本当は泣きたい気分だけど、泣いたら負けた気がするし、悔しいから絶対嫌。
件の骨董品屋の店主は愛想こそよかったものの、それが過剰というのか、やたらねちっこい喋り方に加えて客との距離が近すぎると思う。
「お嬢さんはお目が高い」とかなんとか言われて手を握られた上に、やわやわと揉まれてゾッとした。
さりげなさを装って足を踏んで、ついでに頭突きして逃げたけど。

「……きもちわるい」
「…………貸せ」
「え?」
「手だよ、ほら」

はあ、と溜息をついた三郎は持っていたお椀を懐に仕舞って、私の手を取った。
不機嫌な顔をしたいのは私のほうだと思ったけれど、なんとなく話し掛けるのを躊躇う。
見慣れた不破くんの格好じゃなくて、学園を出たときの――見慣れない格好だからかなと思った。

「――湧き水?」
「もっとこっち来い」
「え、自分で洗える!」

ぐいぐい引っ張られるのはまだいいとして、三郎に洗われるのってものすごく恥ずかしい。

「いいからじっとしてろ」
「…………痛いよ」

丁寧すぎるのもあるけど、力まかせに擦られるとさすがに痛い。
絶対今の聞こえたはずなのに、三郎はしれっと聞き流して私の手のひらと指とを丹念に洗ってくれた。

「もう、いい」
「なら次行くぞ」

すっかり冷たくなった両手を手ぬぐいで拭きながら、あっさり次の目的地へ進む三郎を追いかける。
気にかけてくれてるのかもって思ったのに、それが勘違いだって思い知らされるようで胸が小さく疼く。

「……三郎」
「なんだ」
「手、冷たい。あっためて」

私なりの精一杯、一種の賭け。
告白に応えてもらったはずなのに、時々こうして確かめたくなる。

数歩先で立ち止まったままの三郎は私から顔を逸らすと頭を掻いて、片手を腰に当てた。

「どうして私が名前のためにそんなことをしないといけないんだ。大体お前、っ、」
「いった!?」
「馬鹿、泣くことないだろ」

あっという間に戻ってきた三郎が、いきなり私の頭を掴んで自分の胸元に押し付ける。
今の状況に混乱しながら、自分は泣いていたんだな、とどこか冷静に目元を擦った。

「手を繋げばいいのか?」
「い、いいの?」
「お前が気持ち悪いって言うから私なりに…………なんでもない。名前、鼻がでてるぞ」
「え!?」

ぎょっとして慌てて手で覆ってみたけれど、そんな跡はない。
見上げれば三郎が「嘘だ」と言いながらニヤリと笑った。

「さっきは耐えてたくせにな」
「なにが?」
「泣き虫」
「う、うるさいな!」

期待が裏切られ続けたせいだ。絶対そう。

好きな人(一応両想いの相手)にデートに誘われたと期待したらそれが仕事で、しかも店先で気持ち悪い目にあったうえに自力で解決して。それを気遣ってもらえたのかと思えばそっけない。
必死の想いで手を繋いで欲しいって言えば「なんで私が」とか…これでも耐えたほうだと思うんだけど。
でもやっぱり指摘されると悔しい。

「ニヤニヤしないでよ」
「そういうこと言うと、このまま寄り道しないで帰るぞ」
「寄り道?まだおつかい残ってるんじゃ…」
「もう終わった」

チラとお椀を見せる三郎を、何度も瞬きしながら見上げる。
相変わらずその表情は皮肉気な笑いを浮かべていて、上手く読み取れないけれど。

これからの時間はデート、って言ってもいいのかもしれないと思った。





名前、そっちの手はどうする」
「え」
「もう一回『お願い、あっためて』って言えば――こら、暴れるな!」
「そ、そんな言い方してない!」

Powered by てがろぐ Ver 4.2.4.