カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知・後編)



友人としてか、そう聞かれて首をかしげたのは、そこまで深く考えていなかったからだ。
言われれば確かに、三郎や勘右衛門たちと同じように友人として好きだと思う。でもそれだけじゃない。だけど、この違いは名前が女子だからなのかもしれない。女子の友人なんて名前しかいないから、わからない。

(……三郎はそれ言わせる前に逃げたけどな)
「おっきな溜息だねぇ、兵助くん。悩み事?」
「……………………」
「言いにくいことかな?ごめんね、無理に聞きだしたいわけじゃないんだよ。つい癖っていうか…」

へらりと笑って「あんまり溜め込むのはよくないよ」と俺を気遣うタカ丸さんは、失礼かもしれないがなんだかんだで年上なんだと思った。
元髪結いというのもあって、人の機微には敏感で詳しいのかもしれない。
火薬壷を運びながら散々迷って、最後の一つを運びだすときにさりげなく聞いてみた。

「――えーっと、つまり名前ちゃんへの感情が友情か恋かわからないってことだよね?」
「…………俺、名前って言いましたか?」
「兵助くん名前ちゃん以外にもそういう子いるの?」
「……………………」

全然さりげなくなかったらしい。
タカ丸さんは小さく笑いながら「さっき誤魔化したのはそういうことか」と言った。

「でも説明って難しいなぁ…とりあえず友達に男女の違いってあんまり無いと思うよ?恋だとねぇ…一緒にいてドキドキしたり、会いたいなーって思ったり、気づくと相手のこと考えてたり…そんな感じかなぁ。……苦しい場合もあるけどね」

のんびり言われた言葉を反芻して自分に置き換えてみる。
黙りこくった俺を横目に、タカ丸さんはにっこり笑った。

「あとはねぇ、触りたくなるかな」
「は?」
「でも女の子はデリケートだから、気をつけないと駄目だよ?」

言うだけ言って、タカ丸さんは伊助を迎えに行ってしまった。
触りたくなる?衝動的に?
今までも何度か接触はしているけれど、そんな覚えは――

(――ない、と言い切れるか?)

ぼんやりしながら視線を遠くへやると、名前と三郎次の姿が見えた。
悶々とした考えを保留にし、手を振る名前に駆け寄る。

何故か驚く名前の荷物を預かろうとしたら、その手を握られて驚いた。
さっきの今だったから余計かもしれない。やけに緊張してるのもそのせいだ。
――触りたくなる。
タカ丸さんに言われた言葉を思考から追い出して、ゆっくり息を吐いた。

ちゃんといつも通り笑えただろうか。

掃除用具を運びながら、そっと名前を盗み見る。
名前は蔵の入り口で両手を握り締めて、ちょうど戸口で休んでいたタカ丸さんの足につまずいて転んだ。
俺が助け起こすよりも早く、タカ丸さんが手を差し伸べる。
当然とはいえ、なんだかもやっとした。

「久々知先輩?」
「あ、悪い。始めるか」

寄ってくる三郎次と伊助に道具を渡す。
掃除は面倒だろうに、嬉しそうに笑う名前を見たら不思議ともやもやしていたものが消えた。

「久々知くん、私たちはこっちからでいいんだよね」
「ああ、よろしくな」
「まっかせて!伊助、一緒にがんばろ!」
「はい!」

雑巾とハタキを手にパタパタ走る二人は姉弟のようだ。
名前は伊助とも面識が無かったはずなのに、仲良くなるのが早い。
先ほどから名前を気にしている様子の三郎次も、大分空気が和らいでいるようだった。

「…久々知先輩、苗字先輩ですけど」
「うん、どうした?」
「食満先輩は、くのたまっぽくないって言ってました。久々知先輩もそう思って“大丈夫”って言ったんですか?」
「……名前はさ、優しいんだよ。すごく。お前たち低学年相手だと特に。悪戯もあまり好きじゃないみたいだし…………だから大丈夫って言った。まぁ課題のときは容赦ないらしいけどな」

――その際の主な被害者は俺たち以外のようだが。
三郎次は俺を見上げたあと、名前を見て小さく溜息をついた。

「みんなは無理ですけど、苗字先輩は信用してもいいかなって思いました」
「そうか!」

嬉しくて三郎次の頭を撫でると、三郎次は照れくさそうに顔をそらす。

「でも先輩、恋人なら最初からそう紹介してください!そうしたら“どう思ってますか”なんて聞いたりしなかったのに」
「……三郎次、俺と名前は恋仲じゃ」
「違うんですか?苗字先輩が久々知先輩のこと堂々と好きだっていうからてっきり――」

俺を見る三郎次の顔がみるみる驚きに変わっていく。
顔が熱い。心臓が速い。今すぐここから駆け出したい、でも仕事を放り出して出て行くなんてできなくて、代わりに片手で顔を抑えた。

「…あの、久々知先輩、」
「…………わかってるから言わないでくれ」

名前は真っ直ぐだ。

――――久々知くんが好きです。

あのときから、ずっと。変わらない好意を俺に向けてくれている。

ドキドキする、毎日会いたいって思う。
話をするのは楽しいし、笑っているのを見ると嬉しい。
名前の一番近くにいるのは自分がいい、触れるのは自分だけでいい。

「…………参った…………」

自分だけに聞こえる声量で呟いて、目元を覆う指の間から名前を見た。
相変わらず楽しそうに、鼻歌混じりで伊助とハタキを振っている。

――抱き締めたい。

ふいに湧いた衝動の代わりに手のひらを握り締める。
一度追い出したはずのタカ丸さんの言葉を思い出した。

「久々知先輩、大丈夫ですか?」
「…悪い、三郎次、俺ちょっと顔洗ってくる…」
「は、はい」
「ありがとうな」

目を瞬かせる三郎次の頭にぽんぽんと手を置いて、蔵から外に出る。
肺に溜まっていた息を全部吐き出す勢いついでにしゃがむと、頭上から「休憩か?」と声が降ってきた。

「三郎……俺、名前が好きだ――友達じゃ満足できないくらい」
「…………私に言うな」

思い切り呆れた声で言う三郎に視線をやる。
表情も半眼で呆れ気味だったが、口元は僅かに弧を描いているようにも見えた。





-閑話・了-

Powered by てがろぐ Ver 4.2.4.