カラクリピエロ

体育委員会(閑話:久々知)



「も、もうやめてぇぇぇええええ!!」
「ば、馬鹿、静かにしろ!」
「わた、わたしが悪かったから!ほんとごめんなさい許してください!」
「落ち着けって!」

ガチャン、と名前の前に置いてある茶碗が鳴る。
これ以上動いたらひっくり返してしまいそうだと思って、横から手を伸ばして茶碗を避難させた。
彼女を挟んだ逆隣で丁度同じことを考えたのか、雷蔵が俺と同じように味噌汁の入った器を取り上げる。
名前の正面に座っている八左ヱ門は焦りながら、なんとか彼女を宥めようとしていた。

わあわあ騒ぐ名前は目立っているし俺たちも同じく注目されているけれど、おかげで名前を泣かせているのは(泣いてないけど)八左ヱ門のように見えた。

ご飯と味噌汁が消えて空いたスペースに、名前が顔を伏せる。
ふるふると頭を振って呻くのを横目で見て、首赤いなあ、とどうでもいいことを考えていた。

+++

勘右衛門と名前に色々あったらしく、少し遅めの夕食。
食事開始のあいさつをして少ししたころ、ことの始めは神妙な面持ちで切り出した名前だ。

「昨日の夜、何があったか教えてください」

友人に報酬をねだられたことをきっかけに記憶を掘り起こそうとしたけれど、よく思い出せない。長屋まで運んだ礼とともにそう言われ、八左ヱ門と三郎が顔を見合わせニヤリと笑った。

――悪いクセが出た。

密かにため息をつく。こんな顔をしたときの二人に近づくとろくなことがないことは長年の付き合いで学んだ。
必然的に巻き込まれる雷蔵には悪いけど。でも大体において雷蔵が二人を諌めていることも多いから悪いことばかりじゃないだろう(と思う)。

「知りたいなら教えてやるけどな、お前昨夜はすごかったんだぜ!」
「な、なにが…?」
「なんつーの、プライド高ぇ懐かない猫を手懐けたみたいな」
「八左ヱ門、それではわからんぞ」
「自らすり寄ってきてニャアと鳴く」
「そ、それ、わたし、が……?」

さすがというべきか。名前が動物好きなこともあってか、八左ヱ門のよくわからない例え話が通じたらしい。
気をよくした八は笑顔を深くして名前の行動を報告していった。

手を握る、寄り添う、軽いわがまま、上目遣いに気だるげな表情などなど。

三郎に呼ばれてその場に行ったけど、俺が見たのは雷蔵に寄りかかって眠っている名前だけだ。

「……兵助、落ち着きなって」
「なにが」
「豆腐ぐっちゃぐちゃになってるよ?」
「…………。こうしても美味しいんだ」

いつのまにこんなことに。
内心驚愕しながら、無残な姿になってしまっている好物を少しずつ口に運ぶ。
うん、やっぱり豆腐はどんな姿になっても美味しい。

くす、と勘右衛門が笑うのを聞いて視線をやると「あとはきっかけかな」とよくわからないことを呟いた。

聞き返そうとしたところで、冒頭の名前暴走。

「だ、だって、おぼえてない…!わたし、そんな…!」
「八左ヱ門が悪いな」
「三郎てめっ!」

今にも泣き出しそうに声を震わせる名前を前に、三郎はしれっと責任転嫁を終わらせた。
雷蔵は思い切り呆れた声で「二人とも悪い」とキッパリ言い切る。

「フォローできないなら最初からやらないでくれる?」
「いや、だっていつもの名前なら、」
「八左ヱ門」
「はい」
名前だって女の子なんだから、苦手なものの一つや二つあるよ」
「女の子?」
「三郎、何か言いたい事でも?」
「そう怖い顔をするな雷蔵、私たちが悪かった。名前、さっきのは誇張だ」
「そうそう。実際上目遣いくらいのもんだな。普段を知ってる分ちょっときたけど」
名前に色気は求めるなかれだぞ八」
「だな」
「二人とも……」
「「すまん」」

「…………不破くんてすごいね。ありがとう」

名前はきっとあのふにゃりとした、柔らかい笑顔で雷蔵に礼を言っているんだろう。
声色から想像していると、くるりとこっちを向いた名前が俺をまじまじと見てくるから、つい何度も瞬きを繰り返してしまった。

「どうした?」
「あの、不破くんが……後のことは久々知くんのほうが詳しいって…」
「俺?」
「わ、私、変なこと言ったりしてないよね!?」
「むしろ変なこと言ったのは兵助だよ」

勘右衛門はそう言って肩を竦めたが、俺はただ雷蔵に寄りかかって眠る名前を背負ってくのたま長屋まで運んだだけだ。
道中を思い出してみても、変なことを言った覚えはない。

「そっかなー、距離あるし変わろうか?って聞いたのに『別に初めてじゃないし平気』とかどんな理由だよってつっこみたくなったよ」
「八がつっこんでたぞ」
「見事に無視されたけどな!」
「だからそれは…」
「それは?」

やけにつっかかってくるなと思いながら返していると、名前に袖口をつまむように握られた。

「やっぱり、久々知くん、だったんだ……」
名前?」
「っ、あ、えっと、その!夢みたいっていうか…覚えてなくて残念だったなって!」

ぱっと手を離して捲くしたてる名前は焦っているようだけど、その内容もなんだか恥ずかしくないか。
背負ったときの感触と首に回された腕、肩口に寄せられた顔と吐息と――色々なことを思い出してしまいそうで、俺は慌てて首を振って名前にご飯茶碗を返した。

勘右衛門に言わせればこの行動も変だったらしいけど。




-閑話・了-

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