カラクリピエロ

体育委員会(7)



笑顔ながらも一触即発といった雰囲気に、一体どうしたものかと二人を見ながら考える。

いっそ目の前の落とし穴に落ちて空気をぶち壊すのはどうだろう。
――空気は壊せるかもしれないけど、少なくとも私が痛手を追うのは確実だ。

(…それはなんだか…いやだなぁ…)

くのたまらしさ、とでも言うのか…なぜ私がそこまで、と思ってしまう。そもそもどうしてこんなことになっているんだったか。

はて、と首を傾げる。
確か七松先輩のやや強引な食事の誘い(+首固定)をどうにか断ろうと四苦八苦してるところに勘右衛門が――

名前
「は、はい!」
「おれが出て来たのって余計なお世話?」

勘右衛門は七松先輩から目を逸らさず、拾った苦無を構えながら聞いてきた。
七松先輩には悪いけど、今日はどうしても五年のみんなに聞きたいことがある。

「そ、んなこと、ない」
「――よかった」

緊迫した空気にあてられてか、口が上手く回らないまま答えると勘右衛門は笑ったようだった。

「…さて、そろそろいくぞ?」
「七松先輩すみません。勝負はまたの機会に!」

言うが早いか、ボンと破裂音がして辺り一面真っ白に染まる。
私は腕を強く引かれて茂みの方へつっこみ、すぐ傍に空いていた塹壕に勘右衛門と一緒に落下した。
急なことに声が出そうだったのを勘右衛門の手に塞がれ、「しっ」と指を立てられる。
了解の意で何度か頷くとゆっくり手を外してくれた。

「あとは三郎次第だ…」

呟く勘右衛門から緊張が伝わってきて、私も息を殺して身を硬くする。
頭上から聞こえる七松先輩の叫びが段々遠ざかり、完全に気配がしなくなったのを確認してようやく空気が緩んだ。

「………………っはー…緊張した!七松先輩マジなんだもんなー」
「てっきり手合せするのかと思った」
「手合せなんて生温いもんじゃないって。やりあってたら軽傷で済んだかどうか……とりあえず出よっか。名前怪我してないよね?」
「うん、大丈夫…ってうわっ、わた、私、ごめん!」
「まあこれはおれが引っ張り込んだせいだし。大丈夫重くないから。むしろ役得?」
「そういうこと言わなくていいから!」

飛び込んだ塹壕は狭くて、私は勘右衛門を堂々と下敷きにしていた。膝(太もも?)の上に横座りというものすごく恥ずかしい状態だ。
気づいてしまえば耐えられず、なんとか立ち上がろうと土壁に手をつく。
よろよろと不安定な姿勢で立ち上がると、タイミングよく声が降ってきた。

「…なんとも面白い状態になってるな」
「三郎!手!貸して、お願い!」

目が合うなり頼み込む私に圧倒されたのか、三郎が数回またたいた。
そんな彼を早く早くと急かして手を伸ばす。私はこの状態から一刻も早く逃れたいのだ。
意地悪もなく引き上げてくれた三郎に「勘右衛門にイタズラでもされたのか?」と、思ってもないことを聞かれてつい呆けてしまった。

「おれは良い子にしてました。七松先輩は?」
「この姿で撒いた。…が、見つかったら今度は勘右衛門がやばそうだ。時間をおいたほうがいいかもな」

姿こそ勘右衛門だけど声も口調も三郎のまま、片手を腰にあてて言う。
勘右衛門はひきつった顔で「どうやって撒いたんだよ」と尋ねていたけれど、三郎はにっこり笑って――その笑顔はまさに勘右衛門だ――質問には答えなかった。

「……丁度いいからおれは名前について作法室寄ってから行くよ」
「はいよ」

さも当然といった様子で二手に分かれる勘右衛門と三郎を交互に見て、勘右衛門の手招く動作でその後について歩く。

「勘右衛門、いいの?」
「“どうしても行きたい”んじゃなかったっけ?」

くすくす笑って、どっちにしろ行くんでしょ、と付け足す勘右衛門は私の数歩先を楽しそうに歩く。
一体いつから私と七松先輩のやりとりを見ていたのか。
なんにせよ、困ってるのを見かねて助けてくれたんだろう。

「…………ありがと」
「ん?なんか言った?」
「別にー」
「なんて。ちゃんと聞こえてたりして」
「いっ、いいけどね、聞かれて困ることじゃないし」
「おれかっこよかった?」
「うん。ちょっとドキッとした」
「…………なんでそういうこと言うかな」
「駄目だった?」
名前の浮気者ー」
「ええ!?しょうがないじゃんしちゃったものは!ほら、姫の危機に颯爽と現われる正義の味方、みたいなやつ思い出したんだよ」
名前が姫?っていうかそれ七松先輩悪役だよね」
「いいでしょ別に!私だって似合わないことくらいわかってるってば!」

先輩の訂正はしないんだ、とつっこむ勘右衛門に笑って返す。
良い先輩だってことはわかる。
わかってるんだけど、昨日今日と振り回されて少し苦手なのも確かだ。

「そういえばさ、勘右衛門…三郎もだけど“活動の一環”てあれなに?私の見張りってこと?」
「ぶっちゃけちゃうとその通り。っていうか立花先輩から学園長先生経由で正式に学級委員長委員会の仕事になっちゃったから諦めて。なるべく気配消しとくし」
「え!?た、立花先輩?」
「そ。居合わせた三郎が感心してた、よくもああ口が回るなってさ」

「――随分楽しそうな話をしているな」

スッと戸が開いた先には微笑を浮かべた立花先輩。
動きを止めた勘右衛門は視線だけを上にやって、「作法室、到着」とかろうじて私が聞き取れる声量で呟いた。

名前、お前もしや鞍替え――」
「人聞きの悪いこと言わないでください。断じてそんな事実はありません」
「わかっている、お前はそんなに器用じゃないからな」

クツクツと笑う立花先輩の冗談はとてもわかりづらい。私の反応を見るためにわざと言うのはやめて欲しいものだ。
ここ最近、他の人からの話で良い先輩だと認識した直後に、それを自らぶち壊すというのを繰り返している気がする。

(わざとかなって思うのは、さすがに考えすぎかな…)
「なんだ?」
「いえ、なんで勘右衛門を天井裏に待機させてるんですか?」
「……万が一に備えてな」

ふっと軽く溜息をつく立花先輩に少し疲れが見える。
声をかけようか迷って、やっぱり聞かないのは後悔するかも、と背筋を伸ばした瞬間背中に衝撃を受けて奇声を上げてしまった。

「……実体だ」
「き、き、き、喜八郎!おどかさないでよ!」
「あったかい。人形じゃないですね」
「本物!本物だから!ほら、ちょっと離れ……あーもー、また泥だらけで!!」

せっかくここへ来るまでにあらかた落としたのに。
ぶちぶち文句を言いながら喜八郎に手ぬぐいを押し付けていると、立花先輩はさっきとはニュアンスの違う微笑を浮かべた。
嬉しそうというか、雰囲気が柔らかい。

「やはり小平太にはやれんな」
「? なにか物の貸し借りでも?」
「まあそんなところだ」

首を傾げる私に、天井裏から声がかかる。

「どうしたの、勘――」
「来たか。尾浜!」
「はい!名前、これ掴まって」
「え?え?え!?」

あれよあれよという間に天井から伸びてきた縄を掴まされ立花先輩のサポートで天井裏へ上げられる。続けて下から放られたのは報告用の巻物。
慌てて受け止めると、立花先輩は私から視線を廊下の方へ移してこともなげに言った。

「報告は次回まとめてで構わん、どうせこれから詳しく聞けるしな」

それを最後にパタン、と閉じられる天井の隙間。
じゃあ私は勘右衛門を引き連れてまで何をしに来たんですか。
そんなツッコミを入れる前に、ズダダダダと廊下をものすごい勢いで走る音が聞こえた。

「仙蔵ーーーー!!」
「やかましい。そんな大声を出さずとも聞こえる。今日は丁重に扱ってくれたんだろうな?」
「まかせろ!今日はな――」

なるほど。七松先輩の来訪でしたか。
納得して移動しようとしたら、手を置こうとした場所に下から手裏剣が突き刺さった。

「小平太、まだ作法室を壊し足りないのか」
「曲者じゃないのか?」
「用具委員だ。先日お前が散々散らかしたこと、忘れたとは言わせんぞ」
「いや、そっちはちゃんと覚えている!あれはほんとーにすまなかった!」
「長次の無言による圧力はよく効いただろう」

先輩たちのやりとりを遠くに感じながら、どっくんどっくん激しく鳴る心臓を押さえる。

名前、気配消さないでね。余計怪しまれるから――立花先輩が時間稼いでるうちに行こう」

勘右衛門の小声による注意に何度も頷いて、ごく普通に、と言い聞かせながら天井裏を移動することにした。
七松先輩はすごい先輩だけど、やっぱり少し怖いなとこっそり思った。

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