カラクリピエロ

体育委員会(6)



「――玉切れだ」

打ち出すボールを全て使ってしまったらしい。
七松先輩は滝夜叉丸と三之助にボールの回収と、四郎兵衛・金吾の様子見を指示して私の方へ寄って来た。
倒れる寸前の私は免除してくれたらしい。
お荷物なのが心苦しいけど、ありがたいのは確かだ。

名前はあれだな、体力はないが反射神経はいい」
「あ、りが、と、ござ…ます」

足元に落ちていたボールを拾い上げ、ひとさし指の先ですごい速さで回転させながら七松先輩がいう。

――避けなければ死ぬかもしれないという恐怖のおかげです。

とは思ったものの、にこにこしながら私の頭をぐりぐり撫でる(痛い)ので、褒め言葉と受け取ってお礼を返した。
ゼェゼェと荒れる呼吸のせいで途切れがちになったけど、伝わってはいるだろう。

「というわけで体育委員にならないか?」

――いやです。
このままこの委員会にいたら死ぬと思う。割と本気で。

首を振ろうとしたのに、七松先輩は私の頭に手を置いたままで上手く動かせない。ついでに満面の笑顔で頭を固定されているこの状況がちょっと怖い。
呼吸を整えて断りを入れようと口を開いた直後、背中にドンと衝撃を受けた。

「ぶっ」
「おっ」
「わあっ、すみません!」

油断しきっていた私はそのまま七松先輩につっこみ、顔面をぶつけてしまった。
背後から聞こえる謝罪の声は金吾のようだ。

(……あれ、動けない……?)

振り向こうとしたのになぜか私の背中には七松先輩の腕が回っていて心臓の音が近――

「は、離してください!」
「ついでだ」
「なにがですかどこがですかほんと勘弁してください!」
「女が腕の中に飛び込んできたら抱き締めてやるのがいい男だ!」
「なにかっこよく言い切ってるんですか。っていうか事故なんだからこの場合は当て嵌まりませんし、恥ずかしいのでお願いします!」

いっぱいいっぱいになりながら必死で言うと、さすがの七松先輩にも伝わったのか、ようやく解放してくれた。
頭上では七松先輩がなにやら言っているけれどそれどころじゃない。

疲れ果てて座り込む私を気遣うように、金吾が恐る恐るといった様子で「あの」と声をかけてきた。

「どうした金吾」
「時友先輩、少し怪我をしていたらしくて…滝夜叉丸先輩が一応医務室へ連れて行きました。それと次屋先輩が迷子だそうです」
「そうか、わかった…………名前は体育委員だな?」
「は?はあ…まあ、そうですね。今日が終わるまでは」
「よし。わたしは三之助を捜すついでに裏山まで走ってくるから名前、お前あと頼むな!」
「え、」
「バレーボールは学園の備品だから全部あるか確認して用具倉庫に戻してくれ。金吾は滝夜叉丸と四郎兵衛に伝言な」
「わかりました」

屈伸をしながら軽く言われたが、これ暗に委員長代理よろしくってことじゃないだろうか。
金吾の返事を聞くや否や消える七松先輩に呆然とする私。

苗字先輩、大丈夫ですか?滝夜叉丸先輩がボールは大体集めたって言ってましたけど」
「あ、そうなんだ。それなら楽かな…………ん?」

可愛らしく首を傾げる金吾に、僅かな違和感を覚える。
金吾を凝視しすぎたのか、今度は不安そうに「苗字先輩?」と声をかけてくるのを聞いて、思わず手を打ち鳴らした。苗字だ。

「もしかして金吾、前から私のこと知ってた?」
「あれ、言ってませんでしたっけ…庄左ヱ門に聞いて、会えるの楽しみにしてました」

照れくさそうに頭を掻く金吾に胸がキュンとする。可愛い。
何を言ったのかわからないけど、好印象を与えてくれているらしい庄左ヱ門にも感謝だ。
衝動のまま頭をなでると、金吾は益々照れて頬を赤く染めつつ笑った。

「……苗字先輩は怒るかもしれませんけど」
「ん?」
「姉がいたらこんな感じかなって、思いました」

――かわいい。
衝動に任せて抱きしめそうになったのをこらえていると、金吾が焦りながら謝ってくる。
無言で固まっていたせいで誤解させてしまったらしい。

「金吾、私、今すごく嬉しいから気にしないで」

そう答えながら、もう一度頭を撫でれば金吾は何度か瞬きをしてほっとしたように笑ってくれた。

「――じゃあ片付けして、終わりにしますか」
「はいっ」

手を繋いで途中まで一緒に移動して、医務室へ向かう金吾を見送る。先にボールが集めてある場所へ到着したものの、そこで大事なことに気づいた。
足りない場合は探さないといけないのに、肝心の総数がわからない。

用具倉庫で管理表を見てこようか迷っていたら、タイミングよく滝夜叉丸が二人を引き連れて来てくれた。

「すみません苗字先輩、遅くなりまして」
「ううん、むしろ丁度良かったよ。四郎兵衛、大丈夫?」
「はい、平気です。転んだときの擦り傷だけでした」
「あ、ボールは原因じゃないんだ…」

金吾もそうだったけど、体育委員て頑丈だなと思う。
滝夜叉丸もボロボロになっているけどまだ余裕がありそうだし、三之助は迷子になる元気と体力はあるわけだ。

「滝、ボールって全部で何個?」
「あらかた回収できたとは思いますが…確か、」

滝夜叉丸が告げた個数と照らし合わせると一個足りない。

「すごい微妙…」
苗字先輩、ここにあるので全部です」
「ん?どういうこと?」

さすが私!と自分を褒めている滝夜叉丸を辛抱強く待って理由を聞くと、簡潔な答えが返ってきた。

「七松先輩が一つ割ってしまいましたので」
「え、…割…えぇ!?素手で?」
「いえ、さすがにそれは…いけどんアタックのせいかと」
(殺人バレーができるかも……)

やっぱり七松先輩は人間離れしすぎだと思います。
うん、体育委員会は無い。無理。いくら誘われても断固拒否決定だ。

七松先輩のボール破壊は予算が削られていく一因らしい。

分担してボールを用具倉庫まで運ぶ道すがら、滝夜叉丸がなんとも悩ましげに首を振って愚痴をこぼした。
破壊した分はきっちり体育委員の予算から引かれているそうだ。

……当然だと思ったけど言わないでおいた。

備品損失の項目にしっかり“体育委員、バレーボール×1”と記載されたものの(食満先輩はまたか、と呆れ混じりに言っていた)、これで私の体育委員会での活動は終わりだ。

学級委員長委員会以上に“いる意味あった?”と首を傾げたくなるけれど、気にしたら負けだと思う。

(学園長先生も交流を深めるためとかなんとか言ってたしね、うん)

言ったのは三郎だったような気もするが。

「お疲れ様でした、苗字先輩。私としても新鮮でしたし、お相手していただけて嬉しかったです。よければまた参加してください」
「…ありがと滝夜叉丸。そう言ってもらえると気が楽になるよ。参加は…元気いっぱいのときに、気が向いたら」
「バレーボールだけでも結構ですから!」
「……的が増えるから?」
「ハハッなにをおっしゃいます、この平滝夜叉丸の華麗な動きをとくとご覧に入れますよ」
(…否定はしないんだね…)

滝夜叉丸とそんな会話をしながら、頭の中で行動予定を立てようとしたのに、背後から伸びてきた腕がいきなり首元に回されて一瞬意識が飛んだ。

「な、七松先輩、苗字先輩の首絞まってますよ!」
「ん?おおすまん!大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶじゃ……なにするんですかいきなり!」
「うーん、ついいつもの調子でやってしまうな……名前は柔すぎて加減が難しい」
「あの、七松先輩…話を聞いてください、離してください近いです」
「よし一緒に飯を食おう!」

なぜ。

「ところで七松先輩、三之助はどうしました?」
「拾って富松に預けてきた。そっちは留三郎をちゃんと誤魔化したか?」
「無茶言わないでください…さすがの私にも無理難題です」

「なんで私そのままで話続けるんですか!ちょっと、滝!?」

ツッコミどころが多すぎて追いつけない。
助けを求めるように滝夜叉丸を呼べば、彼はふっと悲しそうな顔をして前髪をかきあげた。

「すみません、先輩方。私は用事を思い出しましたのでここで」
「おー、またな!」
「こ、こら!薄情者!」

ずるずる引きずられる私と立ち止まった滝夜叉丸の距離が開いていく。
頑張ってくださいと言ったらしい――口パクだけで声はでていなかった――滝夜叉丸は手を振りながら私たちを見送っていた。

――生贄か。

「覚えてなさいよ滝夜叉丸…!」
「ん?どうした?」
「七松先輩、私、作法室へ行く用事があるんです。どうしても!立花先輩に会わないと」
「仙蔵にはわたしから言っておくから大丈夫だ。丁度用もあることだしな」
「それに五年生と約束が――わっ!?」

パッといきなり離されて前につんのめる。
よろけてバランスを取り直そうとして、結局転んだ。
あと一歩先までいってたら目の前にある落とし穴(深さ不明)に落ちていただろうなぁ。

そこにふっと影が落ちてきた。七松先輩かと思って顔を上げたのに。

「……勘右衛門?なんで?」
「活動の一環。ついでに名前の迎えかな」

言いながら屈みこんで足元に刺さっていた苦無を抜いた。

……それがそこにあって私がこうして転んでいるということは。

(七松先輩に投げたの!?)

「今度は尾浜か」
「ってことは……三郎とも対面済みですか?」
「対面はしてないが、さっきな。やるなら本気で行くぞ」
「あー…さすがにタイマンじゃまだ敵わないな~」

食事前の運動とばかりに笑顔で組んだ指を鳴らす七松先輩と、ゆるく笑って後ろ頭を掻く勘右衛門。
見た目とは裏腹に妙に緊迫した空気に動けなくて、誰でもいいから来て欲しいと念じていた。

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