カラクリピエロ

体育委員会(3)



七松先輩みたいにはいかないけど、ひとまずは指示された場所へ移動しなければ。
大きく伸びをして腰に手を当て、気合を入れなおしたものの――ここはどこなのか。
金吾に追いつく前に七松先輩が迎えに来てくれたから現在地がさっぱりわからない。

「あ、あの、名前先輩…」

声をかけようとした相手は大きな目をきょろっと動かして、躊躇いがちに私の名前を呼んだ。
ぱちっと目が合うと四郎兵衛は俯いてしまい、私から表情を伺うことはできなくなってしまった。
片手で装束の胸元を握るのが見えるけれど……

(…怖がられてる?)

忍たま二年生といえば一年生に次いでくのたまからの悪戯を受けやすい学年だし、苦手意識やらトラウマやらを植え込まれるのもこの時期――らしい。よく知らないけど。

「し、四郎兵衛、私怖くないよ!可愛がることはあるけど嫌がることはしないし!」

…してない、はず、と心の中で付け足す。
自分で言うと余計怪しいと感じてしまうのは何故だろう。
無意味な手振りを交えてみると、四郎兵衛はふるふると首を振った。

「ご、ごめんなさい、先輩を名前で呼ぶこと、あまりないので」

先輩は怖くないです、と段々小さくなる語尾で言ってくれた。
つまり照れていた、と?

そういえば、七松先輩は私を紹介してくれるとき名前しか言っていなかった。
私も四郎兵衛と同じように先輩は苗字で呼ぶから、その戸惑いはなんとなくわかる。親近感を覚えて、思わず四郎兵衛の頭を撫でてしまった。

名前先輩?」
「あ、ごめん嫌?」

これにも首を振ってくれたのでほっとした。
四郎兵衛の動作に合わせてぴょこぴょこ動く髪の毛が小動物のしっぽを連想させて可愛い。

「――じゃあ、早速行こっか。四郎兵衛、ここどこかわかる?」
「裏々山の途中です。ここから向こうへ行くと裏々々山になりますから…裏山はあっちですね」

私はなんとも微妙な位置で体力切れを起こしていたらしい。
指差しで教えてくれる四郎兵衛に礼を言って、ひとまず裏山の頂上まで戻ってみることになった。

「三年生の色って山じゃ保護色で見つけづらいよね。いつもはどうしてるの?」
「七松先輩が見つけてくることが多いです…あとは同じ三年生の富松先輩が手伝ってくれたり、次屋先輩が自分で戻ってくることもあります」
「うーん……」

三之助の名前を呼びながら頂上まで着いたけれど、さっそく手詰まりだ。
私の場合勘なんてあてにできないし――

――――……ォン!

ふと、聞きなれた鳴き声がして顔を上げる。
急いで一番近くにあった樹に登って目を凝らすと、黒い塊がこちらに向かってくるのが見えた。

名前せんぱーい?次屋先輩が見つかったんですかー?」

下から四郎兵衛が声をかけてくる。
私は樹から降りて「違うかも」とだけ返した。

あまり響かないように、ピュイ、と短く指笛を鳴らす。
と、茂みをガサガサ鳴らして黒い犬が勢いよく飛び出してきた。

「っ、四郎兵衛!」

咄嗟に腕を引いて自分に寄せると、勢いづいた犬は丁度四郎兵衛が居た辺りまでズザザ、と滑り込みながら足を止めた。
…こんなにはっきり足跡を残していいんだろうか…
忍犬はもっと優雅で淡々と主人に付き従うイメージなのに。

(しつけ、もっとがんばろう…)

「わあ……先輩の犬ですか?」
「うん。影丸っていう……うぐっ、」
「せ、先輩!!」

どん、と思い切り体当たりをされてよろけ、さらに追撃されて膝をついてしまった。
私はキッと影丸を睨みつけ、『待て』の合図を送る。
真っ直ぐ私を見るきらきらした目と大きく振られる尾と、走ってきたせいか荒い呼吸がいかにも「遊んで」と言っている。
遊んであげたいのは山々だけど今はそれどころじゃない。

あとで、と告げて頭を撫で、転んだ私を心配してオロオロしている四郎兵衛には大丈夫だからと笑った。

…というか、影丸が引きずっているボロボロの柵らしきものは飼育小屋の一部ではないだろうか…
嫌な予感しかしないそれをなるべく見ないように視線を逸らす。私が原因だなんてばれたら竹谷に怒られること必至だ。

「おーい!黒犬ーーー!」

「あ!次屋先輩!!」

四郎兵衛が安心した表情を見せた直後、茂みが揺れて探し人が出てきた。
きょとんとした表情で私と四郎兵衛を見て、それから後ろに居る影丸を視界に入れて「お前らも迷子?」と、なんともどつきたくなる一言を溢した。

「オレがマラソンコースを走ってたら、いつの間にか四郎兵衛と金吾が迷子になってて。それでオレ近くを捜し回ってたんですよ。いくら捜しても見つからないし、とりあえず学園まで帰ろうと思ったら見たことない犬が通りかかるじゃないですか。で、こいつも迷子なら仕方ないから保護してやろううと思って――」

そこまで聞いて、滝夜叉丸は三之助の頭に無言で手刀を叩き込んだ。

「ってぇ!?何するんですか滝夜叉丸先輩!!」
「お、ま、え、は!自分が方向音痴だということを自覚しろと言っているだろう!」

「――ま、見つかってよかったよな!」

はっはっは、と豪快に笑う七松先輩は相変わらず疲れている様子がない。
学園へ戻るぞ、と号令を受けて、委員会メンバーは揃って良い返事を返していた。

名前もいいか?」
「は、はい、わかりました」
「よしよし。夕飯食べたら校庭に集合な!」
「は…?」
「運動し足りないだろ?」

ポンポンと私の頭をリズムよく叩いた七松先輩がさも当然という雰囲気で言った。
次に影丸をわしわし撫でまくる(影丸はちょっと鬱陶しそうにしているが)七松先輩は楽しそうだ。

「…………滝夜叉丸、これ普通?」
「…ええ、まあ」

はは、と乾いた笑いを溢す滝夜叉丸にはいつものキラキラがくっついていない。
体育委員会って本当に体力勝負だ……

学園への道のりはやけに長く感じた。
それというのも、目を離した隙にいなくなりそうになる三之助のせいだ。

七松先輩は先導しながら消えたり現われたりを繰り返し、さすがに滝夜叉丸も先輩後輩全部を見ていられないらしい。

その隙を見計うように三之助はひょいと居なくなっているから怖い。

三之助が道を外れるたびに影丸に追わせて、装束をくわえて引き戻させる。
……もういっそのこと誰かと繋いでおいたほうがいいんじゃないだろうか。

「ねえ、三之助」
「ん?あー…えーと、名前!だったよな?」
「ばっ、馬鹿もの!彼女はお前よりも先輩だぞ!?」
「はあ?だって先輩方そんなこと言ってなかったじゃないですか!オレより小さいし…………ん?でも肉付きはそれなりに……」

「――影丸」

「痛ってぇ!!」

カプ、と噛まれた手をヒラヒラさせる三之助に、滝夜叉丸は呆れた顔で「当然だ」と溢した。
うん、滝の言う通り。

「……で、なんでしょうか、名前センパイ」
「今は私も体育委員だから、後輩のこと滝に任せてばっかりなのもね」
「? はい」
「せっかくだし、少しは役に立ちたいなーと思って」

言いながら縄を三之助の腰に巻きつけて、その端を握り締めた。

「…………先輩」
「ん?」
「後輩を縛って繋いでおくとか…そういう趣味ですか?」
「違います。迷子防止です」
「ああ、先輩が迷子にならないように」

この子は自分が迷子になりやすいってこと全然わかってないらしい。
そうでもなければ頻繁に行方不明にはならないだろうけど。無自覚方向音痴ってやっかいだ。

思わず溜息を吐き出すと、三之助は頬をかいて「んー」と溢したあと私に笑顔を寄越した。

「ま、心配しなくてもオレがちゃんと連れてってあげますって」
「……だから迷子になってるのは三之助だよ……」

がっくり項垂れると少し先の方から滝夜叉丸の呼ぶ声が聞こえた。
どうも話をしているうちに遅れてしまったらしい。
いつの間にか縄を解いてしまった三之助は、呼ぶ声に答えながら私の手首を掴んで引っ張った。

…まあ、迷子にならないならこれでもいいか。

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