カラクリピエロ

学級委員長委員会(3)



――鉢屋は私に追いつかせる気あるんだろうか。
一向に縮まらない距離に一度足を止めて呼吸を整える。

(こっちは着物に足をとられてあまり早く歩けないってのに……)

目に付いた足元の小石を拾って、鉢屋に向かって思い切り投げてやった。

「あ」

コン、と跳ね返る小石と後頭に手をやって不機嫌な表情で振り返る鉢屋。
目的は果たせたけど、事態は悪化したような気がする。
その場で立ち止まり腕を組む鉢屋は「さっさと来い」と言いながら私の後ろへ視線をやった。
一年生と勘右衛門の確認だろう。

「……っ、言われなくてもわかっている」
「何?」
「勘右衛門」

矢羽根で連絡でも取り合ってたんだろうか。
後ろを見れば一年生二人を連れている勘右衛門がにこやかに手を振ってきた。

(…全然こっそりじゃない)

返すように手を振れば、勘右衛門と一緒に一年生も手を振ってくれて、可愛らしさに顔がにやけてしまった。

それはそれとして。
いつもよりずっと言葉が少ない鉢屋はらしくない。

「……あのさ、そんなに嫌ならなんで鉢屋がこっちなの?」

暗に勘右衛門と変わればと言えば、鉢屋はさっさと私から目を逸らして歩き出した。

「負けたからだ」
「……ああそうですか」

罰ゲームってことね。そんなことだろうと思ったけど。
負けたなら負けたなりに潔くこなして欲しい。
不機嫌そうにされると私まで気が滅入りそうだ。

「――別に嫌ってわけでもないぞ」
「は、」
名前、さっきのあれはどこの受け売りだ?くのたまか?それとも図書室の娯楽本か?」
「え?」
「とりあえず私のことは名前で呼べ。そのほうが“らしい”」
「ちょっと!」
「なんだ」
「なんだじゃなくて、いっぺんに言いすぎ!」

質問されてるのか助言されてるのか混乱してくる。
足は町へ向かいっぱなしだけれど――そういえば、さっきよりずっと歩きやすい。
合わせてくれてるのかと見上げれば、鉢屋はふっと柔らかく笑った。
いつものニヤリじゃなくて不破くんみたいな…でも違う初めて見る表情だった。

「……そんな無理しなくても」
「本当に失礼だなお前は。もうすぐ町に着くんだから練習に決まってるだろう。私は騙すならとことん主義なんだ」
「へーすごいね。やられるほうはたまったもんじゃないけど」
「感心してる場合か、名前もやるんだからな」
「そんなこと言われてもこういうの苦手なんだってば」

弱点をさらけ出すことで自分が不利になろうと、苦手なものは苦手だ。
誤魔化すのも面倒でぶちまけると、鉢屋はあからさまに大きな溜息を吐き出して顎に手をやった。

「なら――ほら、兵助の姿ならどうだ……おい、なぜ離れる」
「なんでもかんでも久々知くん出せばいいと思ってるでしょ!」
「私なりのサービスだ」

確かに私服(鉢屋のだけど)の久々知くんは貴重だけどそうじゃなくて!
久々知くんとデデデデ、デート、なんてまだ心の準備ができてないし、いやこれは鉢屋なんだけど気持ちの問題というか、ほら。機会があればしてみた――

「おい」
「いたっ、…乱暴者!」
「駄々漏れすぎだ。私は兵助じゃないしこれはデートでもなんでもないだろ」
「鉢屋が久々知くんの変装するから悪いのに!」
「なぜ私のせいになる。お前が妄想過多なんだ!」

「――あのさ、」

「「勘右衛門」」

鉢屋とそろって近くに来た友人を呼べば、勘右衛門は呆れきった顔で進行方向を指差した。

「ほらさっさと行く。日が暮れちゃうでしょ、おつかいに出たくらいで野宿とか冗談じゃないからね」

勘右衛門の意見はもっともだ。
納得して口を噤めば勘右衛門に軽く押されて、よろけた拍子に鉢屋にぶつかってしまった。

「ごめ…」
名前、黙っててもそれくらいの距離にいれば自然と恋仲に見えるよ」
「…そんなもの?」
「そんなもの」

はっきりと言い切る勘右衛門に再度見送られて(少し離れてるだけだけど)歩き出したものの、男女一組ってだけで恋仲に見えるって本当だろうか。
きょろきょろしてみたけれど町までまだ少し距離があるせいか人通りはまばらで、見かけても熟年夫婦といった感じなのでよくわからない。

名前、お前の妄想力なら簡単だろうが」
「せめて想像って言ってよ。というか考え読むのもやめてください」
「わかりやすいのが悪い。立花先輩にも言われてただろう、少しは直せ……話が脱線したじゃないか」
「…え、今の私が悪いの?」

鉢屋は頷いて私のせいだと言ったあと、「兵助が女連れで町を歩いているようなものだ」と例え話をした。
相手は私が知ってる人でも知らない人でもいいらしい。

「………………どうしよ…泣きそう…もう家帰りたい…」
「どんだけ落ち込むんだお前は。例えだと言っただろ…おい、しっかり歩け」
「友だちだといいのに」
「何が」
「久々知くんの隣を歩いてる羨ましい女の子だよ!」
名前の妄想の中にしかいない女なんか知るか!」
「――ったい!は、ち…!耳ひっぱりすぎ!!」
「そこで切るな八左ヱ門と混ざる」

想像と現実がごっちゃになって涙目になりながら抗議すると、鉢屋は全然かみ合わない答えを返してきた。
言われてみれば音が被ってるかもね、とそれに乗ってしまうのは、想像を振り払いたいからだろうか。
“らしく”振舞うように名前でとか言ってたっけ。

「……さぶろーさん、とか呼べばいいのかな」
「っとに手の掛かる」
「そんなに鉢屋に迷惑かけ……た、かも」
「かもじゃない、かけているだろう今まさに。あと戻すな、もっとハキハキ呼べ。それから“さん”はいらん、落ち着かない」
「注文多いよ!」

文句を言えばチラと視線を向けられて思わず口をつぐんだ。

――いつの間にか賑やかな雑踏と客引きの声がとても近かった。

+++

先にお茶葉を購入して、課題物である甘味が手に入るという店を目指す。
道中普段と同じような話しかしていなかったけれど(ついでに後輩自慢もされた)、デート中っぽくは見えるらしい。
フラッと勝手に小物店に寄る私を呼び戻すために店を覗いた鉢屋が、「彼女にどうか」と声をかけられていたからだ。
なるほど、勘右衛門の言う通り年頃の男女一組はわかりやすい記号らしい。

「――鉢…三郎に彼女が居たら、この場を誤解されて修羅場に巻き込まれるのかな…」
「そんな有りもしないどうでもいいことより勝手にふらふらするな」
「うん、ごめんね。あ、あの店も寄りたい」
「おい名前
「くのたまの友だちに頼まれてるの。ちょっとだけだから」

声を潜めて言えば、渋々といった様子でついてきてくれた。
なんだかんだで鉢屋は付き合いがいいと思う。

「ねえ三郎、これとこの色だったらどっちが涼しそう?」
「…………左手の」
「じゃあこっちにする。すみませーん!」

頼まれた髪紐の注文が“涼しげ”だけで迷ってたから助かった。
忍たまが選んでくれたって聞いたらどんな反応されるか気になるけど…どうして忍たまとお出かけなのかを聞かれてヤブヘビ状態になりそうだ。
……やめておこう。追及されるのは面倒くさい。

「よし。これでくのたまの分は終わり」
「…やっとか…」
「ごめんね、ありがとう」

三郎が私に色々と付き合ってくれたのは抵抗するのも疲れたからだろうかと、うんざりした調子で答えるのを見て思った。

「ほら、」
「?」

ずいと手を出してきたので、思わずそれを凝視する。お駄賃?

「はい、どうぞ」
「なんだこれは」
「飴。さっきのお店でおまけしてくれたの。かんえもーん、ひこしろー、しょうざえもーん」

彼らにもお裾分けしようと雑踏に向けて声をかけてみると、彦四郎と庄左ヱ門が茂みから飛び出てきた。
髪には葉っぱ、頬と服は少し泥がついているし…どんなところを通ってきたのやら…
二人の髪の毛についている葉っぱを取り除いて、ついでに顔も拭いていると頭上から勘右衛門の声がした。

「どうしたの名前
「甘いもの食べない?はい、二人にも」
「「ありがとうございます!」」
「食べる、ありがと。最後のおつかいも頑張ってね」

投げて、と言う勘右衛門に放り投げると予想以上に飛んでしまい、追いかけた勘右衛門はバランスを崩して樹から落ちた――かと思いきや器用にぶらさがっていた。
飴も受け止めたらしく、平気だから、と笑う姿に素直に感心してしまった。

「…名前、さっさとその荷物寄越せ」
「これ?持ってくれるの?」
「さっきからそう言ってるだろう」
「言われてないよ…でも助かる!やっぱり軽くても量が多いと大変だった…………三郎、今日優しいよね」
「一応そういう設定だからな。……にやにやするな」
「恩恵にあずかれて光栄です」

かさばっていた荷物のほとんどを請け負ってくれた三郎に感謝して、学園長先生御用達のお店を目指す。
そこで品をもらえれば、おつかいは無事完了だ。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.