カラクリピエロ

学級委員長委員会(2)



「「尾浜先輩、こんにちはー」」

私が生返事を返した直後、戸口から二人分の声が重なって聞こえた。
勘右衛門は腰を上げ、「遅かったじゃん」と言いながら笑顔で戸口へ移動した。
浅葱色に井桁模様の制服。背丈は勘右衛門の胸くらい――やっぱり一年生は無条件に可愛いと思う。

「三郎は?」
「途中で散歩中の学園長先生に呼ばれて庵の方へ」
「あー…じゃあ先にこっちだな。ほら二人とも」

勘右衛門が一年生二人の背中を押して私の方へやる。
見知らぬ人間がいることに戸惑っているのか躊躇う子と、あっさり座って「こんにちは」と挨拶してくれる子。躊躇っていたほうの子もそれを見てキッと顔を引き締めた。なにこの可愛い生き物。

「鉢屋先輩からお話は伺っています。僕は一年は組で学級委員長をしている黒木庄左ヱ門です」
「一年生の中では優秀な『い組』の学級委員長、今福彦四郎です」
「毎回思うけどその前置きって必要なの?」
「…くせ…すりこみ?安藤先生いつも言うから」

なにやら二人だけで進んでしまう会話に割り込んでいいものか迷う。
どうしよう、と勘右衛門に目をやると彼は一つ頷いて一年生二人の頭にポンと手を置いた。

「三郎から聞いて知ってるだろうけど、名前もお前らに挨拶したいってさ」
「ありがと勘右衛門――改めて、くの一教室の苗字名前です。普段は作法委員会に参加してるけど、少しの間お世話になります」

ペコっと頭を下げると一年生二人は同時に「よろしくお願いします」と挨拶してくれた。
喧嘩しそうに見えたけど、仲はいいのかな。

挨拶が終わるや否や、庄左ヱ門は私をじっと見て質問していいか聞いてきた。
真剣な様子に思わず背筋を伸ばして頷く。

「くの一教室では普段どんな授業をしてるんですか?」
「ずるいぞ庄左ヱ門!」
「何が?僕は鉢屋先輩が“聞いたら答えてくれるよ”って言ってたから質問しただけだよ」
「それなら僕だって『い組』のみんなに教える為に聞く」
「そうだね、いいんじゃない?」

(どうしよう口挟めない)

ヒートアップしていく二人…というか彦四郎とは対照的に庄左ヱ門は至って冷静だ。
普段見てる一年生はどうだったかなと思い出してみる。
大抵最初につっかかっていくのが伝七で、それに言い返す兵太夫のパターンが多い気がする。
言い合いが収束してくると「アホの『は組』には優秀な『い組』の考えは理解できないんだな!」とかなんとか言い出して「所詮理屈でしか物が言えない『い組』には『は組』を理解してもらえなくても結構だよ」とかがお決まりになってるような…
その辺で藤内と分担して二人を宥めるのが作法室でのお約束だ。
時々ストレスの溜まった立花先輩が実力行使で外の樹に二人を吊るしていたりするが、結局は両成敗で終わっている。

名前
「…でもなんだかんだで一緒にいることが多いんだよねぇ…やっぱり同学年だから?」
名前ってば」
「ん?なに勘右衛門」
「さっきから何ぶつぶつ言ってるの。二人も戸惑ってるから」
「うん、同じ『い組』と『は組』の言い合いでも私が知ってるのとは大分違うなーって」

そんな風に言えば、勘右衛門は「人が違うんだから当たり前じゃん」と笑った。

「それよりどうするの、答えてあげるの?」
「いいけど……くのたまからの悪戯防止に関しては役に立てないかな」
「何故ですか?」
「その辺のことに関しては教えたくないっていうのと……手を変え品を変え努力する後輩の邪魔したくないから。楽しそうに計画立てたり準備してるときのあの子たち見るの好きだしね」
「……名前って毒は無いけど棘は有る感じだよね」
「勘右衛門、それ意味わかんない。そうだなあ……無償の親切気をつけろ、って覚えておけばいいんじゃない?」

頭ごなしに疑われるのもイヤだけど、と付け加えて。
納得しきれてないながらもメモを取る一年生が素直で、微笑ましい。

先に質問された授業内容についても軽く話した。適度に質問を挟んでくる二人は本当に勉強熱心だと感心する。
ついでに勘右衛門までおとなしく聞いていたのが意外だった――くの一教室の授業、興味あったんだろうか。

+++

「…今更って気もするんだけど」
「ん?」

たどたどしい手付きで彦四郎が淹れてくれたお茶を口にしながら切り出すと、勘右衛門はにんたまの友(課題らしい)から顔を上げて首をかしげた。

「この委員会ってどんな活動してるの?さっきから宿題しかしてないんだけど…」

一年生も黙々と課題に取り組んでいて(庄左ヱ門に比べて彦四郎の課題量が多く見えるのは気のせいだろうか)疑問に思っている様子はないし、私は何をしに来たのか改めて疑問が湧く。

鉢屋から後輩を自慢されるため、というのが目的だったはずだけど鉢屋はまだ戻ってこないし、そもそも“体験ツアー”なんだから委員会特有の何かをしないと記録できない。
その辺の疑問を勘右衛門にぶつけると、彼は唸ってからポンと手を打ち合わせた。

「きっと三郎が何かしてくれる」
「えぇー」

思いっきり人任せじゃないですか。
もう帰っていいかな。

「おれらって先生方の連絡をクラスに伝えるっていうのと、学園長先生の思いつきで開催された行事の司会・進行が主な仕事だからなぁ……あとは学園長先生のおつかいに率先して選ばれる権利がある」
「そんなにこやかに……最後のは嬉しくない権利じゃない?」
「そうでもないよ。ふらっと町に行くのも悪くない」

な?って一年生に向かって笑いかける勘右衛門に、愛想笑いを返す一年生。
うん、後輩って大変だね。

「――そのおつかい、名前が選ばれたぞ」

「っ!?」
「普通に入ってきなよ三郎、名前と一年生がびっくりしてるじゃんか」
「近道だ」
「嘘つけ」
「それより先輩、おつかいってなんですか」
「庄左ヱ門はいつも通り冷静なんだから…もうちょっと取り乱すとかしたら?」
「不破雷蔵先輩の真似は結構ですので話を進めてください」

唐突に天井から降ってきた鉢屋の思惑に引っ掛かったのは悔しいが、驚いた拍子に私の装束を掴んだ彦四郎に和んだ。
にしても、あの冷静さ…庄左ヱ門は本当に一年生なんだろうか。

はいはい、と返事をする鉢屋はおもむろに紙を私に突きつける。ぐちゃぐちゃと文字の練習がされたような汚い紙――

名前、そっちは裏だ。学園長先生御用達の店を巡ってお茶の葉と甘味を調達してくるように、大体そんな内容だな」
「………………恋人を装いおまけを貰ってくる事」

ぴーえす、とふざけた趣で書かれている一文を声に出すと、握り締めた紙がぐしゃりと歪んだ。
鉢屋を見れば、冷めかけだった私のお茶を一気に煽って(せめて飲んでいいか聞いて欲しい)私に指を向ける。

「そういう触れ込みで試作品を配っているんだと。それが欲しいそうだ」
「お助け鉢屋、今発動してもいい?」
「何故」
「それで勘右衛門と行ってくるっていうのはどうかな!私無理だから!」
「「却下」」
「女装授業の一環とでも思えばいいでしょ!」
「三郎はよくてもおれヤダ。絶対ヤだ。無理。三郎が名前に変装してくれるならちょっとは妥協するけど」
「…………『勘右衛門、これでも妥協できる?』」

鉢屋が私に変装するなんて初めてだ。
――じゃなくて。

「私そんなに髪ぼさぼさじゃない!」
名前、ぶっちゃけそこどうでもいいよね。それ以前にでかい。縮め三郎」
「『無茶言わないでよ勘右衛門くん。山本シナ先生みたいな体型変化はまだ無理』」
「キモい」

ズバッと切り捨てる勘右衛門は普段と違った雰囲気で容赦がない。
だよな、と普段の不破くんの変装に戻った鉢屋は半眼で私を見て「今学期の成績にプラス五点」と呟いた。
ぴく、と反応して鉢屋を見返す。

「――もっと言えば学園長先生の承認印つき」
「……それは、私の?」
「他にないだろ。お前が受けるおつかいなんだから」
「…………ちょっと学園長先生のとこ行って来る」

心なしかよろけてしまったけれど、斜堂先生から預かっている報告用巻物を手に学園長先生の庵を目指す。
なぜかついてくる学級委員長委員会のせいで妙な一行になっていた。

「なんでついてくるの」
「委員会活動の一環だ」
「それすごく嘘っぽい…………学園長先生失礼します。くの一教室の苗字です」

中までは遠慮したのか、入室したのは私だけだ。
名前か、どうした?」とお茶の真っ最中だった学園長先生を見据え、私は巻物を広げた。

「――話は鉢屋から聞きました。ので、先に一筆ください」
「なぜじゃ…?」
「私のやる気向上のためです。サインは物と引き換えで構いませんから」
「まぁ、そう構えず気楽に行ってくるとよいじゃろ」

サラサラと“委員会の業務をこなしたことを認める+五”と学園長の字が躍る。
そのまま学園長先生は私を送り出しながら(巻物は返してもらえなかった)片目を開けた。

「楽しみにしとるよ」

正直不安しかありませんが、とりあえず頑張ってみます…
声には出さず頷いて、私は庵をあとにした。

+++

「で、どっちにする?」
「どっちでもいい。早く終わらせて印章もらって忘れる」
「忘れるって酷いなー」

おれと三郎、と自分と鉢屋を交互に指して言う勘右衛門。
内容はどっちを恋人役にするかってことらしいけど、どっちでも同じだ。
そんなことより“らしく”振舞うなんてできるんだろうかって不安の方が大きい。

「…とりあえず、着替えてくる…」
名前、ちゃんと女物着てくるんだよ」

勘右衛門に手を振って見送られ、重い足取りでくのたま長屋へ戻る。
私服を物色していると偶然通りかかった友人が「出かけるの?」と部屋を覗き込んできた。

「学園長先生のおつかいで町までね」
「じゃあさ、丁度いいから買い物頼まれて!」
「うえ、ちょっと、冗談だよね?」
「重くないからさ、お願い!あんた紅詳しいでしょ、だから――あと――、それから――」

つらつら続く彼女の言葉を皮切りに集まってきてしまったくのたまの皆さん。
私服選びを友人に任せ、私はおつかい品一覧を作るはめになっていた。

「……疲れた……」

余計なことに話が飛びすぎて無駄に長く時間がかかった気がする。
それに乗っちゃった自分も悪いんだけど。
久々に袖を通す着物は歩きづらくて、それでも待たせているだろうからと急いだ。

「ごめん、お待たせ」
「遅い」
「だからごめんて…………なんで全員私服?」

聞けば一年生と残った片方は、丁度いいから審判の練習でもしようということで結局ついてくるらしい。
ふうん、と相槌を打つとやけに注視してくる鉢屋。

「馬子にも衣装だな」
「どーもありがとーございます」

お決まりの嫌味を飛ばしてくる鉢屋に思い切り棒読みで返してやった。
出門表にサインをしていた勘右衛門は私たちの様子を見て苦笑する。
そのまま筆を手渡されたので名前を綴っていたら、

「仲良くしなよね。三郎と名前は今から恋仲ってことになるんだからさ」

ぐちゃ、と思い切り字がつぶれた。
恋仲とか…改めて言われるとものすごく違和感がある。耳慣れない、縁遠い言葉だ。
とりあえず黒くなって読めない名前部分を書き直して隣にいた鉢屋に回した。

「聞きたいんだけど…」
「なんだ?私では嫌だとか言うのか、まあ今ならまだ――」
「そうじゃなくて、手を繋ぐのと腕組むのはどっちが“らしい”の?正直言うとちゃんとできる自信ないから……教えてくれると助かるんだけど」

今度は鉢屋の筆が不自然に止まり、気になって横目で見れば三郎の“郎”の伸ばしが無駄に長かった。

「ぷっ…くく……三郎、頑張って」
「ッ、勘右衛門!」
「おれらは後からこっそりついてくから。二人はさっさと出発出発」

ヒラヒラ手を振って門の外に押し出されてしまい、鉢屋を見上げる。
「行くぞ」と短く言って足早に進む鉢屋を慌てて追いかけた。

――まだ答え聞いてないんですけど。
一緒に歩いてればいいの?それでちゃんと恋仲に見えるもの?

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