カラクリピエロ

学級委員長委員会(1)



「……苗字名前さん……」
「うわっ!?しゃ、斜堂先生」

体験ツアー初日。授業も終わったので鉢屋から指定された空き教室へ向かう途中、影をしょった先生が目の前に現れた。
まだ外が明るい時間帯なのに先生の周りがなんとなく薄暗いのは何故ですか。しかも鬼火の幻影まで見えてしまうのが怖い。
グロテスクなものに耐性はあるけど(首実検を模したフィギュアで慣れているから)実体がない正体不明の半透明系は苦手だ。

先生は「驚かせてすみません」と小声で言ったあと、私に巻物を一巻くれた。
潔癖症の先生が珍しく普通に手渡してくれたということは、先生が用意してくれたんだろうか。
紐を解いて少し引いてみたけれど、何も書かれていない。

「斜堂先生これ」
「……体験記録をつけてください……作法での委員会活動の代わりと、それから…評価の目安となりますので……」

そういえば戦の作法で記録は云々と前に習ったような気がする。
口に出したら「教えましたよね?」と言いながら鬼火と共に寄ってこられそうなので、このことは胸にしまっておこう。

「……くれぐれも汚さないようにしてくださいね……仙蔵くんも確認したいと言っていたので…彼の方へ提出するように……」
「う…わかりました」

さすが委員長――と言っていいのか。
楽しむ目的が大半な気がして素直に尊敬できないけれど、一応私のことを気にかけてくれているのかもしれない。

斜堂先生にお礼を言って、今度こそ指定された教室へ向かった。

+++

「――失礼します」
「いらっしゃい名前。こっち座って」
「ありがと。勘右衛門だけ?」

聞くと、勘右衛門は「うん、いいね」と言って笑った。会話してください勘右衛門くん。

「女の子に名前呼ばれるの嬉しくてさ」
「…………くのたまに頼めばいくらでも呼んでもらえると思うよ」
名前がいい」

にこっと笑ってそんなことを言うもんだから、真っ直ぐ見返せない。恥ずかしさを誤魔化すために、案内された席に急いで腰を下ろした。

「勘右衛門て女たらし…」
「えー、なにそれ。っていうか名前が照れ屋過ぎるのも悪いと思う」
「私が悪いの!?」
「三郎なら一年生探しに行ってるから居ないんだ。今お茶淹れるね」

話題の切替についていけない。
とりあえずお茶のお礼を言えば、またクスリと笑いが漏れるのを聞いた。

名前は素直だね」
「…勘右衛門…」
「ん?あ、お饅頭も食べる?」
「食べる。……私、勘右衛門には敵う気がしないよ……」
「おれだけじゃないくせに」

とても楽しそうに言い切る勘右衛門が今度は甘味を取り出した。
この教室どうなってるんだろう、というか学級委員長委員会が何をしているのかも実はよくわかってないんだけど。

「まず兵助でしょ?三郎にはおもちゃにされてるし、名前の性格じゃ雷蔵には強く出られないだろうし。……対等になりそうなのって八左ヱ門くらい?でも八もあれで結構天然発揮することあるからなあ」

コポコポコポ、とお茶が湯飲みを満たすのを見つめながら、どれにも言い返せないのはどういうことかを自問していた。
もしかして私、一番弱い?
くのたまとしてそれはちょっと…いや、とても悔しい。

「そんなに顔しかめなくても。今のは真っ向勝負っていうのかな、言い合いレベルの話。くのたまなら形勢逆転できそうって思うんだけど。よくある女の武器ってやつでさ」

勘右衛門が言ってるのは泣き落としとか、こう…お色気系の“男性がグッとくる仕草”みたいなものだと思う。色の一種というか…私の最も苦手とする分野だ。

「………………知ってて言ってる?」
「やっぱり苦手なんだ」
「!?」
「今までのあれこれからそうかなーって思ってたけど、駄目だよ名前。そんなにわかりやすい反応しちゃさ、嗜虐心が揺さぶられちゃう」
「もっとわかりやすく……あ、やっぱりいい。言わないで」
「S心がくすぐられちゃう、の方がよかった?」
「言わないでってばー!もー!」

思わず机に顔を伏せる。
それじゃあ立花先輩の庵でのあれや鉢屋の久々知くん声使用のあれも“私の反応が面白いから”ってことになってしまう。
サディストに格好のえさを与えたようなものだ。認めたくない!

「やるのもやられるのも苦手じゃあ大変だね」
「何いってんの…」
名前は可愛いねって話」
「そ、んな話してた!?っていうかやっぱり勘右衛門はたらしだよ、なんなのもう!」
「おれも知らなかった」
「……は?」
「へへ、照れさせるのって楽しいね」

――そんなことに楽しみを見出すな!

先生大変です、学級委員長委員会の五年生は揃いも揃ってサディストです。
笑顔で和ませておいてこの所業って鉢屋よりタチが悪いと思う。

(ちょっと待って…?)

勘右衛門は今まで知らなかったとかなんとか言っていたけど、それって私が開花させちゃった(嫌な言い方だ…)ってこと!?
そんな体質イヤ過ぎる、今すぐ改善したい。
でもなにが悪いのか全然わからない。

頭を抱える私をよそに、勘右衛門は「半分こしよっか」と楽しそうにお饅頭を二つに割った。

「最近さー、兵助とはどうなの?」
「う、ぐ、……ッ!」
「水のがいいかな」
「……ぷはっ。ありがと…勘右衛門はあっちこっち話飛びすぎ!」

もらった水(どっから出したんだろう)を一気に飲み干し、それを力強く机に戻しながら勘右衛門を睨みつける。
不意打ちで久々知くんの話題を持ち出されると勝手に顔が赤くなっちゃうから勘弁してほしい。

「その様子じゃ進展なし?名前最初の突撃以来おとなしいもんね」
「ひ、ひとりで納得しないでよ。私にとってはすっごくすっごく進んでる方なんだから!」
「くのたまってもっと押せ押せ押し倒せの勢いかと思ってたんだけど、名前じゃ無理かー」
「失礼な…確かにそういう子もいるけど」
「いるんだ」
「相手が茶店のアルバイターだったり忍務先で会ったどっかの忍だったり城の奉公人だったりの時に多いみたい。会える機会が少ないからチャンスは活かさないと…らしいよ」

人づてに聞いた話をそのまま伝えると、勘右衛門は目を僅かに見開いて「へえ」と感心したように言った。

「見習えばいいのに」
「それでドン引きされたら立ち直れないよ!っていうかまずできる気がしないし……いいの、毎日話せるようになっただけで幸せだもん」
「…………」
「勘右衛門?」
「んー、気にしないで。さっきからそれ何書いてるの?」

何か言いかけていた気がするんだけど。
首を傾げてみたものの、答えてくれる様子がないので諦める。
代わりに寄越された質問に「委員会の宿題」と答えた。

「私の成績かかってるからちゃんと書かないと。立花先輩にも見せることになってるし」
「こっちが日程?うわ、汚い」
「それなら後ろにまとめが……」

(あ、あれ……?)

その一瞬で久々知くんの笑顔を思い出した。
『楽しみにしてるんだ』まで脳内でしっかり再生されて、つい顔がにやける。

――ほら、ちゃんと進展してる。

以前なら考えられなかったことだ。
比例して騒動に巻き込まれることも多くなっているけど(確実に規模は大きくなっている)それだって悪いことばっかりじゃない。

名前、顔」
「勘右衛門、聞いてくれる!?」
「おれ一言もそんなこと……まあいっか。いいよ」

苦笑交じりにそう言ってくれた勘右衛門に甘えて、学園長先生の庵からの帰り道の出来事を詳しく話した。

そういえばこうやって誰かに久々知くんのこと話すのは初めてかもしれない。

「…それから?」
「ん?それだけ」
「…………名前がすごいのか兵助がすごいのかよくわからない」
「どういうこと?」
「それ、兵助は何も考えてないで言ってると思うよ」
「いいの!私に言ってくれたことが大事なの!」

ぐっと手を握って言うと、勘右衛門は「やっぱり名前が凄いんだね」と小さく言った。
なんでちょっと呆れ混じりなの。

――そういえば。

「鉢屋が助けてくれるって言ったんだった」
「へえ!?三郎が?名前に?」
「うん、雨降るかと思ったけど降らなかったなー」

詳しく聞かせて、と積極的に身を乗り出してくる勘右衛門。
とは言っても学園長先生の庵に委員長(と代理)が召集されたことについて、勘右衛門は既に知っているみたいだった。
五人は仲がいいから、きっと空いた時間の話題だったんだろう。

前置きとしてそのときの鉢屋の所業について愚痴ってしまったけれど、私は吐き出せてだいぶすっきりした。

「ばかだなぁ…」

勘右衛門にあっけらかんとそう言われて、二つ目のお饅頭に口をつけたところで固まってしまった。だって勘右衛門が私の目を見ながら言うから…

「三郎もだけど、名前も」
「やっぱり!?なんで?」
「それってさ、ツアーやめるように学園長先生に言ってあげる、ってことでしょ?」
「え……えぇぇぇええ!!?そうなの!?だってそんなこと一言も言われなかったよ?」
「だからそこが三郎への“ばかだなぁ”ってこと。わかりにくいんだよね」

そんなまさか。
もしかしてあの時上手く聞き取れなかった言葉も『ばかだな』?
一回限定の“頼ってもいい”ってそういうこと!?

私は鉢屋がくれた好意を見事にスルーしてしまったんだろうか。
こんな珍しいこと、この先にあるかどうかわからないのに…

「…うわぁ、もったいないことした…」
「でもツアー中止になってたら兵助からの言葉はなかったよね」
「う、うう……ううう……。…………かんえもん。私を悩ませて楽しい?」
「……っ、……ぷ、っ、あはははは!我慢してたのに!過ぎたことなんだから悩んでも無駄、今更だよ名前。それより三郎を有効活用することを考えたほうがいいって」

そうだけど、そうなんだけど…鉢屋の“ごめん”は本物だったんだろうなって今になってわかるのが、なんだか悔しかった。

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