カラクリピエロ

あなたじゃなきゃ嫌なんです(6)


※鉢屋視点





顔を赤くして目をそらす名前の腕を引き、正面から抱きとめる。
びくりと震え、落ちつかない様子を見せるのを無視して力を込めた。

「さ、三郎」

泣いた後だからか、鼻声だし若干掠れているし…時折それを直すためなのか、ぐす、と鼻を鳴らす音まで聞こえる。
抱き込んでいる今は見えないが、顔だって真っ赤でぼろぼろで――噂なんかで名前に惹かれるようなやつはこれを見て幻滅すればいい。

「――と、思ったが…やっぱり無しだな」
「なに?」
「お前だって青少年の夢は壊したくないだろう?」
「なんの話?」
「今の名前は泣き顔で台無しだって話だ」
「~~~~ッ!」

反動をつけて頭突きをしてくる名前が身動きできないように(大した威力はなかったが)肩を抱く。
もう片方の手を腰にまわすと「ひっ」と何とも失礼な悲鳴を上げて身体を硬直させた。

「その顔がマシになったら離してやるさ」

口にしてから、こういうことが言いたいんじゃないと内心で溜息をつく。
誰にも見せたくない、それだけなのになぜか歪んで吐き出される。

名前の告白を――不安定だった理由を聞いてから、なるべく伝えていきたいとは思ったが…実際やるとなると胸中がむず痒くて上手くいかないものだ。

「…三郎のせいだもん…」

私の肩に頭を押しつけながら、名前が呟く。
すぐに泣き顔の話だと気づいた私はどう答えるか迷って、抱き込む力を強くしながら「そうだな」と返した。

「……名前を泣かせていいのは私だけだからな」
「………………どうせなら、嬉しいときに泣きたいんだけど」
「さっきみたいにか?」

相変わらずの呟き声に不満をにじませる名前に聞けば、こくりと頷きが返ってくる。
その素直さに不覚にもドキッとして、ぎゅうぎゅう抱き締めながら肩口に顔を埋めた。

「っ、くる、し…」
名前が悪い」
「なんで!」

ふっと突然思い出したことを問いかけるべく、力を緩めて名前を見る。
微かに息切れしている名前は不満そうに見返してくるが、文句を言われる前にこちらの話を切り出した。

「あいつはどうする気だ」
「…誰?」
「『まだ付け入る隙ありそう』って言ってたやつだよ」

勝手に眉間に皺が寄ってしまったが、気に入らないんだから仕方ない。
名前は目を丸くして何度も瞬きを繰り返す。

「……そういえば…三郎は、いつから見てたの?」

言葉の代わりに無言で名前を抱きしめる。
反射のように肩を震わせる名前に装束を掴まれながら、頭にそっと口づけを落とした。

「――声は、聞こえなかったけどな」
「え!?でも、さっきの…」
「唇の動きを読み取るくらいできる。……そうだ、私に一任しろ名前。バッサリ切ってきてやるから」
「は!?」

ぎょっと目を見開く名前の手を引きながら立ち上がる。
未だ私を凝視する名前に口端を上げ、サッと頭だけ変装を完了した。残念ながら髪の手触りはまだ対応できていないが、見た目にはわかるまい。

「あとは胸だな」
「ほ、他にも色々あるでしょ!?」
「仕草や姿勢でどうにかなる」
「…………だ、だめ!やっぱりだめ!!」

勢いよく首を振って腕にしがみつく名前に舌打ちながら雷蔵の変装に戻す。
何が不満だと視線で聞けば、言いにくそうに唇をかみしめて軽く寄りかかってきた。

「言い返せなくて、悔しかったのもあるけど……ちゃんと、私の口で、ごめんなさいって言いたい」

不満は残るものの、名前が自分でけりをつけたいというのを止めたら――それはそれで後腐れが残りそうで嫌だ。
溜息をつき、あくまで自分は不満だということを示しながら「わかった」と了承の意を返した。

「……ただし、苦無は取り返したら捨てろ」
「え?」
「私のを代わりにやるから」
「? なら、別に返してもらわなくても」
「…そうだな、それがいい。名前じゃ上手く取り返せないかもしれないしな」

ムッと顔をしかめる名前に自分の苦無を握らせる。
途端に不機嫌顔を引っ込めてそれを検分する名前が嬉しそうに笑うから。
無性に恥ずかしくなって名前を胸元へ引っ張り込んだ。

「ありがとう三郎」
「――それだけじゃ足りないよな」
「充分だけど、え、なに……ちょっ、痛!?」

両肩を掴み、首筋に思いきり吸いつく。
きちんと色づいているのを確かめて、ちゅ、と音を立てれば「ぎゃっ」と色気のない悲鳴が上がった。

……まあ、イコール経験のなさだと思えば、これからの楽しみに繋がる。

「よし、行くぞ名前

唐突に腕を引き、名前の意識を足元に集中させる。
案の定、慌てて足をもつれさせる名前は体制を整えることに思考を乗っ取られたようだった。

「三郎は、ついてこなくていいってば!」
「途中までだ」
「覗きも、駄目、だからね……ちょっと、速い!」
「注文が多いなお前は」
「だ、だから、いいって…言ってるのに…………」

速度を緩めて並んでやれば、小さく笑って自分から私の装束を掴んでくる。

(……まあ、こういうのも悪くない)

そのまま長屋の方へ移動して、件のクラスメイトを(雷蔵を装って)呼び出したあとは名前の手番だ。
物陰に隠れて気配を消しながら、名前が話し出す前から消沈している級友に溜飲を下げた。






「…なあ雷蔵、あれは何してんだと思う?」
「さあ。苗字さんの格好で遊んでるんじゃないの?」

「この前言いそびれたんだけど、私の苦無…返してもらってもいい?」
「っ……、あ、あれは、オレに…譲ってくれないかな」
「ごめんなさい…あれには三郎との思い出があって……お願い」

「雷蔵、俺鳥肌が……」
「はは…気持ちはわかるけど、たぶん今はやめといたほうがいいよ」
「っつーか、なんであれで騙されんだよ!ねーよ!!」
「しーっ!八、声でかいって!」

「どうもありがとう!それじゃあ、お礼に…」
「え…!」
「――名前の顔で、お前の要望通りの表情をしてやるよ」
「!? は、鉢屋!!?苗字さんは…苗字さんは、そんな悪い顔しない!!」
「ハッ、お前が知らないだけで名前は私の前では――痛ッ!?」
「悪戯はともかく、嘘は広めてやんなよ」

「三郎ー、さっき一年生が…」
苗字さん、ちょっと僕と話そうか。廊下で、ね?」
「え?うん…どうしたの不破くん」
「今取り込み中だからさ」

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